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2章
迷走の後始末 2
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女王の予定や警備の情報を含む私室周辺の様子を探る。侍女や侍従を抱き込もうとする。徒党を組んでの一連の行動は『女王の暗殺』が目的であると考えるのが妥当である。秘書官がそう結論を述べると、貴族たちは恐慌状態に陥った。策士を気取ったところで、所詮彼らは『甘やかされたお坊ちゃま』のなれの果てなのだ。万事に甘い。若く同類のレジナルドを手玉に取ることはできても、秘書官のあえての強引な論法に筋道を立てて反論することはできなかった。
すると不意にエレノーラが白い手を打ち合わせた。
「そうですわ、先ほどのお話ですけれど。
わたくし、皆様の忠誠心には感銘を受けました」
すがるべき藁なのかどうか、判断に迷って目を泳がせる貴族たちを前に、女王はにこやかに語った。
「ええ。先王陛下の他を主と仰ぎたくないと仰るそのお気持ち。わたくし女王として、尊重いたしますわ。
どうぞご遠慮なさらず真の主のもとに伺候なさいませ。さぞ先王陛下もお喜びになるでしょう」
――それでは流刑も同然ではないか。
貴族たちはかろうじてその言葉を飲み込んだ。先王レジナルドが静養しているという離宮は王都から遠い。ほぼ陸の孤島というべき場所にある。
「恐れながら、陛下。領地を預かる身としてそのようなわけには参りません。恥ずかしい話ですが、後を継ぐ者がまだおりませんので」
壮年の貴族、リード子爵は何とか逃げを打とうとした。幸い彼はあまり直接的な行動に出てはいない。徒党を組んでいないことさえ申し開きができればどうにかなるはずだ、と楽観していた。
「まあ、ご謙遜を。ご立派な後継者がいらっしゃるではありませんの」
いつの間に入室したものか、女王の示す方を見ると若い男女が立っていた。ほどよく流行を取り入れた上品な装いをしている。その女の方に、子爵は見覚えがある気がした。
「ご令嬢も近々ご結婚なさるのですもの。後顧の憂いなく忠義を貫くことができますわね。重畳ですこと」
――そうだ、あいつに……妻に似ているんだ。私の娘か……。
子爵は父親と仲が悪かった。
”先祖の功績にすがるのはよせ、浮ついた考えは捨てろ。”
そう折に触れて口にする父と、家門の栄えある歴史について幼い頃から祖父母に聞かされて育った息子とは、全く相容れなかった。その父親が息子の妻に選んだのは、家格も容姿もたいしたことのないつまらない女だった。父の存命中はそれなりに夫婦らしく暮らし、娘もひとり生まれたが、父が亡くなり自分が当主となると、領地に妻子を放っておいて王都で暮らすようになった。
自分の力で再びリード家に栄光をもたらした暁には、さえない妻は離縁して、もっと高貴で若く美しい妻を迎えて跡取りをもうけるつもりでいたのだ。腕に抱いたこともない娘の縁談など考えてもみなかった。
――とにかく、こいつの口から父の力が必要だと口添えさせよう。
リード子爵は口を開こうとして気付いた。娘の名前が分からない。どうしても思い出せない。
そんな父の腹の底を読んだように、娘は凍てついた目で見返した。その目に宿る明らかな軽蔑の色に、愚かな父親はようやく彼女が味方にはなりえないのだと悟った。
すると不意にエレノーラが白い手を打ち合わせた。
「そうですわ、先ほどのお話ですけれど。
わたくし、皆様の忠誠心には感銘を受けました」
すがるべき藁なのかどうか、判断に迷って目を泳がせる貴族たちを前に、女王はにこやかに語った。
「ええ。先王陛下の他を主と仰ぎたくないと仰るそのお気持ち。わたくし女王として、尊重いたしますわ。
どうぞご遠慮なさらず真の主のもとに伺候なさいませ。さぞ先王陛下もお喜びになるでしょう」
――それでは流刑も同然ではないか。
貴族たちはかろうじてその言葉を飲み込んだ。先王レジナルドが静養しているという離宮は王都から遠い。ほぼ陸の孤島というべき場所にある。
「恐れながら、陛下。領地を預かる身としてそのようなわけには参りません。恥ずかしい話ですが、後を継ぐ者がまだおりませんので」
壮年の貴族、リード子爵は何とか逃げを打とうとした。幸い彼はあまり直接的な行動に出てはいない。徒党を組んでいないことさえ申し開きができればどうにかなるはずだ、と楽観していた。
「まあ、ご謙遜を。ご立派な後継者がいらっしゃるではありませんの」
いつの間に入室したものか、女王の示す方を見ると若い男女が立っていた。ほどよく流行を取り入れた上品な装いをしている。その女の方に、子爵は見覚えがある気がした。
「ご令嬢も近々ご結婚なさるのですもの。後顧の憂いなく忠義を貫くことができますわね。重畳ですこと」
――そうだ、あいつに……妻に似ているんだ。私の娘か……。
子爵は父親と仲が悪かった。
”先祖の功績にすがるのはよせ、浮ついた考えは捨てろ。”
そう折に触れて口にする父と、家門の栄えある歴史について幼い頃から祖父母に聞かされて育った息子とは、全く相容れなかった。その父親が息子の妻に選んだのは、家格も容姿もたいしたことのないつまらない女だった。父の存命中はそれなりに夫婦らしく暮らし、娘もひとり生まれたが、父が亡くなり自分が当主となると、領地に妻子を放っておいて王都で暮らすようになった。
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――とにかく、こいつの口から父の力が必要だと口添えさせよう。
リード子爵は口を開こうとして気付いた。娘の名前が分からない。どうしても思い出せない。
そんな父の腹の底を読んだように、娘は凍てついた目で見返した。その目に宿る明らかな軽蔑の色に、愚かな父親はようやく彼女が味方にはなりえないのだと悟った。
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