『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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黒い羊はダイヤモンドの夢を見るか

かなわなかった再会

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「待ってるとは言ってくれたけど……」

 仲間たちと別れ、ロビンは『金の南瓜亭』のある街に到着した。久しぶりに見る街並みだ。あの頃と変わったところ、変わっていないところ。懐かしく眺めながら歩く。

 わずかながら不安がある。あの頃の場所がまだあるだろうか。

 各地を転戦する冒険者は、ギルドを通じて荷物や手紙を送ることができる。だが、その逆には制限が多い。個人的なよしみを結ぼうと、高ランク冒険者や有望株にあれこれ送りつける連中が、過去に多くの問題を引き起こしたためだ。ギルドが冒険者への連絡を受け付けるのは、親兄弟、配偶者と子供のみ。しかも事前の登録が要る。
 だから、旅先からロビンは手紙や土産を折に触れて送っていたが、向こうからの返事は受け取りようがなかった。

 胸に迷いがあっても、足はかつての習慣通りに動く。懐かしい、あの店のある通りに。

「何だよ、これ……」

『金の南瓜亭』と踊るような字で書かれた、あの看板がない。誰も入れないように、ドアが封じられている。

 ロビンは呆然と立ち尽くした。

 どれくらい立っていたか。突然肩を叩かれて振り返る。

「ロビン……やっぱり、ロビンだ……!いつ帰ってきたの?」
 懐かしいニーナが立っていた。あの頃より髪が伸びて、すっかり大人びている。

 つい頬を緩めてから、はっとして店を指さし、矢継ぎ早に尋ねる。
「これ、どういうことなんだ、何があったんだよ。パオロさんは?アンナさんは?店のみんなは?」

「お父さんは……お父さんはね、半年前に病気で亡くなったの」

「……嘘だ!まさかそんな……」

 思わずつかんだ肩の震えと、ニーナの目にあふれる涙が、嘘ではないと語っていた。


 二年前、近くのダンジョンを攻略するためこの土地に戻ったとき、パーティーの仲間たちとこの街を訪れたことがある。

 そのときパオロは、信頼できる仲間ができたことを自分のことのように喜んでくれて、自慢の料理をたらふくごちそうしてくれた。

 この街を出るとき、彼は
「いつでも帰って来いよ」
ただそう言ってロビンの肩を叩いた。
『帰ってこい』と言われたことが、たまらなく頼もしく、うれしかった。

 あの声をもう聞くことはできない。
 
 肩を叩いた分厚い手のひらも、もうこの世にはない。

 全身の力が抜けて、ロビンはひざをついた。道端でニーナと一緒に、子供のように泣いた。


 『金の南瓜亭』と通り一つ隔てたところにある宿屋で、アンナとも再会した。

 パオロが亡くなるとすぐ、借金の形に店と、一続きになった住居を取り上げられた。今は母と娘ふたり、アンナの幼なじみの経営するこの宿屋に住み込みで働いているのだという。その幼なじみは、ロビンが訪ねてきたからと、時分時でない食堂を提供してくれた。

「お医者様の見たてではね、心臓が悪くなってたそうなの。あの人みたいに、身体が大きくて丈夫な人には、案外、大事になるまで気付かないことが、珍しくないんですって。
 あっという間で苦しむ間なんてほとんど無かったのが、せめてものことかしらね」

 そう言って弱々しくほほえんだアンナの頬は、ふっくらしていたかつてと違って少しばかりこけている。
 パオロと仲良く寄り添う姿を思い出して、ロビンは胸をつかれる心地がした。

「だからね、もしこっちから報せを出せても、どのみち間にあやしなかったのよ。
 変なことに気を回したりしないで」

 パオロが亡くなったとき。二人が困っていたとき。ロビンは何も知らず、冒険にのめり込んでいた。そんな自分を責める気持ちを、ふわりと包み込まれたようだった。
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