11 / 30
2章
さきだつものは どこにある
しおりを挟む
それはそれとして、もふ精霊たちによるスキル講座のはじまりだ。
「おお……!出た、ステータス!」
クロエは目の前に浮かんだステータスウィンドウに感動していた。
「操作感がタッチパネルっぽいな……前はこんなの出なかったし、前世の記憶が関係してる?」
右手で操作しながら空いた左手で膝の上の精霊をなで回しているクロエ。精霊たちはそのベストポジションを巡って熾烈な押しくらまんじゅうを繰り広げている。
「ん?『結界術』じゃなくて『空間操作』?お、ヘルプがある」
スキルのヘルプ機能と精霊たちのアドバイスを頼りに、クロエはうきうきと試行錯誤を繰り返した。
「本当にワープできるとは思わなかったなあ。前世もこれが使えたら、朝ぎりぎりまで寝てられたのに」
いじましいことをつぶやきつつ、行き交う人の流れを眺める。この世界に生まれてから街に出るのはこれが初めてだ。
「地道に行ける場所を増やしていかないと」
この『空間操作』スキルを利用した転移は、空間を曲げてつなげてショートカットする。だいたいそんなところらしい。難しい理屈は分からないが、役に立つのなら彼女は別に気にしない。目視できる場所への短距離転移を繰り返して街に出た。スキルで記録しておけば一度行った場所に一気に転移することもできるようだ。
昼日中にスキルで市街地に転移しても騒ぎにならないのは、自分の体の周りだけに『認識阻害』の結界を張っているからだ。これがある限り誰もクロエの存在を認識することはできない。屋台から漂ってくる匂いに気を惹かれたが、先立つものがない。後ろ髪を引かれながら、彼女は元の部屋へと転移した。
クロエはからっぽの『部屋』を見まわした。王宮であてがわれている部屋ではない。スキルで作り出した空間だ。ヘルプ機能によれば、気温も明るさも思いのままだそうだ。そして、サイズを変更することも、仕切りを作ることも自由自在だ。その上、彼女や精霊は転移で出入り自由だが、他の誰もこの場所を認識することさえできない。
「ここってこのままで大丈夫かな?あの結界みたいに魔力切れ起こしたりしない?」
「キュー」
精霊に尋ねると、あの結界に比べればこの空間くらいなら誤差程度のものだから心配ない、という返事が返ってきた。
「生活するにはまだいろいろ足りないけど。引っ越し先、ここで大丈夫じゃないかな」
異世界だろうと『新しいおうち』の支度はやっぱり楽しい。クロエは肩の上の毛玉をなでながら、部屋作りの構想にうきうきと胸をはずませた。
逃走手段と、セーフハウス。この二つはそろった。
「あとは食い扶持、か」
クロエは綺麗さっぱり一文無しなのだ。文字通り過労死寸前までこき使われているのに、小遣い一つもらっていない。
「……そういえば、母方の実家ってどうなったんだろ?」
それに、母が亡くなった後、その遺品や遺産はどこに行ったのか。
生まれてすぐに亡くなっているので、母カサンドラの記憶はクロエには無い。おぼろげながら前世の両親の記憶があることもあって、特に思い入れも無いのが正直なところだ。
後ろ盾だった父と兄亡き後サムディオ侯爵家に嫁いだ、と聞いた覚えはある。しかしそれは、考えてみればおかしな話なのだ。この国の貴族の継承ルールからすれば、残された娘が婿を取って家を継ぐはずだ。
嫌がらせ同然の王太子妃教育で、貴族の姻戚関係についてもだいぶ詰め込まれたクロエの記憶にも、母親の実家らしき家のことはない。
ふと見ると、毛玉たちが円陣を組むように集まって時々ぽんぽんとぶつかり合っている。
「何してるの?」
クロエの声に飛び上がった精霊たちは、もう一度顔を見合わせてから、おずおずと寄ってきた。そして、その呑気な鳴き声にそぐわない生臭い話をはじめた。
精霊たちは本来気ままな存在だ。世界の平和だの人類の幸福だのにまったく興味は無い。人間とかけ離れた時間感覚の中で、時折クロエのような『お気に入り』を見つけて、行動を共にするのを楽しみにしている。
まだ母の胎内にいたクロエの存在を感じ取ったとき、危険な状態にあることも知った。
「あ~、それで情報収集したらいろいろ真っ黒な事情もつかんじゃったんだ?」
「フキュ」
「王妃の実家と王家が共謀してお家乗っ取りかあ。親子二代まわりが最悪ってどういうことなの……」
唯一残った直系を嫁がせて、誰も居なくなったから王家が領地と爵位を預かっている、と言う名目らしいが、政敵を追い落としたい王妃の実家と有望な鉱山が欲しい王家と、ついでにライバルをろくでもない相手と結婚させたい王妃。三者の利害が一致した結果だったようだ。
