『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか

明暗わかれて

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「ソースはどちらにします?」

「そうね、さっぱりした方でお願い」

「はい、少々お待ちくださいね」

 試行錯誤の末に登場させた新メニューは、大人気になった。

 包み方を工夫したことで、女性客が劇的に増えた。

 串焼きの方を買いたい客も居る。だから、一緒に巻く野菜にあわせるために、肉につけるソースの味自体を濃くする、というわけにはいかない。

 そこで、皮で巻く場合は、別のソースを追加することにした。爽やかな酸味のあるソースと、ぴりりと辛いソース。どちらかを客が選べるのだ。

「私、やっぱりこっちの方がお肉がさっぱり食べられて好きかな」
「そう?このぴりっとくるのが癖になるのに」
 若い女性客がベンチに並んで腰掛けて、買い食いを楽しんでいる。

「この辛いやつ、エールに合うな。お前も試してみろよ」
「いや、俺、酒は全然だめなんだよ。こっちの方がいいや」
 飲み物を片手に料理をぱくついている客も多い。

 人出が多くなったのに便乗し、飲み物の屋台も出た。複数の商店の合弁で、こちらにもきちんと話が通っている。周りの商店に流れる客も増えて、関係者皆がほくほく顔だ。彼らが共同購入してベンチを据え付け、街のあたらしい憩いの場になった。



 下町の大衆向けの店『金の南瓜亭』と、高級店の軒を連ねる通りにある富裕層向けの『黄金の太陽』とでは、全く客層は異なっている。

 富裕層の中にも、あの店とパオロの名前はそれなりに知られているようだが、所詮は飽食した金満家たちが、物珍しさから口に上らせていたに過ぎない。

 パオロの名前を利用したところで、さして問題になることなどない――。

 その見通しが甘かった――ウーゴは渋々と結論づけた。

 『金の南瓜亭』は、代々『真っ正直に働くひとたちを元気にする店』であることを目指してきた。特に昼食は、精一杯の努力で値段を抑えてきた。それが、この街に住まう多くの人々――特に、まだ貧弱な財布の中身が支えかねている、若者たちの胃袋を支えてきたのだ。

 その中には今は一角の人物となっても、初心を忘れないために店に通っていた客もいる。

 玉の輿に乗っても、記念日は家族とここで、と決めていた客もいる。

 そうした客たちが、実際に『黄金の太陽』の料理を口にしたうえで、
「これがパオロさんの味?似ても似つかないな」

 屋台の料理を一口味わって
「そうよ、この味よ。懐かしいわ……」

 ビラの薄っぺらい効果など、たちまち消し飛んだ。

 何が『本物の味が分かる皆様』だ、とせせら笑われるようになった。そうなると従来の客も去って行く。『黄金の太陽』だけではなく、ウーゴの経営する料理店すべてで閑古鳥が鳴くようになった。

――いや、むしろ今が好機じゃないか。

 『金の南瓜亭』で多彩なメニューを提供していたときならばともかく、今は屋台だ。味付けの要であるソースは、現在三種、はじめは一種類のみだった。

 仕入れた材料から、レシピの手がかりが得られる。あの店の秘伝を盗み取る好機だ。そして本物のレシピが手に入れば今の風向きなど、すぐに変わる――。長い目で見れば、もっと大きく儲けることができるだろう。

 屋台に営業形態を変えても、あの店の仕入れ先は変っていない。ウーゴは早速、自ら情報を引き出しに出向くことにした。


 はじめに訪ねたのは、調味料を主に扱う問屋だ。

 強引に押しかけたせいか、店主の顔には愛想笑いさえ無かったが、かまわずに本題に入る。言葉だけは柔らかくとも、要はパオロの家族との取引の情報をよこせ、という要求だ。

 話が進むにつれ、店主はあからさまに不機嫌になった。おそらくはウーゴの意図を悟ったのだろう。

 それでも、ウーゴは気にもとめなかった。どんな情理も金の力で曲げられる。彼は固くそう信じている。金貨の詰まった袋を取り出すと、案の定、店主の顔色がさっと変った。

 しかし、店主は、ウーゴの予想とは全く違う動きをした。

 荒々しく立ち上がり、別室に消えたかと思うと、小脇に小さな壺を抱え戻ってきた。そして、その中身をつかみ出し、招かざる客の顔面に投げつけたのだ。

 ウーゴは顔をかばい損なった。ぶつけられたものが口にも飛び込んで、その正体が塩だと知れた。

「こっからうんと東の国じゃあ、家ん中に悪いモンが入ってきたら、こうやって塩ぶっかけて追っ払うんだとよ。
……こんなうす汚え金なんぞで、そんな没義道もぎどうな真似ができるか!見損ないやがって!」

 問屋の主は痩せ枯れた老人だ。背が高くでっぷりと肥えたウーゴなら、片腕で吹き飛ばせそうに見える。

 だがこのとき、主の小さな目にふつふつとたぎる怒りのはげしさに、ウーゴは圧倒された。

「塩ならそれこそ売るほどあるんだ、さあ、塩漬け豚パンチェッタになりたくねえなら、とっととけえれ!この豚野郎が!」

 二度目の塩をまともに目に浴びた。ウーゴは文字通り泣いて逃げ帰った。

 次いで訪ねた仕入れ先でも、同じような扱いを受けた。その次でも変らなかった。
 従業員たちも頑として買収に応じない。

 ウーゴは自分に吹き付ける逆風の強さを、まざまざと感じざるを得なかった。
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