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鏡よ鏡
しおりを挟む王子がその鏡を手に入れたのは、まったくの偶然だった。
お忍びでの城下への外出。混雑するのみの市で、七十代だろうか?髪に大分、白いものが混ざった老婆が雑多なものを売っていた。
ほぼ投げ売りのような価格だった。
ブローチ、指輪、ネックレス、ペンダント、髪飾りに腕輪。
作者不詳の絵画に、壺など骨董品も。
そんな中にあった鏡―に、何故か、彼は惹かれた。
老婆は言った。
「お若い方…その鏡は〈運命の相手〉を映し出すもの。いかがですかな?」
それはごく普通の鏡に見えた。装飾も地味で、でも…。
その夜。王子は買い求めた鏡を、自室で覗き込んで見た。
映るのは、自分の顔だ。けれど。
テラスに出る。タイミング良く、月夜だった。
王子は老婆に教わった通りに唱えた。
「鏡よ、鏡。僕の〈運命の相手〉を教えておくれ」
雲が流れ、月の光がちかりと鏡面に反射した、その時。
王子の姿が揺らぎ、少女―色白でベリーショートの金髪の、切長な一重の瞳が印象的な―が映った。
ドキリ、と心臓が高鳴った。
鏡に本当に映ったのも然る事乍ら、少女が美しかったからだ。
しかし、日々は何事もなく、流れるばかりだった。あれから幾度か、鏡に問いかけてみたが、少女の姿はあれきり、映らなかった。
そうして、王子はまたお忍びで城下に出かけた。
その日は街にサーカスが来ていた。
賑やかな出店、華やかな装いの人々、華やぐ空気に自然と足がそちらを向いた。
会場は暗く、否が応でも気分が盛り上がる。
舞台にスポットライトが当たり、ピエロが恭しく、礼をした。
様々なショーが目を、耳を、心を楽しませてくれた。
王子は民衆たちと同様に惜しみない拍手を演者に贈った。
「お次は綱渡りです!」
ピエロの明るい紹介。
空(くう)に高く張られたロープ。そして…。
ほっそりとした体躯、ベリーショートの金髪、耳に小ぶりなピアスが光る、切長な瞳の―。
―彼女だ、と、心臓が鳴った。
それからの記憶はまるで、現実を薄皮一枚隔てて見ていたようだった。
あの時の鏡の少女は無事に演技をやり遂げ、拍手喝采を浴びた。
最後のカーテンコールで、他の団員たちと手を繋ぎ、ぺこりとお辞儀し、裏に引っ込んでしまった。
頭の中を、彼女の姿がぐるぐる回っていた。
翌日、王子はさりげなく、父親である王に(もちろん、お忍びの事は内緒だ)街に来ているサーカスが評判だと伝えた。
母親である王妃が興味を示した。
こうして、サーカス団を城に呼ぶ事に成功した。
執り行われる演目は城の者たちの耳目も集めた。そうして―あの少女の出番が来た。
彼女は以前見た時より、少し大人っぽくなっていた。
そうして、見事な演技をして見せた。
惜しみない拍手。
演目終了後、労いの宴が開かれた。
各々が料理を、酒を、楽しんでいた。
賑わいの中、王子はあの少女を探していた。
そうして、月明かりの滲む池の畔で出会う事が出来た。
「はじめまして」ドギマギしながら、声をかけた。
「はじめまして、王子様」
少女はぺこりとお辞儀してみせた。
まだ名乗っていないのに…と当惑していると、少女はふふふ、と笑みをこぼした。
「わたし、目が良いんです。お客様の事はよく、見えています」
少女の笑みに見とれていた王子は、何か話題を、と、例の鏡の話をした。
話を聞き終えた少女は可愛らしく小首をかしげた。
「わたしに似ていたんですか?それは光栄ですね…」言葉を切り、俯く。「わたしのような身分では、こうしてお話しているのも、恐れ多い事ですのに…」
その寂しそうな様子に、王子は思わず彼女に近付いていた。
まったくの無警戒で。
―何者かにより、王子が殺められた事が判明したのは夜半の事だった。
少女の姿は幻のように、夜の闇に消えていた。そうして―。
「おや、戻ってきたのかい」
老婆は声をあげた。
あの日、売った鏡が、舞い戻って来ていたからだ。
老婆は鏡を拾い上げると、話しかけた。
「今度はどんな〈運命〉を映したんだい?」
鏡はただ、静かに月の光を反射しているだけだった。
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