「私から見てお祖父さんと伯父さん、だっけ。二人立て続けに亡くなったってのも、怪しいと思うんだけど」
「キュム」
「ああ、やっぱりね。でも王妃はシロなんだ……まああの性格じゃあ、計画にかませたらすぐバレそうだからなあ」
そして、四面楚歌で衰弱していくカサンドラをどうにかしようと精霊たちは奮闘したものの、彼女には精霊は見えず、助力を得られる人間もいない。安全な場所に転移させようにも、精霊の力で妊婦を転移させれば母子ともに危ない。飲食物に仕込まれた薬物はこっそり処理したものの、それまでに失った体力を戻してやることは、精霊たちにはできなかった……。
話し終えた精霊たちは、すっかりしおたれて、丸い体が半分ほどにへしょんとつぶれている。
クロエは膝をついてつぶれ毛玉たちを優しくなでてやった。
「君たちが来たときにはもうどうしようもなかったんだよね?頑張ってくれたのは、よく分かったよ」
毛玉たちはもふっと膨らんで、安心したようにクロエにすり寄った。
「他に近い親族はいないんだったら、遺産は私がもらってもいいんじゃないかな」
厚かましいようだが、再出発のために先立つものが必要だ。それにさんざんこき使われたのだから、給料と退職金代わりにもらえるものをもらってもばちは当たらないだろう。相談がまとまると精霊が数体、遺産の行方を調査しに出かけていった。
「おお……!出た、ステータス!」
クロエは目の前に浮かんだステータスウィンドウに感動していた。
「操作感がタッチパネルっぽいな……前はこんなの出なかったし、前世の記憶が関係してる?」
右手で操作しながら空いた左手で膝の上の精霊をなで回しているクロエ。精霊たちはそのベストポジションを巡って熾烈な押しくらまんじゅうを繰り広げている。
「ん?『結界術』じゃなくて『空間操作』?お、ヘルプがある」
スキルのヘルプ機能と精霊たちのアドバイスを頼りに、クロエはうきうきと試行錯誤を繰り返した。
「本当にワープできるとは思わなかったなあ。前世もこれが使えたら、朝ぎりぎりまで寝てられたのに」
いじましいことをつぶやきつつ、行き交う人の流れを眺める。この世界に生まれてから街に出るのはこれが初めてだ。
「地道に行ける場所を増やしていかないと」
この『空間操作』スキルを利用した転移は、空間を曲げてつなげてショートカットする。だいたいそんなところらしい。難しい理屈は分からないが、役に立つのなら彼女は別に気にしない。目視できる場所への短距離転移を繰り返して街に出た。スキルで記録しておけば一度行った場所に一気に転移することもできるようだ。
昼日中にスキルで市街地に転移しても騒ぎにならないのは、自分の体の周りだけに『認識阻害』の結界を張っているからだ。これがある限り誰もクロエの存在を認識することはできない。屋台から漂ってくる匂いに気を惹かれたが、先立つものがない。後ろ髪を引かれながら、彼女は元の部屋へと転移した。
クロエはからっぽの『部屋』を見まわした。王宮であてがわれている部屋ではない。スキルで作り出した空間だ。ヘルプ機能によれば、気温も明るさも思いのままだそうだ。そして、サイズを変更することも、仕切りを作ることも自由自在だ。その上、彼女や精霊は転移で出入り自由だが、他の誰もこの場所を認識することさえできない。
「ここってこのままで大丈夫かな?あの結界みたいに魔力切れ起こしたりしない?」
「キュー」
精霊に尋ねると、あの結界に比べればこの空間くらいなら誤差程度のものだから心配ない、という返事が返ってきた。
「生活するにはまだいろいろ足りないけど。引っ越し先、ここで大丈夫じゃないかな」
異世界だろうと『新しいおうち』の支度はやっぱり楽しい。クロエは肩の上の毛玉をなでながら、部屋作りの構想にうきうきと胸をはずませた。
逃走手段と、セーフハウス。この二つはそろった。
「あとは食い扶持、か」
クロエは綺麗さっぱり一文無しなのだ。文字通り過労死寸前までこき使われているのに、小遣い一つもらっていない。
「……そういえば、母方の実家ってどうなったんだろ?」
それに、母が亡くなった後、その遺品や遺産はどこに行ったのか。
生まれてすぐに亡くなっているので、母カサンドラの記憶はクロエには無い。おぼろげながら前世の両親の記憶があることもあって、特に思い入れも無いのが正直なところだ。
後ろ盾だった父と兄亡き後サムディオ侯爵家に嫁いだ、と聞いた覚えはある。しかしそれは、考えてみればおかしな話なのだ。この国の貴族の継承ルールからすれば、残された娘が婿を取って家を継ぐはずだ。
