『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか

二人のギルドマスター

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「こいつぁすげえや……」
 筋骨たくましい大男が獣のように低く唸った。冒険者ギルドのギルドマスター、グイドだ。

 うっとりと熱っぽい溜息をついた、もうひとり。商業ギルドマスターであるドロテーアは
「手にとって拝見しても?」

ロビンの了承を得ると、いそいそと手袋をはめ、恭しい手つきで箱の中にあるものを手に取る。

 ロビンがダンジョンから持ち帰った二つの箱の中には、それぞれ首飾りが収められていた。

 一つは白金と宝石で水の流れを表現している。雫型の宝石の透きとおった青がひときわ目を惹く。いっそ神々しいほどの静謐な美しさだ。

 もう一つは、精緻きわまる金細工と宝石とで、蔓薔薇をかたどった首飾りだ。豪奢だが、どこか愛らしさもある。

「ああ、こんなものが本当に存在するなんて!」

 感嘆するドロテーアの声がくぐもっているのは、その息が掛からないように、布で鼻から口を覆っているからだ。

「ご覧になって、この青!こんなに深みのある色のダイヤモンドは、初めてですわ。ごく淡い色のものでも珍しいのですけれど。

 石自体の透明度も素晴らしいけれど、なんと言っても、このカッティングです。どうしたらこんなことができるのかしら……。

 それにこちらの蔓薔薇の方も、素晴らしいですわ。ピンクのダイヤモンドでも、珍しいのに……。こんな燃えるような赤なんて、私、初めて拝見しました。こちらのカッティングも、宝石の美しさを余すところなく引き出していますわ。透明なダイヤモンドで表現された朝露が、ああ……!」

 ドロテーアは、貴族出身だというのもうなずける物静かで上品な老婦人なのだが、頬を上気させてまくし立てる彼女の勢いに押されて、男二人はたじろいで言葉が出なかった。

「……失礼いたしました」

 老婦人は顔の覆いを外し、咳払いをする。夢中になりすぎたと気付いたらしい。

「それで、あんたが鑑定しても、オークション相当の品ってことで、いいんだな?」

「はい、これだけのお品でしたら、王侯貴族も列をなすでしょう。箱も併せて出品なさいますか?
 こちらも細工が素晴らしいですね」

 会話しながらも、ともすれば目の前のものに見入りそうになる。そんな老婦人を見て、ロビンは自分の作戦の正しさを実感した。

――やっぱりこの人は、宝飾品で釣るのが正解だったな。

 何しろ、美しいものをこよなく愛するがゆえに商業ギルドのマスターになった、と公言してはばからない女性なのだ。

 手続きの詳細について説明しようとするのを、片手をあげて遮ったロビンは、書類を取り出した。
「その前に、聞いて頂きたいことがあります、商業ギルドマスター」

 ロビンの説明を聞き、書類に目を通すと、先ほどまで上気していたドロテーアの顔が、紙のように白くなった。

「確かに、この契約書には、手を加えた痕跡があります。元の債務についても、再調査の必要があるでしょう」

 契約の魔法具を用いることで、契約書が完成する。そこに後から手を加えたひずみは、彼女のような契約魔法の使い手には、一目瞭然なのだという。そして、責任をあきらかにするために、ギルド印には、所有する職員ごとに、異なる印がある。

「まさか、ファビオが……」

「あんたのとこの副長と、そのウーゴって金貸しがつるんでるのは、俺の耳にも入ってる」

「金貸し?料理店を経営してるはずじゃ?」

「まあ、金貸しの方が今じゃ本業だろうな。料理屋の方は閑古鳥が鳴きっぱなしだ。特に最近はな。
 一応金貸しの免許はあるが、もぐりみたいなもんだ。ぎりぎりのところで小狡く儲けてやがる。
 冒険者で引っかかって食い物にされる奴らが割といるんだが、しょっ引ける材料がなくてな」

 経営が上手く行っていないようなのに、無理を通す資金はどこから出るのか。不思議に思っていたロビンは納得した。

 その一方で、グイドは微妙な表情であごを撫でる。目の上のたんこぶを取り除く好機はうれしいが、腹心に裏切られたドロテーアの前で呑気に喜んで良いものか、というところだろう。

 再調査の結果が出てから、オークションの手続きをする。そう約束して、ロビンは冒険者ギルドを後にした。
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