イスティア

屑籠

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第一章

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「おい、あんちゃん、ちょっと待ちな」

 外まで追って来るそいつに、はぁ、とため息を吐く。
 基本的に、冒険者同士のもめ事には不介入な冒険者ギルドだから、別に絡まれることは良いんだけどさ、今は時間がないわけね。
 オーガは、怠そうにため息を吐きながら振り返った。

「……だれ?」
「俺は、期待のDランクのオズワルドさまだ!テメェみたいなのが、Cランク何て嘘だろう?どんな不正したんだよ?」
「誰が期待してんだよ、アンタに。はぁ……不正何てするわけないだろう。バカかお前は」

 不正などしなくても、Dランクのクエストを受けていた時に、お願いされてCランクのランクアップクエストを受けたんだっての。
 そもそも、不正したらギルドカードが赤くなるからバレるだろうが。
 オーガのカードは、オールグリーン。
 不正のふの字もない。

「へっ、じゃあテメェを倒せば俺がCランクだなぁ」
「おいおい、バカじゃねーの?いや、本物のバカだろ?」

 それより、時間が無いんだが……。
 これから採取に行かなければならないし、こんなのを相手にしていたら日が暮れてしまう。
 怠い、正直な感想だった。

「ごちゃごちゃうるせーんだよ!このへなちょこが!」
「……この世界にもへなちょこなんて言葉が有ったんだな」

 殴り掛かってきたオズワルドの攻撃を、オーガはひょいっと避ける。単調なそれは、避けるのがとても簡単で、ひょい、ひょいっと避けながらオーガは街を守る門へと近づいて行く。
 段々と、オズワルドの顔に赤みが灯ってきて、息も上がっているが、オーガは全く疲れた様子を見せていない。
 近くで見ていた冒険者や、野次馬根性で追いかけて来た冒険者たちは、その様子を唖然と見ていた。
 人は見かけによらない、その最たる人物がオーガなのかもしれない、と。
 へなちょこ、その言葉が果たしてオズワルドとオーガ、どちらに当てはまるものなのか。

「んあ?オーガ?」
「おはようございます、ニールさん。ちょっと採取で森に行ってきます」

 ひょいっと拳を避けつつ、昨日の衛兵であるニールの姿が見え、オーガは軽く挨拶をして門を通り過ぎる。
 勿論、ちゃんとギルドカードを見せましたとも。
 あと、オズワルドは衛兵にそのまま捕まっていた。

【加速】

 門を出てすぐに、【加速】を自身にかけて、飛び去る。
 認識阻害も忘れずに。
 帰ってきた時が面倒だと思いつつ、今は採取と気持ちを入れ替える。
 フルフラの街から、北東に五キロぐらいの場所で群生しているらしい、アルマユリ。
 木々の隙間を抜けて、さっさとその目的地を目指す。
 途中、魔物にも出会ったが無視。
 漸く、目的の場所まで来ると、次第に加速を緩めだす。
 車は急に止まれません、と一緒の原理ね。
 急に止まろうとすると、内蔵飛び出るぐらい揺られるから。

「ここだな、アルマユリは……っと、あれか」

【飛翔】で飛び、空から探す。
 すぐにそれは見つかった。
 地上に降りて、さっさと採取を開始する。
 引っこ抜いたアルマユリはすぐにストレージの中へ。
 微量にアルマユリ独特の誘因する甘い香りが出るが、問題はない。
 それ程大量ではないために、寄って来るモンスターも少ない。
 少ないだけで寄ってこないわけじゃないけど、オーガの魔法が有ればそれほど苦ではないし。
 ちなみに、アルマユリは本当に時間に敏感で、一秒でも午前を過ぎれば、すぐに匂いすら変わってしまう。
 午後からの匂いは、苦い魔物除けの匂い。匂いもそして効能も変わる、不思議な薬草である。

(それにしても、誘引されたのがブラッディ・ベアーが最大って……あまりこの辺の魔物は強くないのか?)

