10 / 30
2章
いつかどこかで みたような
しおりを挟む
もふっ。
突然、ふかふかした軽くて温かいものがクロエの顔のうえに乗ってきた。
驚いて体を起こすと、そのはずみで膝の上まで転がった『何か』と目が合う。
両手の上に乗るほどの大きさのそれは、白くて丸く、いかにも柔らかそうな毛に覆われていて、つぶらな目とロップイヤーのような垂れ耳が付いている。そして。
「なんか増えた……!」
どこからともなくわらわらと毛玉たちが出てきた。
耳はウサギに似ているが毛の色は様々で、犬や猫のような柄のものもいる。
「ブチ、サバトラ、サビ、三毛、あ、この子パンダ柄だ」
すりすりと懐いてきたらもうたまらない。長毛のふわふわの感触、短毛のビロードのようなすべすべした手触り。一心不乱にモフってようやく満足すると、ふと疑問が口をつく。
「何だろ、これ?」
「キュー!」
毛玉が抗議の叫びをあげてクロエの顔面に体当たりしてきた。軽くて柔らかいので全くダメージはない。
他の毛玉たちもぽんぽんと飛び跳ねながらしきりに声を上げる。
不思議なことに耳にはただキューキュー鳴いているだけにしか聞こえないが、毛玉たちが何を言いたいのか、クロエには伝わってきた。
「え?精霊?なんだかイメージと違うけど。……一緒に居たって、いつ?」
「モキュー」
毛玉――自称精霊たちが言うには、人間の中には稀に精霊たちと生まれつき親和性の高い者が生まれるのだそうだ。今生きている中ではクロエ一人。その彼女を母親の胎内にいたときから見守ってきたのだという。
「嘘。居なかったでしょ、見たことないよ」
「……キキュー……」
精霊はたとえ親和性の高い者でも魔力が高くなければ見えない、そう言われてはっとする。
――結界を解除したとたんに体が楽になったのは、それまで魔力切れだったからじゃ?
そして、魔力切れだったから、精霊たちの姿も見えなければ、声も聞こえなかった、そう考えられる。
虚弱体質なのだと思い込んでいたが、あらためて考えてみれば、あの倦怠感は王の求めに応じて結界の範囲を広げ、面倒な識別機能を設定してからのような気がする。
「あの愚王が元凶か!」
それに、神殿にいた幼い頃、何か小動物をこっそりと飼っていたような記憶がある。数少ない懐かしい思い出だ。見れば毛玉たちは、垂れ耳をぴくぴくさせてこちらを見上げている。クロエは一番近くに居た一体を両手ですくい上げた。
「……見えなかったけど、ずっとそばにいてくれたんだねえ、ありがとう」
「ウキュー!」
感極まって飛びついてきたもふ精霊たちを、ひとしきりモフっているうちに、クロエは大事なことを思い出した。頓挫中の脱出計画だ。
「そうだ、さっきの話からすると、君たち聖女のスキルに詳しいんじゃないの?相談にのってほしいんだけど」
「キュ?」
「え?私みたいに相性のいい人といたんでしょ?」
精霊たちの話によると、『聖女』とは神殿が勝手に選んでいるだけで、精霊の姿が全く見えない聖女も珍しくなかったらしい。
「なるほどねえ、私みたいなのと神殿の言う『聖女』は違うんだ」
過去の精霊の『お気に入り』が何かしら功績を立てて祭りあげられた後、都合のいい女性たちを『聖女』に仕立てた、ということかもしれない。
「キュイ?」
どうしてそんなこと知りたいの?と精霊が首をかしげた。もっとも首はないので実際は、クロエにはそう感じられたというだけだが。
「ここから出てって自由になりたいの。パワハラモラハラのない、ストレスフリーな生活が欲しい……!」
彼女にとってはあまりに切実な魂の叫びである。
毛玉たちは自分たちに任せておけ、と鳴き声を上げたりとび跳ねたりして主張した。
「気持ちはありがたいけど、丸投げはしないよ。せっかく魔法が使えるんだし。自分のために使ってみたいんだよね」
そう言ってすぐ、クロエは顔をしかめた。嫌なことを思い出したのだ。
「結界、また張らなくちゃだめかな」
逃げ出すめどが立つまでは、波風を立てない方がいいだろう。そうは思うが、魔力切れの倦怠感を思うと気が進まない。
「キュイ、キュー」
クロエの憂鬱はもふ精霊によってあっさり解消された。彼らの力でクロエと同じ結界を張ることはできないが、そのように偽装するくらいなら難しくない。一月くらいは楽にごまかせる。力強く断言されてクロエは安心した。
「あとはあの馬鹿王子の計画がもっと詳しく分かるといいんだけどね。私に濡れ衣を着せるつもりみたい。いつの予定か分かれば、逃げ出すタイムリミットも分かるんだけど」
精霊の一体がクロエの肩にぽんと飛び上がったかと思うと、一声鳴いて姿を消した。どうやら調べてきてくれるらしい。なんとも頼もしい毛玉たちだ。
――さっきまでひとりぼっちだったのが嘘みたい。
クロエは頬を緩めて毛玉たちを眺めた。
突然、ふかふかした軽くて温かいものがクロエの顔のうえに乗ってきた。
驚いて体を起こすと、そのはずみで膝の上まで転がった『何か』と目が合う。
両手の上に乗るほどの大きさのそれは、白くて丸く、いかにも柔らかそうな毛に覆われていて、つぶらな目とロップイヤーのような垂れ耳が付いている。そして。
「なんか増えた……!」
どこからともなくわらわらと毛玉たちが出てきた。
耳はウサギに似ているが毛の色は様々で、犬や猫のような柄のものもいる。
「ブチ、サバトラ、サビ、三毛、あ、この子パンダ柄だ」
すりすりと懐いてきたらもうたまらない。長毛のふわふわの感触、短毛のビロードのようなすべすべした手触り。一心不乱にモフってようやく満足すると、ふと疑問が口をつく。
「何だろ、これ?」
「キュー!」
毛玉が抗議の叫びをあげてクロエの顔面に体当たりしてきた。軽くて柔らかいので全くダメージはない。
他の毛玉たちもぽんぽんと飛び跳ねながらしきりに声を上げる。
不思議なことに耳にはただキューキュー鳴いているだけにしか聞こえないが、毛玉たちが何を言いたいのか、クロエには伝わってきた。
「え?精霊?なんだかイメージと違うけど。……一緒に居たって、いつ?」
「モキュー」
毛玉――自称精霊たちが言うには、人間の中には稀に精霊たちと生まれつき親和性の高い者が生まれるのだそうだ。今生きている中ではクロエ一人。その彼女を母親の胎内にいたときから見守ってきたのだという。
「嘘。居なかったでしょ、見たことないよ」
「……キキュー……」
精霊はたとえ親和性の高い者でも魔力が高くなければ見えない、そう言われてはっとする。
――結界を解除したとたんに体が楽になったのは、それまで魔力切れだったからじゃ?
