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各々の再会、そして黒蒼は出会う。

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 「学校に泊まる?」
 一人の生徒――紫が言った事に対し、教師は暫し思案した。
 「せーんせ、親に連絡したらそっこーでOKしてくれましたよー」
 「気を付けろって言われました」
 「どうせ何処に逃げても隠れても、血は流れるんです。だったら、私達から向かい打ったっていいんじゃないかと思いまして」
 多くの生徒が口々に言う。完全にやる気になっている。
 血は流れる。
 そうか、と頷いて教師は学園長に指示を仰ぎ、許可を出した。

 「じゃあ、皆! 一度家に帰って、必要な物を持って来ようか!」

 誰かの号令に、おお! と声が上がった。


 「お前は帰らないのか、赤虎」
 ぞろぞろ生徒が校内から出て行く中、白狼は廊下の端に立つ乱銀を見付けた。
 「構わないわ。だって……今の家族は、私に興味なんて無いみたいだから」
 屋上に続く階段を上りかけ、振り返らずに吐き捨てる。
 ”転”では家族が居る。死んではいない。殺されてなんて、いない。
 興味が無い、そこに愛はあるのか。そこまで乱銀は見ていなかった。生まれ変わって、ずっと黒蒼の事を考えていたから。
 だから、寂しいなんて感情は要らない。必要なかった。
 「私は、これで良い」
 彼女はそう思っている。 

 屋上に出て、フェンスに手を掛け、町を見る。
 この町は温かい。流血沙汰な事件なんてほとんど無い。
 黒蒼が居る、この町が愛しい。黒蒼の傍に居られるだけで、幸せなんだ。

 「あら、貴女がそんな女々しい気持ちを持つなんて」

 高めの声音。少女の声だ。
 「え」その声に、聞き覚えがあった。
 「双剣ジェニメス⁉」
 かつて己の手に、数多の命を刈り取った双剣の名を口にした。
 「久しぶりね、乱銀。我が主。あの頃の貴女より、今の貴女の方が生き生きしてるわ」
 裸足の足に、踝までありそうな長い髪。
 昇降口の上に座った彼女は、宙に投げ出した足をゆらゆら揺らした。
 「何で、双剣が”転”ここに」
 「理由は簡単よ。”絶”と”転”を繋ぐ為に作った馬鹿でかい空間の切れ目からこの世界に来た。そして、私の目的はただ一つ」
 軽々しく降り立って、乱銀の前に立つ。そして――

 「もう一度、契約を」

 もう既に決まっているという風に、双剣は微笑む。
 契約。
 彼女は契約と言った。
 乱銀は、双剣の言葉に迷った。
 「――迷っているのね。
  それは、私を裏切った後悔から? だとしたら馬っ鹿馬鹿しい!」
 怒った声と共に双剣はきッと下から覗き込むように睨み上げる。
 その視線、表情に、何も言えない。双剣が言うことは、事実だからだ。
 黒蒼の後を追って、自分は自ら命を絶った。
 双剣との契約は、共に在ること。
 『一人は嫌だ』
 『なら、貴女は何を望むの?』
 魔力の暴走で、無体を働こうとした男達を血の海に沈めた中、二人は出逢った。
 『力? それとも、権力?』
 『権力はイラナイ。力が欲しい……けど』
 『けど?』
 『傍に居て欲しい』
 孤独だった乱銀は双剣と契約した。双剣が魔具だとしても、独りでは無くなった。
 「傍に居て欲しいって言っておきながら、自分だけ死ぬなんて! 後悔するんだったら、最初からそんな事なんてするな‼」
 乱銀は見た。双剣の表情を。
 「ジェニ、メス」
 凛とした表情を歪め、大粒の涙を流す。
 「だから、もう一度、契約を」
 涙を流し再び口にする。そこで、決心が付いた。
 
 「……分かった。分かったよ、双剣。
  私にもう一度、双剣の力を貸して」

 両手を握って、契約の言葉に応える。
 「そう。使いなさい、私を」
 ふわりと妖艶に笑み、双剣は自分の姿を曖昧にさせ、作り物の双剣と同化するように姿を消した。

 屋上に広がる静けさ。
 乱銀は刃の付いた双剣を握り締めた。木製の、軽い物では無い。手に持った鉄の重さが、現実だと気付かせる。
 「ありがとう、双剣」
 感謝の言葉は、”転”でもう一度結んでくれた契約に対して。
 そして、この身を案じていてくれたことに。

 どんなに離れていても、結んだ縁は簡単には切れない。
 ありがとう。
 ありがとう。
 その言葉しか、出て来なかった。




 夢を見る。
 精神的にかなり疲れていたのだろう。黒蒼は、乱銀と同じ様に校内に残っていた。
 自分のクラス、自分の席で、黒蒼は一人、まどろみの中に居た。
 ゆらり、ゆら、
 意識がぼんやりとしている。
 寝ているのと、覚醒し掛けている。そんな感覚。
 そんな中、黒蒼は出逢う。

 「黒蒼……”転”のもう一人の俺」

 低い、自分の声にとても似ている声。
 意識が覚醒に近付く。だが、優しさのある声と、温もりに頭を撫でられる。「――、」それが心地良くて、もっとしてほしいと思った。
 そんな思いが伝わったのか、頭を撫でる手の主は笑った。
 「あぁ、このままで良い。このまま俺の話を、全部夢と思ってくれれば良い」
 ふわり、春の陽気な温かさが身を包む。瞼を上げようにも、上げられない。
 黒蒼は夢現に、姿も分からない男のされるままにされた。
 「はは……似ているようで、似ていないな」
 男が笑う。
 膝枕をしているのだろう。休みなく髪が梳かれる角度からそう思っただけだ。
 「……魂は俺だ。名も同じ”黒蒼”。まさか、まさかこんな事になるとは思ってなかった」
 手が止まる。
 泣くのを堪えている様な気配。
 「……泣く必要なんて、あるのか?」
 純粋に思って、気付いた時には言っていた。ぱちりと、瞼が上がる。今度は簡単に上げられた。
 「ッ……お、れ……?」
 そのままの体勢で、男の顔を見た黒蒼は息を飲んだ。
 「ッ見るな……!」
 さっと視界が覆われた。抵抗することも出来たが、何故かそんな気は起きなかった。

 「……なんとなく、分かった」

 手を伸ばして、自分と同じ顔をした男に触れる。「ッ」びくり、と男の身体が強張る。抵抗は無かった。それに気付きながら、言葉を続けた。
 「魂は世界を渡る。俺は、貴方の生まれ変わり。……そうなんだろう?」
 確信を込めて言う。
 いつの日かの夢の最後、「ごめんな」と聞こえた。その言葉を言ったのは彼だ。

 「乱銀は貴方をずっと見ていた。俺を通して、ずっと」
 「……知っていたさ、君の中に、俺の意識の一部がある。遠くから、ずっと見ていた」

 男が手を離した。視界が解放されて、もう一度目にした男の顔はやはり、自分と同じだった。
 乱銀の話を聞いて拒絶した。
 それが今となって黒蒼を苦しめる。何故、なのだろうか。

 「……なぁ、”転”の俺。頼みがあるんだ」

 意識が別の物に離れていた所為か、反応が一瞬遅れた。「え?」と、聞き返すも、気にしていないという風に、”絶”の黒蒼は続ける。
 「数日後に、”絶”の軍が攻め込んで来るんだろう? それは、陽動だ」
 ”絶”の黒蒼は語る。それは、単独の騎士であったからある程度の事情は知っていたからだ。
 「遅くて二日後、早くて今日だ」
 奴等は、”転”こちら側に攻め込んで来るはず。ゆったりとした口調の中には、警戒を怠るなと言っていた。
 「攻め込んで来た時、”絶”に行け。道は君の友人が作れるはずだ。……本当は、頼みたくない。だけど君にしか頼めないんだ。流星の石を、破壊して欲しい」
 その時、黒蒼は今更にして思い出す。
 (ああ、そうか。”絶”の、俺だった人はもう居ない)
 夢の中で見た、ポッドに入った巨石――流星の石メテオクリスタル
 その前に安置された二つの棺桶。
 青褪めた顔。苦しげではない、安らかな死に顔を思い出した。
 「ッう、……」
 それを、自分だと想像してしまった。胃の中にある物がせり上がって来る感覚。やばいと思った瞬間、再び視界が覆われた。
 「想像するな。君は死なない。死んではならない。大丈夫だ」
 その声は穏やかだ。不思議と、呼吸が楽になる。
 死して尚、”絶”の自分は残り続けているという。在るべき場所には行かず、見守っている。
 穏やかな雰囲気を纏う”絶”の黒蒼。
 ”絶”の黒蒼が自分に触れた時から、彼の記憶は”転”の黒蒼である自分の中に流れ込んでいた。

 『「意志ある流星の石。
   世界を血に染め上げた、災いの元」』

 言葉が重なり、”絶”の黒蒼がほんの少し動揺する。それから、申し訳なさそうに笑った。
 だから、俺はもう一人の自分に言った。
 「貴方だって、気にしなくて良い。貴方と同じ様に、俺は俺の世界を守るから」
 世界は異なるけれど、守りたいと思う感情は同じだ。
 夢の中と思いたかった。だけど、それはとっくの昔に崩れていた。
 夢とは思わない。思えない。

 「貴方と同じになれないけど、俺は俺で生きて行く」
 「ッ……――ごめんな、もう一人の俺」

 向き合って、言葉を交わす。
 いくつか年の違いがあるのだろう”絶”の黒蒼は”転”の黒蒼より、年上のようだった。それでも、二人の体勢は見事な鏡合わせだった。
 「クリスタルの破壊方法は――」
 耳元で”絶”の彼が方法を囁く。
 
 ぶつんッ、とテレビが唐突に消えるようにして、意識が闇に沈む。
 「最後に、力を――」
 彼が何かを言っているのが聞こえた。同時に、正面から抱き締められる。
 温かい。
 彼の温もりに、涙が流れた。

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