 ブラッディ・ベアーも、基本的にはパーティークエストで、一体を二、三人で倒す、この世界ではBランクパーティークエストである。
 この時点で、ONIとこの世界の相互について若干のずれが生じているのだが……オーガはまだ気が付いていない。
 必要数と少し自分様に採取をして、午後からのアルマユリも採取をして、【飛翔】で飛び、【加速】で空を蹴った。
 空から、眺めつつ地形を理解する。
 すると分かるのは、南に広がる平原、西と東に広がる森、そして北にある山。
 地形的に、ダンジョンが出来てもおかしくなさそうな場所にある街である。
 南と東、西にはそれぞれ道が続いていて、他の街がある事もうかがえた。
 今のところ、これで十分だろう。
 ただ、この街の見覚えは全くないけどな。
 街のすぐ側に降り立ち、認識阻害を解いたオーガは、北門から顔を出す。

「早いな、もう終わったのか?」
「うん、まぁ。アルマユリの採取だったし」

 ニールがオーガの顔を見つけて、よう、と挨拶してきた。
 オーガも、何の気なしにそう告げると、ニールは驚いた顔になる。

「はぁ!?アルマユリの採取だって!?お前ひとりでか!?」

 うるさっ、と耳を塞ぐ仕草をするオーガ。
 と言うより、少し呆れた顔も含まれている。

「えっ、何をそんなに驚くことが有るんだよ?アルマユリだぞ?しかも、あの辺の魔物弱かったし……出てきてブラッディ・ベアーぐらいだったしな」
「ばっ、血濡れの熊が出て、弱いってなんだ!?あんなバケモノ相手にお前ひとりで平気だって言うのか!?」

 がっちりと肩を掴まれて揺さぶられた。
 俺、それほど変なこと言ったか?とオーガは内心首をかしげる。

「えぇー?あれまだ、竜種とかに比べたら、弱いじゃん」
「基準がおかしいからね!?竜種なんてめったに人里の近くに来ないし、最近の竜種は竜人がいるおかげか、結構友好的な奴らが多いよ!!」

 えっ、そうなの?とオーガは逆に驚く。
 竜人が居たとして、ONIの世界では竜種は好意的な種族ではなかったから。

「お前、どんな所に住んでたんだよ?」
「あー、はははっ」

 たっく、と呆れたように言うニール。
 オーガは、この世界によく似たところから、と言うわけにもいかず、苦笑いするばかりだ。

「ギルドに戻るんだろ?何はともあれ、急いでやれよ。それを待っているのは、何しろその竜人種なんだからな」
「……は?」

 竜人種がアルマユリを待っているとはどう言う事だろうか?
 アルマユリ程度、竜人種なら取って来ることくらい容易いだろう。
 ならば、用があるのはその薬の方か。
 アルマユリの代表的な薬は、誘因剤つまりはモンスターを引き寄せる材料となる。
 不特定多数を呼び寄せるものではなく、配合をしてどんなモンスターを呼び寄せるか決定して、と言うように使い道は様々だ。
 ONIの世界では、主に竜種を呼び寄せるためにアルマユリの誘因剤が使われていた。
 要は、ある種の召喚魔法みたいなものだな。
 誘因剤の半径、100kl圏内に対象が居なければ呼び寄せることも出来ないが。
 それとは別に、あまりこちらは知られては居ないが、バジリスクの石化魔法を解く材料としても用いられる。
 バジリスク並みに強力な魔法じゃないものは別の薬でも解けるが、強力な石化魔法の解呪にはアルマユリは欠かせない材料となる。
 ともすれば……。

「半年前くらいになるか、バジリスクが突如として現れたんだよ。そこで、ギルドの冒険者で討伐隊が組まれて、無事に討伐はできたが、Sランク冒険者だったアレンが他の冒険者を庇って左腕を石化させられてな。聖水が今もアレンの石化を食い止めてるけど、早ければ早いほど良いだろう?まぁ、この街の薬師たちが失敗し続けるせいでアルマユリが手に入っても、失敗し続けてるんだがな」

 はぁ、と呆れたようにため息を吐くニールにオーガも困惑気味だ。
 石化の解呪ポーションは、それなりにレベルの高い(錬金術師)でなければ作ることが出来ない。薬師、の資格だけでは調合は難しいだろう。
 解呪とは普通の薬ではなく、言うなれば魔法薬なのだから。

「その人たちは、普通の薬師なのか?」
「ん?あぁ、普通の何処にでもいる薬師だ」
「錬金術は使えないのか?」
「錬金術師なら他にいるぞ」

 オーガはこの街の情勢に、少しため息が吐きたくなった。
 まぁ、錬金術師は普通なら薬を作ることだけが仕事ではないし、魔道具を作ったりするのが錬金術師の仕事となっているし、薬を作るのは薬師の仕事がある。
 それは、そうだが錬金術の力無くしては作れない薬も多々あるのはたしか。
 だから、互いに学ぶべき所はあるのだが、この街ではそれがないのだろう。
 この街には薬師が複数人いるのだろうが、その誰もが薬師でしかないわけだ。そもそも、明確に錬金術師と薬師を別物にしてしまっている時点でありえない。

「……とりあえず、薬ができない理由をなんとなく理解した」
「は?」
「それじゃ」

 オーガは、ぽかん、と口を開けているニールを置いて冒険者ギルドへと足を向けた。
 後ろで、ニールがどういう事だと説明しろと叫んでいるのをまるっと無視して。
 そう言えば、今朝のオズワルドという男のことを忘れていた、と思ったが、まあいいかと思ってやっぱりスタスタと歩く。
 人に紛れたところで、認識阻害を掛け直す。
 冒険者ギルドへと入り、買取カウンターに着くまではそのままでいる。
 まだ、帰ってくるには早い時間なのか、リカルドの買取カウンターは空いていた。

「リカルド、納品に来た」

 ちーんっ、と言うベルを鳴らしながら、アルマユリとギルドカードをカウンターへと出した。

「ん?早かったな。アルマユリの採取五本、だな……確かに。ちょっと待ってろ」

 奥から別の仕事をしていたのだろうリカルドがやって来て、依頼書とアルマユリを確認する。
 それらを持って、奥へと戻っていく。
 オーガは前回と同じく、掲示板を見に行こうとして踏みとどまった。
 リカルドがすぐに戻って来たからだ。

「アンタも早いな」
「今回は、あれだけの査定だったからだろ?問題なしのアルマユリだ」

 ほら、と報酬の大銀貨1枚とギルドカードを受け取った。

「ん、どうも。そういえば、この辺に錬金術、もしくは調合室なんかの貸し出し室はあるか?」
「貸し出し室か?それなら、錬金ギルドか魔道ギルド、あとは薬師ギルドに有るだろうが……」

 微妙な顔をしてオーガを見るリカルドだが、オーガに関しては、ふーん?とリカルドの視線には興味なさげだ。

「そっか。ありがとう。とりあえず、その中で一番近いギルドってどこだ?」
「すぐ隣に薬師ギルドも魔道ギルドもあるぞ」

 呆れたように言われたが、そうだったのか。
 今回は、薬剤ギルドの方へと向かうことにしよう。
 リカルドが言うには、魔道ギルドは左隣で薬師ギルドは右隣だそうだ。
 ありがとう、と言って冒険者ギルドを後にする。
 この街って意外にでかいと感じながら左隣の魔道ギルドへと入った。
 一つ、オーガの知っている解呪のポーションの材料は手持ちにあるアルマユリとムムリエ草、もう一つが綿毛兎の干物である。
 綿毛兎とはその名の通り、ふわふわな綿毛に包まれている兎で、その綿も錬金の素材にはなるんだが、今回必要なのはその肉だ。
 見た目に反して小さいその肉は、毒があるため食べることはできない。
 が、その肉は薬の材料となる。毒も使い方によれば薬になると言うことだな。
 薬剤ギルドでも扱っているのかも知れないが、ここに来た方が確実だろう。
 なにせ、綿毛兎が冒険者ギルドから納品されるのはこの魔道ギルドだし
 そもそも魔道ギルドの方でも綿毛兎の捕獲は常時依頼として出されているし。
 魔道ギルドの受付にいたのは、冒険者ギルドとは打って変わって、何というか……すごく魔女っぽい格好の女性。
 気だるそうに作業をしている。

「ここが、魔道ギルドか?」
「そうよぉ~。ここが、魔道ギルドフルフラ支部。何かご入用?」

 にぃっこりと笑ってキセルを蒸すお姉さん。
 ここは魔女の館か、とツッコミを入れたくなった。

「あぁ、綿毛兎の干し肉を五つほど」
「綿毛兎、ね……ちょっと、待ってて」

 冒険者ギルドほど規模が大きくはないのだろう。
 この魔道ギルドの受付は彼女一人のようだ。
 後ろの戸棚の中から綿毛兎の干し肉を取り出した彼女は、これね?と差し出して来た。

「あぁ、それでいい」
「綿毛兎の肉は一匹分、大銅貨1枚よ。五匹分で、大銅貨5枚だけど……いいの?」
「何がだ?」
「あなたぐらいになると、自分で捕った方が安いのではなくて?」
「あぁ、面倒だからな」

 そう、面倒くさいのだ。
 今から綿毛兎の分布地を探して、仕留めて干し肉にするとなるとひと手間かかるし、そもそも自分の手で解体何ぞしたくもない。
 怖いだろう、どう考えても。
 オーガの仕事が、インドアなもので尚且つ、肉何ぞスーパーで売ってる切り売りされたそれしか知らないとなれば。
 豚も牛も鶏も、見た事は有るのに、それを解体したことなど一度もないのだから。
 まぁ、理科化学の時間のカエルの解剖なんかはやったことあるけど……あれとてグロかったし。
 それに、今現在の日本人の中で解体まで自分で出来る人がどれだけいると言うのだろう?少なくとも一般人の中に、魚をおろす事が出来る人がいても、肉を丸々一頭解体できる人なんか早々居ない。
 だからこそ、解体の魔法を使ってるのに。
 解体の魔法を使えばいいだろうと言うかもしれないが、解体の魔法は便利なようで不便。
 ドロップするアイテムは、まちまちだし、一から手で解体するのとでは手に入る素材が大きく違ってくる。
 それから、実入りの小さな種族、特に今回上げた綿毛兎の肉などは、薬素材なのにそれほどドロップしない。せいぜい、個体が少し周りより大きいのを仕留めて漸く一匹分手に入るかどうかだ。
 割に合わない。レア素材と言う訳でもないのに。綿毛素材の方がたくさん手に入る。そもそも、綿毛も綿毛兎に頼めば、もうダメって言うまでどっさりとくれるのに。
 まぁ、その代わり汚れないって言う利点もあるから、どっちもどっちなのだろう。
 オーガは、その干し肉を前に銀貨一枚を差し出した。

「面白い人ね。銀貨一枚だから、大銅貨五枚のお返しよ」
「あぁ、ありがとう」

 どうやら、この世界では銀貨十枚で大銀貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚となるようだ。
 そう考えると、銅貨は十枚で大銅貨一枚、という風になるのだろう。
 お釣りをもらうときに、少し嫌な予感がしてサッと手を引っ込めた。
 まだ、お釣りももらっていなかったのに。
 そうして引っ込めたオーガに、面白そうにくつくつと笑う受付。

「本当に、面白い人ね?気に入ってしまったわ」

 怪しげに笑う受付嬢に、オーガはなるべく関わり合いにならないと言う方向性を今決めた。
 経験上、こういった女性と関わるのは悪い事しか呼ばない。

「……できれば忘れてくれ」

 今度はちゃんとお釣りと商品を受け取ってから後ずさる。
 あまり来たくはないな、と思いながら魔道ギルドを出た。
 さて次は、と冒険者ギルドを挟んで向かい側に位置する薬師ギルドを訪ねる。
 白い扉を開けば、嫌に鳴る程真っ白い空間に若干引けてしまう。
 まぁ、薬を扱う場所なわけだし、仕方がないのかもしれない。
 このギルドも、冒険者ギルド程大きくは無いのか、受け付けは一つだ。

「すまない、ココが薬師ギルドで有ってるか?」
「えっと、はいっ!ここが薬師ギルドフルフラ支部です!」

 奥で皆がせかせかと動いているが、オーガが声をかけると、雑用係のような新人っぽい人がはいっ!と返事をして答えてくれる。新人かどうかは分からないが。
 あっちへバタバタ、こっちへバタバタと、色々な書類や薬草を持った人がごった返している。
 この光景は、冒険者ギルドにも魔道ギルドにも無かった。

「……何かあったのか?」
「あー、はははっ、えっと、この支部って万年人手不足でして」

 頬を掻きながら苦笑いする新人っぽい人。
 確かに、仕事量に対して対応している人は少ないが……。

「ここに居る人数で全員なのか?」
「はい。この人数でどこの薬師にどれだけの薬草を卸したり、配達したり、何処の薬師に依頼を出せばいいのか、色々と手配することは多くて……さっきもお隣さんからアルマユリが手に入ったって……って、こんなことお客様に愚痴っちゃだめですよね!」

 あははっ、と苦笑い再び。
 オーガもつられて苦笑いしてしまう。そのアルマユリを採ってきたのは自分だと。

「それで、如何なさいましたか?」
「あっ、あぁ……、調合室の貸し出しをしていると聞いて」
「薬師様でいらっしゃいましたか」
「いや、俺は錬金術師だ」

 は?と、新人さんの笑顔が固まる。変な事を言ったつもりは無い。

「とりあえず、部屋を借りたいんだが」
「えっと、その……調合室ですよね?」
「そう言っているだろう?」

 新人っぽい人が首を傾げるから、つられてオーガも首を傾げてしまった。

「えっと、何に使うのかさっぱり何ですけど……分かりました!貸出室の料金は、一時間大銅貨五枚です」
「じゃあ、一時間借りるわ」

 大銅貨五枚をカウンターに置くと、かしこまりました、とその新人っぽい人が書類に埋もれた中から辛うじて開いているスペースで魔道具を弄る。

「ギルドカードはお持ちでしたか?」
「あぁ……これでいいのか?」
「はい。……これは古いタイプのギルドカードですね!まぁ、問題ありませんけど」

 ちょいちょいっと操作すると、ギルドカードは戻ってきた。古いタイプ?とオーガは首をかしげる。
が、気にしても仕方ないだろう。問題ないって彼が言うのだから。
 それと同時に差し出されたのは、何の変哲もない、旅館の鍵のようなモノ。

「五十分経過した所で、一度お声がけさせていただきますね。延長も出来ますので、お気軽に」

 それではごゆっくり、と何だろうか?旅館の部屋と言うか、カラオケの部屋と言うか、まぁ、そんな感じの所に行く気分と似ている。
 とりあえず、鍵についていたタグでどの部屋か確かめて貸し出し部屋を開ける。
 それなりのスペースに、調合用の器具がたくさん並んでいる。
 オーガはそれらを部屋の片隅に追いやり、ふぅ、と息を吐くとやりますか、と呟いた。
 まずは携帯用の錬金窯と調合セットを取り出す。
 錬金窯には蒸留した水を入れて魔力を通しつつ、全ての素材を慎重にすり潰していく。

『匂い出は花の種
 産まれ出は毒の身に』

 粉にした素材を、蒸留した水と合わせながら錬金窯へと入れて行く。

『一つ二つと咲き出でて
 解くは唱えや祖が呪い』

 最初にアルマユリをすり潰したもの。
 次に、綿毛兎の干し肉。
 最後に、ムムリエ草をすり潰したモノを加えて。

『固まりし時を今戻し
 今を今たり整えん』

 魔法で一気に過熱をしてから、急速冷凍を施す。
 アルマユリの誘因成分を、綿毛兎の肉の毒の成分で変質させて、最後にムムリエ草の力でそれを回復へと導く。
 その変質させるときに、錬金術の力が必要になるのだけれど、分からなければ、一生この薬は出来ないだろう。
 解呪のポーション(石化)は、手に入った。
 ふう、と息を吐くのと同時に室内の取り付けられていた魔道具からけたたましい音が響いた。
 その魔道具へと恐るおそる近づくと、ピッと言う音と共に音声が聞こえ始めた。

「オーガさん、今でちょうど五十分ですが延長なさいますか?」

 聞こえて来たのは、あの新人っぽい人の声。

「いや、必要ない」

 後は全部ストレージの中へと戻すだけだから十分もかからず終わるだろう。
 そうですか、と少し残念そうな声。
 俺がここを占拠していたって、良い事……貸代、か。それか?

「では、部屋を出られましたら鍵をカウンターまで戻しに来てくださいね」

 ぷつ、と切れた通信に、どっと何か……これは疲れだろうか?……が襲って来た。
 とりあえず、片付けて帰ろうと全てストレージへと収納して元あった場所にモノを戻せば、出来上がり。
 はぁ、とため息を吐いて部屋を出た。
 やっぱりこのシステム自体が、何故か、日本のカラオケボックスを彷彿とさせる。
 カウンターに鍵を返しに行くと、相変わらずカウンターの奥は酷い惨状だったが、にっこりとした新人っぽい人に出迎えられた。

「すまない、助かった」
「いえいえ、お金さえ払っていただければ何方にもお貸ししてますし!」

 ……この新人っぽい人、結構案外、がめつい?
 いや、この人じゃなくてこの薬師ギルド制度か?
 まぁ、とりあえず金稼ぎは世の常だって事だな。
 分かる分かる。俺の金が失われたと知った時は絶望したしな。
 この顔で生まれついてからこの方、本当に信頼に足るのは金だけだと思い知ってる。
 金は大事。生活できなくなるからな、金が無いと!!
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