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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか
黒い羊は もうはぐれない
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三ヶ月にわたる再調査の結果、パオロの債務は、ウーゴが商業ギルドの副マスター、ファビオを抱き込んで捏造したものであることが判明した。
『金の南瓜亭』の常連客たちは、なぜそんなわかりきったことに三月もかかる、と不平たらたらだった。
店舗が返却され、賠償金が支払われた。今すぐに開店できる状況でもないので、賠償金で建物の気になるところに手を入れようということになった。
再調査が始まってから、屋台は以前と変わらず営業していたが、今日は休みだ。いつも賑わっている広場は、時間帯のせいもあって人通りが比較的少ない。
ベンチに腰を下ろしたロビンは、手の中の箱を見て溜息をついた。
『竜のねぐら』で手に入れてオークションに出さなかった宝石の中から、これと思ったものを首飾りに仕立ててもらった。パオロの友人の職人が腕によりをかけてくれた甲斐あって、素人目にも素晴らしいできばえだ。
しかし、職人に背中をどやしつけられつつそれを受け取ると、ロビンの悪癖が顔を出した。
――一足飛びに結婚を申し込むのって、どうなんだろう。
ニーナとは仲が良いとは思うし、どちらかと言えば、好かれていると思う。でも、好意の種類が違う、というのもあり得る話ではないか。
一度そう思うと、ニーナの困惑しきった顔が、脳裏にちらついて、身動きがとれない。
――今もし振られたとして、何も無かったように一緒に働けるかな……僕には無理そうだな。
店が落ち着いてからの方が、良いかもしれない。そう後ろ向きな結論を出そうとしたところで
「あれ、ロビン、お休みなのにここに来てたの?」
当のニーナに肩を叩かれて、飛び上がりそうになった。ダンジョンでの察知能力が全く息をしていない。手にしていた箱を慌てて隠した。
「なんとなく、足が向いてね」
「私も。なんとなく、ここに来ると落ち着くようになっちゃって」
ニーナはロビンの隣に座ると、ふと思い出したように問いかけた。
「……ねえ。あのウーゴって男、何考えてたんだろうね?」
彼を毛嫌いしていたニーナが複雑な表情になるのも、ロビンには分かる気がした。
もともと商業ギルドの本部に再調査依頼を出していたのだから、一時的に街を離れてその結果を待つ、という選択肢もあった。それをとらなかったのは、ウーゴが、こちらに力を貸してくれていた街の人たちに、害をなす可能性を恐れたからだ。それほどあの男の執着心は不気味だった。
だが、取り外されて、壊されるか捨てられるかしているに違いないと思っていた店の看板が、ウーゴの屋敷に大切そうにしまい込まれていたのだという。
埒もない考えを振り切るように、ニーナは小さく首を振った。
「……分からないことを考えても仕方ないか。……それより、これからのことなんだけど。
お店も返してもらえたし……その……そろそろ、いろいろ考えなくちゃ、と思うんだけど」
店舗は取り返せても、以前のように料理を出せるようになるまでには、相当に時間が掛かるだろう。以前の従業員も、そのまま戻ってきてもらうわけにはいかないはずだ。『金の南瓜亭』の将来について、考えを巡らせるロビンは、ニーナの頬が上気しているのに気付かないまま頷いた。
ニーナはパッと表情を輝かせる。
「そうだよね、婚約してから、うーんと……二年半、くらいになるわけだし」
「え、婚約?誰と?」
ロビンは青くなった。離れていた間に、そんな相手ができていたのか、と思ったのだ。
「……え?いや、だって……!腕輪、くれたじゃない!」
ニーナはロビンと逆にますます赤くなった。
「もしかして、ロビン……腕輪の意味、知らない?……別の国の人だから?」
ロビンは思い出した。仲間たちと『金の南瓜亭』を訪ねたとき。あのときは『竜のねぐら』を攻略した直後だった。仲間たちと戦利品を分配していて、腕輪を目にとめた。レースのような繊細な銀細工にラピスラズリが映えるそれが、一目で気に入った。ニーナに似合いそうだと思ったのだ。だから、仲間たちにからかわれながら手に入れて、ニーナに贈った。
ニーナの口ぶりからして、腕輪を贈ることは、婚約の申し込みということになるらしい。
この国出身のカルロが妙ににやついていたことも、今更思い出した。
立ち上がって逃げだそうとするニーナの腕を咄嗟につかむ。ここで逃がしてはいけない、と直感した。
「その……勘違いしてて、ごめんね、私……」
「違うんだ!いや、腕輪は違うけど、でも、結局違ってないから……これ!」
目を瞬かせるニーナに、しまい込んでいた箱を突きだした。受け取ったニーナは、箱とロビンの顔との間に視線を往復させてから、おそるおそる蓋を開いた。
すると、凝った細工の鎖と、そこに品よく配された宝石が陽の光にきらめいた。
「僕のいた国だと、腕輪じゃなくて、首飾りなんだ。だから、その……。
……ニーナ、僕と結婚してください」
ニーナは、胸が一杯で、ただうなずいた。すると。
わっと歓声が上がって、ふたりはぎょっとした。
「ごめんね、二人にしてあげたらって言ったんだけど」
「だってよう。ニーナちゃんが泣きそうになってるから、心配でさあ」
いつの間にか、街の人たちに囲まれている。考えてみれば、いつもより人通りが少ないとはいえ、街の広場だ。誰が通ってもおかしくない。
ロビンとニーナは、拍手と祝福の声を浴びながら、そそくさと逃げ帰った。
「ごめんなさいね、私もあの人も勘違いしてたの」
『金の南瓜亭』の店内。アンナは眉を下げてロビンに謝った。
「まあ、細かいことは、いいじゃねえか。収まるところに収まったんだろ?」
小太りの老人が、からからと笑って、カップの中身をグビリと飲み干した。
「考えようによっちゃ、かえって良かったじゃねえか。パオロの奴の許しももらえてるしな」
「それもそうね」
パオロも二人の婚約を喜んでくれていたと分かって、ロビンはうれしかった。隣のニーナと、そっと笑みを交わした。
「まあ、秘伝の方は嬢ちゃんが頼りだが、料理は基礎から俺がみっちりたたき込んでやるさ」
老人――テオは、この『金の南瓜亭』で長く務めた料理人だ。この店が気に入って独立しなかったと言う彼は、楽隠居の身分を捨てて、ロビンの師匠として名乗りを上げた。
当面は屋台を続けながら、修行をし、店の再開を目指すことになるだろう。
「ねえ、ロビン。苦労して上まで上がったのに、冒険者の一線を引くって……後悔したりしてない?」
ニーナが不安げにたずねた。
「全然。心配要らないよ」
ロビンの答えに迷いはなかった。
ロビンは、独り『竜のねぐら』に潜ったことで、吹っ切れたと感じている。
ダンジョンへの、生まれて初めて抱いたあこがれは、三人の仲間との旅の記憶と分かちがたく結びついている。
そして、確かな熱を持って、ロビンの世界を照らしている。
彼らの他の誰かと、再び冒険に旅立つことはないだろう。
それに、なによりも『黒い羊』だったロビンは、自分の守るべき群れを手に入れたのだから。
『金の南瓜亭』の常連客たちは、なぜそんなわかりきったことに三月もかかる、と不平たらたらだった。
店舗が返却され、賠償金が支払われた。今すぐに開店できる状況でもないので、賠償金で建物の気になるところに手を入れようということになった。
再調査が始まってから、屋台は以前と変わらず営業していたが、今日は休みだ。いつも賑わっている広場は、時間帯のせいもあって人通りが比較的少ない。
ベンチに腰を下ろしたロビンは、手の中の箱を見て溜息をついた。
『竜のねぐら』で手に入れてオークションに出さなかった宝石の中から、これと思ったものを首飾りに仕立ててもらった。パオロの友人の職人が腕によりをかけてくれた甲斐あって、素人目にも素晴らしいできばえだ。
しかし、職人に背中をどやしつけられつつそれを受け取ると、ロビンの悪癖が顔を出した。
――一足飛びに結婚を申し込むのって、どうなんだろう。
ニーナとは仲が良いとは思うし、どちらかと言えば、好かれていると思う。でも、好意の種類が違う、というのもあり得る話ではないか。
一度そう思うと、ニーナの困惑しきった顔が、脳裏にちらついて、身動きがとれない。
――今もし振られたとして、何も無かったように一緒に働けるかな……僕には無理そうだな。
店が落ち着いてからの方が、良いかもしれない。そう後ろ向きな結論を出そうとしたところで
「あれ、ロビン、お休みなのにここに来てたの?」
当のニーナに肩を叩かれて、飛び上がりそうになった。ダンジョンでの察知能力が全く息をしていない。手にしていた箱を慌てて隠した。
「なんとなく、足が向いてね」
「私も。なんとなく、ここに来ると落ち着くようになっちゃって」
ニーナはロビンの隣に座ると、ふと思い出したように問いかけた。
「……ねえ。あのウーゴって男、何考えてたんだろうね?」
彼を毛嫌いしていたニーナが複雑な表情になるのも、ロビンには分かる気がした。
もともと商業ギルドの本部に再調査依頼を出していたのだから、一時的に街を離れてその結果を待つ、という選択肢もあった。それをとらなかったのは、ウーゴが、こちらに力を貸してくれていた街の人たちに、害をなす可能性を恐れたからだ。それほどあの男の執着心は不気味だった。
だが、取り外されて、壊されるか捨てられるかしているに違いないと思っていた店の看板が、ウーゴの屋敷に大切そうにしまい込まれていたのだという。
埒もない考えを振り切るように、ニーナは小さく首を振った。
「……分からないことを考えても仕方ないか。……それより、これからのことなんだけど。
お店も返してもらえたし……その……そろそろ、いろいろ考えなくちゃ、と思うんだけど」
店舗は取り返せても、以前のように料理を出せるようになるまでには、相当に時間が掛かるだろう。以前の従業員も、そのまま戻ってきてもらうわけにはいかないはずだ。『金の南瓜亭』の将来について、考えを巡らせるロビンは、ニーナの頬が上気しているのに気付かないまま頷いた。
ニーナはパッと表情を輝かせる。
「そうだよね、婚約してから、うーんと……二年半、くらいになるわけだし」
「え、婚約?誰と?」
ロビンは青くなった。離れていた間に、そんな相手ができていたのか、と思ったのだ。
「……え?いや、だって……!腕輪、くれたじゃない!」
ニーナはロビンと逆にますます赤くなった。
「もしかして、ロビン……腕輪の意味、知らない?……別の国の人だから?」
ロビンは思い出した。仲間たちと『金の南瓜亭』を訪ねたとき。あのときは『竜のねぐら』を攻略した直後だった。仲間たちと戦利品を分配していて、腕輪を目にとめた。レースのような繊細な銀細工にラピスラズリが映えるそれが、一目で気に入った。ニーナに似合いそうだと思ったのだ。だから、仲間たちにからかわれながら手に入れて、ニーナに贈った。
ニーナの口ぶりからして、腕輪を贈ることは、婚約の申し込みということになるらしい。
この国出身のカルロが妙ににやついていたことも、今更思い出した。
立ち上がって逃げだそうとするニーナの腕を咄嗟につかむ。ここで逃がしてはいけない、と直感した。
「その……勘違いしてて、ごめんね、私……」
「違うんだ!いや、腕輪は違うけど、でも、結局違ってないから……これ!」
目を瞬かせるニーナに、しまい込んでいた箱を突きだした。受け取ったニーナは、箱とロビンの顔との間に視線を往復させてから、おそるおそる蓋を開いた。
すると、凝った細工の鎖と、そこに品よく配された宝石が陽の光にきらめいた。
「僕のいた国だと、腕輪じゃなくて、首飾りなんだ。だから、その……。
……ニーナ、僕と結婚してください」
ニーナは、胸が一杯で、ただうなずいた。すると。
わっと歓声が上がって、ふたりはぎょっとした。
「ごめんね、二人にしてあげたらって言ったんだけど」
「だってよう。ニーナちゃんが泣きそうになってるから、心配でさあ」
いつの間にか、街の人たちに囲まれている。考えてみれば、いつもより人通りが少ないとはいえ、街の広場だ。誰が通ってもおかしくない。
ロビンとニーナは、拍手と祝福の声を浴びながら、そそくさと逃げ帰った。
「ごめんなさいね、私もあの人も勘違いしてたの」
『金の南瓜亭』の店内。アンナは眉を下げてロビンに謝った。
「まあ、細かいことは、いいじゃねえか。収まるところに収まったんだろ?」
小太りの老人が、からからと笑って、カップの中身をグビリと飲み干した。
「考えようによっちゃ、かえって良かったじゃねえか。パオロの奴の許しももらえてるしな」
「それもそうね」
パオロも二人の婚約を喜んでくれていたと分かって、ロビンはうれしかった。隣のニーナと、そっと笑みを交わした。
「まあ、秘伝の方は嬢ちゃんが頼りだが、料理は基礎から俺がみっちりたたき込んでやるさ」
老人――テオは、この『金の南瓜亭』で長く務めた料理人だ。この店が気に入って独立しなかったと言う彼は、楽隠居の身分を捨てて、ロビンの師匠として名乗りを上げた。
当面は屋台を続けながら、修行をし、店の再開を目指すことになるだろう。
「ねえ、ロビン。苦労して上まで上がったのに、冒険者の一線を引くって……後悔したりしてない?」
ニーナが不安げにたずねた。
「全然。心配要らないよ」
ロビンの答えに迷いはなかった。
ロビンは、独り『竜のねぐら』に潜ったことで、吹っ切れたと感じている。
ダンジョンへの、生まれて初めて抱いたあこがれは、三人の仲間との旅の記憶と分かちがたく結びついている。
そして、確かな熱を持って、ロビンの世界を照らしている。
彼らの他の誰かと、再び冒険に旅立つことはないだろう。
それに、なによりも『黒い羊』だったロビンは、自分の守るべき群れを手に入れたのだから。
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