そして、魔力切れだったから、精霊たちの姿も見えなければ、声も聞こえなかった、そう考えられる。
虚弱体質なのだと思い込んでいたが、あらためて考えてみれば、あの倦怠感は王の求めに応じて結界の範囲を広げ、面倒な識別機能を設定してからのような気がする。
「あの愚王が元凶か!」
それに、神殿にいた幼い頃、何か小動物をこっそりと飼っていたような記憶がある。数少ない懐かしい思い出だ。見れば毛玉たちは、垂れ耳をぴくぴくさせてこちらを見上げている。クロエは一番近くに居た一体を両手ですくい上げた。
「……見えなかったけど、ずっとそばにいてくれたんだねえ、ありがとう」
「ウキュー!」
感極まって飛びついてきたもふ精霊たちを、ひとしきりモフっているうちに、クロエは大事なことを思い出した。頓挫中の脱出計画だ。
「そうだ、さっきの話からすると、君たち聖女のスキルに詳しいんじゃないの?相談にのってほしいんだけど」
「キュ?」
「え?私みたいに相性のいい人といたんでしょ?」
精霊たちの話によると、『聖女』とは神殿が勝手に選んでいるだけで、精霊の姿が全く見えない聖女も珍しくなかったらしい。
「なるほどねえ、私みたいなのと神殿の言う『聖女』は違うんだ」
過去の精霊の『お気に入り』が何かしら功績を立てて祭りあげられた後、都合のいい女性たちを『聖女』に仕立てた、ということかもしれない。
「キュイ?」
どうしてそんなこと知りたいの?と精霊が首をかしげた。もっとも首はないので実際は、クロエにはそう感じられたというだけだが。
「ここから出てって自由になりたいの。パワハラモラハラのない、ストレスフリーな生活が欲しい……!」
彼女にとってはあまりに切実な魂の叫びである。
毛玉たちは自分たちに任せておけ、と鳴き声を上げたりとび跳ねたりして主張した。
「気持ちはありがたいけど、丸投げはしないよ。せっかく魔法が使えるんだし。自分のために使ってみたいんだよね」
そう言ってすぐ、クロエは顔をしかめた。嫌なことを思い出したのだ。
「結界、また張らなくちゃだめかな」
逃げ出すめどが立つまでは、波風を立てない方がいいだろう。そうは思うが、魔力切れの倦怠感を思うと気が進まない。
「キュイ、キュー」
クロエの憂鬱はもふ精霊によってあっさり解消された。彼らの力でクロエと同じ結界を張ることはできないが、そのように偽装するくらいなら難しくない。一月くらいは楽にごまかせる。力強く断言されてクロエは安心した。
「あとはあの馬鹿王子の計画がもっと詳しく分かるといいんだけどね。私に濡れ衣を着せるつもりみたい。いつの予定か分かれば、逃げ出すタイムリミットも分かるんだけど」
精霊の一体がクロエの肩にぽんと飛び上がったかと思うと、一声鳴いて姿を消した。どうやら調べてきてくれるらしい。なんとも頼もしい毛玉たちだ。
――さっきまでひとりぼっちだったのが嘘みたい。
クロエは頬を緩めて毛玉たちを眺めた。
11
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!
杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。
彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。
さあ、私どうしよう?
とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。
小説家になろう、カクヨムにも投稿中。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
学園は悪役令嬢に乗っ取られた!
こもろう
恋愛
王立魔法学園。その学園祭の初日の開会式で、事件は起こった。
第一王子アレクシスとその側近たち、そして彼らにエスコートされた男爵令嬢が壇上に立ち、高々とアレクシス王子と侯爵令嬢ユーフェミアの婚約を破棄すると告げたのだ。ユーフェミアを断罪しはじめる彼ら。しかしユーフェミアの方が上手だった?
悪役にされた令嬢が、王子たちにひたすらざまあ返しをするイベントが、今始まる。
登場人物に真っ当な人間はなし。ご都合主義展開。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!
Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。
転生前も寝たきりだったのに。
次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。
でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。
何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。
病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。
過去を克服し、二人の行く末は?
ハッピーエンド、結婚へ!
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる