『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか

開店準備

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「ほんとになんとかしちゃうなんて思わなかったよ」
 ニーナがあきれ顔をした。

 ロビンが冒険者ギルドに預けてある中から見積もりの金額を引き出してきて、二人に見せると、アンナは喜ぶよりむしろ青くなった。

「こんな大金を稼ぐなんて……ロビン、あなた、どんな危ない橋を渡ったのよ……。
 本当に怪我とかは無いの?大丈夫なの?」

 その様子を見てロビンは、残りの金額については伏せておくことに決めた。正直に打ち明けたら、アンナが卒倒しかねない。

 肝心の『金の南瓜亭』の味の再現は、ニーナが鍵だった。

 彼女はとんでもなく不器用ではあるが、味覚が鋭く、食べ物に関する記憶力が人並み外れている。幼い頃から店の厨房に入り浸り、祖父や父の作る料理を口にしてきたのだ。『金の南瓜亭』の味は、彼女の記憶の中に活きている。

 アンナの幼なじみが、空き時間に宿の厨房を貸してくれた。ニーナの記憶に頼って三人で試行錯誤を重ね、ついに秘伝のソースを再現することに成功した。

 ロビンに助力を頼んだとき、資金の問題は別にしても、すぐに屋台を出せるとはアンナもニーナも思っていなかった。アンナが調理をし、その補助をロビンに頼むにしても、みっちり練習をする必要があると考えていたからだ。

 しかし予想外なことに、ロビンは即戦力になった。下ごしらえも、火加減や火の通り具合の見極めも、いやに堂に入っている。

 慣れた手つきで肉に串を刺すロビンに、ニーナが尋ねた。

「どうしてそんなに手慣れてるの?」

「……保存食って、続くとつらいんだよね」

 移動の多い冒険者の食事の定番と言えば、保存の利く黒パンと干し肉だ。実家を追い出された頃ならともかく『金の南瓜亭』の賄いで舌が肥えた後では、あまりに味気なかった。それで懐具合と相談しながら、野外料理を工夫するようになったのだ。

 ウォルトたちとパーティーを組むようになると、さらに力が入った。

 アランは凄腕の猟師を祖父に持ち、野外生活の経験が豊富だ。狩りの獲物を捌くことはもちろん、食べられる野草や実の採取にも長けている。

 ロビンも食べさせる仲間が居ると、作るのがいっそう楽しくなって、宿やギルドの調理場を借りてスパイスやナッツ、干し果物を混ぜ込んで保存の利く焼き菓子を自作するまでになった。

 そうして彼ら四人パーティーの食事情は、他の冒険者たちがうらやむほど豊かになったのだ。

 理由を聞いて、ニーナは納得した。

「確かにいつも同じ味、っていうのは嫌になりそう。
でもその焼き菓子、私も食べてみたいなあ。ね、時間のあるときで良いから、作ってくれる?」

「うん、また今度ね」

 呑気な会話をしつつ、手はよどみなく動く。厨房に肉の焼ける香ばしい匂いが漂った。
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