嫌がらせ同然の王太子妃教育で、貴族の姻戚関係についてもだいぶ詰め込まれたクロエの記憶にも、母親の実家らしき家のことはない。
ふと見ると、毛玉たちが円陣を組むように集まって時々ぽんぽんとぶつかり合っている。
「何してるの?」
クロエの声に飛び上がった精霊たちは、もう一度顔を見合わせてから、おずおずと寄ってきた。そして、その呑気な鳴き声にそぐわない生臭い話をはじめた。
精霊たちは本来気ままな存在だ。世界の平和だの人類の幸福だのにまったく興味は無い。人間とかけ離れた時間感覚の中で、時折クロエのような『お気に入り』を見つけて、行動を共にするのを楽しみにしている。
まだ母の胎内にいたクロエの存在を感じ取ったとき、危険な状態にあることも知った。
「あ~、それで情報収集したらいろいろ真っ黒な事情もつかんじゃったんだ?」
「フキュ」
「王妃の実家と王家が共謀してお家乗っ取りかあ。親子二代まわりが最悪ってどういうことなの……」
唯一残った直系を嫁がせて、誰も居なくなったから王家が領地と爵位を預かっている、と言う名目らしいが、政敵を追い落としたい王妃の実家と有望な鉱山が欲しい王家と、ついでにライバルをろくでもない相手と結婚させたい王妃。三者の利害が一致した結果だったようだ。
「私から見てお祖父さんと伯父さん、だっけ。二人立て続けに亡くなったってのも、怪しいと思うんだけど」
「キュム」
「ああ、やっぱりね。でも王妃はシロなんだ……まああの性格じゃあ、計画にかませたらすぐバレそうだからなあ」
そして、四面楚歌で衰弱していくカサンドラをどうにかしようと精霊たちは奮闘したものの、彼女には精霊は見えず、助力を得られる人間もいない。安全な場所に転移させようにも、精霊の力で妊婦を転移させれば母子ともに危ない。飲食物に仕込まれた薬物はこっそり処理したものの、それまでに失った体力を戻してやることは、精霊たちにはできなかった……。
話し終えた精霊たちは、すっかりしおたれて、丸い体が半分ほどにへしょんとつぶれている。
クロエは膝をついてつぶれ毛玉たちを優しくなでてやった。
「君たちが来たときにはもうどうしようもなかったんだよね?頑張ってくれたのは、よく分かったよ」
毛玉たちはもふっと膨らんで、安心したようにクロエにすり寄った。
「他に近い親族はいないんだったら、遺産は私がもらってもいいんじゃないかな」
厚かましいようだが、再出発のために先立つものが必要だ。それにさんざんこき使われたのだから、給料と退職金代わりにもらえるものをもらってもばちは当たらないだろう。相談がまとまると精霊が数体、遺産の行方を調査しに出かけていった。
49
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。


何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。

忘れられた薔薇が咲くとき
ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。
だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。
これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

「平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる」
ゆる
恋愛
平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる
婚約者を平民との恋のために捨てた王子が見た、輝く未来。
それは、自分を裏切ったはずの侯爵令嬢の背中だった――。
グランシェル侯爵令嬢マイラは、次期国王の弟であるラウル王子の婚約者。
将来を約束された華やかな日々が待っている――はずだった。
しかしある日、ラウルは「愛する平民の女性」と結婚するため、婚約破棄を一方的に宣言する。
婚約破棄の衝撃、社交界での嘲笑、周囲からの冷たい視線……。
一時は心が折れそうになったマイラだが、父である侯爵や信頼できる仲間たちとともに、自らの人生を切り拓いていく決意をする。
一方、ラウルは平民女性リリアとの恋を選ぶものの、周囲からの反発や王家からの追放に直面。
「息苦しい」と捨てた婚約者が、王都で輝かしい成功を収めていく様子を知り、彼が抱えるのは後悔と挫折だった。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる