『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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2章

かってきままに いきていく

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「すっかり家らしくなったね」
「キュー」

 『遺産』を手に入れたクロエは、がらんどうだった居住用の『部屋』の間取りを変更しつつ、家具を据え付けた。大貴族の邸宅にあっただけに、デザインが洗練されていて、作りもしっかりしている。だが、一人暮らしの家にはあまり向かないものも多い。

 そこでまた『空間操作』の出番だ。作り出した空間に材料を放り込み、完成品を指定する。
「割と何でもありだね、このスキル」
元のデザインを生かしつつ、こぢんまりとしたサイズになったテーブルを眺めてクロエは感心した。

 空間に『清潔』機能を付与しているおかげで、メンテナンスフリーというのはすばらしい。前世で憧れていたが、自分のずぼらさを鑑みて諦めたインテリアも気軽に取り入れられる。

「アルコーブベッド……やっぱりいいなあ」
前世の子供時代の憧れを実現して達成感に浸るクロエの周りで、毛玉たちはベッドに乗ってみたくてうずうずしていたが、先を越すのはまずいだろうと自重した。

 そして最も力を入れたのが水回りだ。この世界には照明や給水、給湯など様々な機能を備えた魔道具とよばれるものが存在している。既存の魔道具をスキルで加工して、温度調節自在のシャワーを作って取り付けた。浴槽にためた湯も温度調節がきく。トイレの機能も一通りつけることができた。排水はいったん浄化したものを王都の下水に転送する仕組みになっている。

「リアル中世でなくて良かった」
 もっとも『クロエ』が魔道具の恩恵にあずかったことはほとんど無い。貴族令嬢が皆そうするように、侍女に世話をされて入浴した経験など無い。せいぜいが水や自分で沸かした湯で体を拭く程度だった。トイレ事情も言うに及ばずだ。

 だが、現代日本人の記憶がよみがえった今、それはどうにも耐えがたい。猫足のバスタブ――これも前世で諦めたものだ――にたっぷりと湯を張って贅沢に石鹸を使って洗い立ててから湯につかる。

「君たちも入る?」
精霊たちにも勧めてみる。反応は様々だ。毛を逆立てて嫌がるものもいれば、気持ちよさげに丸洗いされて、うっとりと湯に浮かんでいるものもいる。もっとも精霊たちは勝手に清潔さが保たれるので、入浴は完全に娯楽の範疇だそうだ。

「シャンプーとか諸々は今後の課題かな?」
他の国にはもっといいものが売られているかもしれないし、スキルを使えば自作もできる。異世界ならではの材料もいろいろありそうだ。入浴剤にも挑戦したい。

 期待に胸を躍らせながら、今生初めてのまともな入浴を終えた。


 そして、くだんの夜会の夜。

 どうせ公衆の面前で三行半を叩き付けるなら、できる限りの装いをしたい。そのほうが向こうが捨てられる側だという印象が強まるだろう。

 母カサンドラのものをスキルで作り替えたドレスは、前世の記憶にあったデザインだ。人の手を借りられないので、あまり凝ったヘアメイクはできないが、髪そのものが綺麗なのでかえって引き立つようだ。精霊たちも口々に褒めてくれた。毛玉の美的感覚が人間に通じるのかは分からないが。

「『クロエ』って美人だったんだね、全然自分って感じがしないや」
姿見で仕上がりを確認しながらクロエはつぶやいた。

 見た目だけは完璧に貴族令嬢になった後、スキルと精霊の力でこっそり会場に紛れ込むことに成功した。

 貴族たちの様子から見て、『聖女』だとは分かっていないらしい。妙にねっとりとした視線にうんざりするが、声をかけてこないだけましだと思うことにする。

 人の群れの向こうに王太子の姿を見つけた。年齢より幼いデザインのピンクのドレスを着て、ビビアナがべったり貼り付いている。二人そろっているのを見て、扇の陰でにやりと笑う。

 向こうが企んだように大勢の前で恥をかかせてやるのだから、揃っていなくてはつまらない。二つ目のスキルのターゲットにビビアナを選ばなかったのもこのためだ。

「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」

 ベルナルドがふんぞり返って呼ばわったとき、クロエの脳内でゴングが鳴り響いた。


「見た?あの間抜け面」
 三行半を叩き付け、さっさと『自宅』に帰ってきたクロエは、ご機嫌だった。もうあの煩わしい連中の顔を見なくてすむのだと思うと、すがすがしい。

 すっかり別人になったからだろう、呼ばれて進み出たとき、あの二人も周りの貴族たちもあっけにとられていた。

 婚約破棄を宣言し、啖呵を切ると、王太子は酸欠した金魚のようにぱくぱくと口を開閉し、ビビアナはかぶった猫もかなぐり捨てて歯をむき出しに唸っていた。

 他国からの賓客も少なからず居たようだから、これから醜聞が国内外にまき散らされるに違いない。

「まあ、あの連中にはこれからたっぷり役に立ってもらうから、せいぜい元気で居てもらわないとね」
 王妃の実家からせしめてきたワインを、冷蔵庫代わりの空間収納から取り出すと、自分用のワイングラスと精霊たちのための浅い皿に注ぐ。前世の法律で言えば未成年だが、今生では立派に成人しているから、いいのだ。

「それじゃ、かんぱーい!」
「ウッキュー!」

 これで『クロエ・サムディオ侯爵令嬢』とは決別だ。クロエはもふ精霊たちと祝杯をあげた。
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