上 下
14 / 16
2章

迷走の後始末 2

しおりを挟む
 女王の予定や警備の情報を含む私室周辺の様子を探る。侍女や侍従を抱き込もうとする。徒党を組んでの一連の行動は『女王の暗殺』が目的であると考えるのが妥当である。秘書官がそう結論を述べると、貴族たちは恐慌状態に陥った。策士を気取ったところで、所詮彼らは『甘やかされたお坊ちゃま』のなれの果てなのだ。万事に甘い。若く同類のレジナルドを手玉に取ることはできても、秘書官のあえての強引な論法に筋道を立てて反論することはできなかった。

 すると不意にエレノーラが白い手を打ち合わせた。

「そうですわ、先ほどのお話ですけれど。
 わたくし、皆様の忠誠心には感銘を受けました」

 すがるべき藁なのかどうか、判断に迷って目を泳がせる貴族たちを前に、女王はにこやかに語った。
「ええ。先王陛下の他を主と仰ぎたくないと仰るそのお気持ち。わたくし女王として、尊重いたしますわ。
 どうぞご遠慮なさらず真の主のもとに伺候なさいませ。さぞ先王陛下もお喜びになるでしょう」

――それでは流刑も同然ではないか。

 貴族たちはかろうじてその言葉を飲み込んだ。先王レジナルドが静養しているという離宮は王都から遠い。ほぼ陸の孤島というべき場所にある。

「恐れながら、陛下。領地を預かる身としてそのようなわけには参りません。恥ずかしい話ですが、後を継ぐ者がまだおりませんので」

 壮年の貴族、リード子爵は何とか逃げを打とうとした。幸い彼はあまり直接的な行動に出てはいない。徒党を組んでいないことさえ申し開きができればどうにかなるはずだ、と楽観していた。

「まあ、ご謙遜を。ご立派な後継者がいらっしゃるではありませんの」

 いつの間に入室したものか、女王の示す方を見ると若い男女が立っていた。ほどよく流行を取り入れた上品な装いをしている。その女の方に、子爵は見覚えがある気がした。

「ご令嬢も近々ご結婚なさるのですもの。後顧の憂いなく忠義を貫くことができますわね。重畳ですこと」

――そうだ、あいつに……妻に似ているんだ。私の娘か……。

 子爵は父親と仲が悪かった。

”先祖の功績にすがるのはよせ、浮ついた考えは捨てろ。”

そう折に触れて口にする父と、家門の栄えある歴史について幼い頃から祖父母に聞かされて育った息子とは、全く相容れなかった。その父親が息子の妻に選んだのは、家格も容姿もたいしたことのないつまらない女だった。父の存命中はそれなりに夫婦らしく暮らし、娘もひとり生まれたが、父が亡くなり自分が当主となると、領地に妻子を放っておいて王都で暮らすようになった。

 自分の力で再びリード家に栄光をもたらした暁には、さえない妻は離縁して、もっと高貴で若く美しい妻を迎えて跡取りをもうけるつもりでいたのだ。腕に抱いたこともない娘の縁談など考えてもみなかった。

――とにかく、こいつの口から父の力が必要だと口添えさせよう。

 リード子爵は口を開こうとして気付いた。娘の名前が分からない。どうしても思い出せない。
そんな父の腹の底を読んだように、娘は凍てついた目で見返した。その目に宿る明らかな軽蔑の色に、愚かな父親はようやく彼女が味方にはなりえないのだと悟った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

夫が隣国の王女と秘密の逢瀬を重ねているようです

hana
恋愛
小国アーヴェル王国。若き領主アレクシスと結婚を果たしたイザベルは、彼の不倫現場を目撃してしまう。相手は隣国の王女フローラで、もう何回も逢瀬を重ねているよう。イザベルはアレクシスを問い詰めるが、返ってきたのは「不倫なんてしていない」という言葉で……

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

処理中です...