続・不条理

桐原まどか

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続・不条理

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「諸君!またしても集まってくれてありがとう!前回の我々の作戦は…悔しいが失敗であった。我々は目の前の己のアイデンティティにこだわりすぎ、時代の移ろいというものを見落としていた…今回こそは、我々が勝利を収める!」
※※※※
響くピンポン音。反射的に言われる「いらっしゃいませ!」…ここはとあるコンビニである。
若い女性店員がレジに立っている。やって来たお客の会計をする。電子決済である。差し出されたスマホ上のバーコードをピッとやる。…と。<通信に失敗しました>とエラー表示が出た。「お客様、申し訳ありません、もう一度…」ピッ!…エラー。「申し訳ありません、ちょっとお取り扱い出来ないようです」謝ると客は「じゃあ、クレジットカードで」と言った。電子端末にクレジットカードを挿入してもらう。
レジ画面に浮かぶ、<お取り扱い出来ません>の文字…。「現金でいいです」ちょうどの額を置いて、客は去った。「ありがとうございました!」頭を下げつつ、何かしら?と首を捻る。―また何かの通信障害かしら?
客層ボタンを押す。吐き出される用紙。
―それを見た彼女は青ざめた…「店長!!」
事務所から出てきた店長の目に映ったもの…何の印字もされていない、真っ白なレシートだった…。

今回の騒ぎは前回の比では無かった。何故か。レシートが印字されないのみではなく、各社のありとあらゆる電子マネー決済、クレジットカード決済が使用出来ない。電子レシートも反映されない。
―購入の証明が一切出来ないのである。折しも軽減税率の導入により、手書き領収書は廃止になっていた。法律で定められた書き方がおよそややこしく、とてもじゃないが、簡単には書けない。
そうして、またしても、原因は不明。世間の人々の脳裏に『レシートの反乱』という言葉が蘇った。
…まさか、と笑い飛ばす事は出来ない。今回も日本全国津々浦々で起こったからだ。例外はなし。
国会でも取り沙汰されたが、何せ原因不明である。どうしようも出来ない。
『レシートを崇める会』なる、新興宗教が立ち上げられた。教祖は語った。
「我々はレシートを粗末に扱い過ぎた。レシートの神はお怒りだ。我々はレシートの神を支持し、お守りする」そうして会独自の祈祷を捧げた。
人々は祈った。―まさか、こんなに困るなんて…たかが紙切れ1枚に我々は支配されていたのか…。
※※※※
月日は流れた。長いような短いような、日々。
いまや決済手段は現金に集約し、どうしても必要なお客にのみ、手書き領収書を渡す事になった。
レジからレシート発行機能が外される事になり、入れ替えが行われようとしていた。
―勿論、あのコンビニでも、である。
最初は1台から。交換の間、1台のみで対応するのは、やや骨が折れるが、まぁ、いい。いまや、手書き領収書にも慣れた、あの女性店員が、「ありがとうございました!」と言いながら、客層ボタンを押した。吐き出される、真っ白なレシート…!!? 彼女は叫んだ。
「店長!!」
何事か、と、事務所から出てきた店長の目に映ったのは…印字された、レシート。
隣のレジを交換しようとしていた、業者もびっくりしている。
「…これは」もしかして、と、店長は自身のスマホを取り出した。久しく使用していなかった決済用バーコードを画面に出す。手近な商品を打ってみる。ピッ。
…決済は無事、完了し、印字されたレシートが現れた。
これを皮切りに、全国で、レシート印字と共に各社の電子マネーやクレジットカード決済も復活した。
電子レシートも反映されるようになった。
『レシートを崇める会』教祖は語った。
「我々の祈りがレシートの神に通じたのです。お許し下さった。しかし、油断は出来ません。」
※※※※
「ありがとうございました!」
会計を終え、去るお客の手には、レシートがあった。
当たり前にあるはずのものが無くなる恐怖を味わった人々は、少なくとも、レシートを握りつぶす事は無くなった…。
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