イスティア

屑籠

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第一章

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「とても一万二千年も昔に来たとは信じられないね」

 ムー大陸人の乗った車を見送りながら、ぼそりと呟いた。

「これからさ、現代とは違う文明だということを思い知るのは」

 アルハザードが意味深にクスリと笑った。

 しばらく二人で道路を歩いていると、空の飛行船の数が次第に増えてきた。空は雲一つない快晴だけにその景色は、異様というよりも遊園地のアトラクションのようで滑稽に見える。

 全ての飛行船の気体の色が違うのだが、一際大きい飛行船は光り輝く金色をしていた。

 先程の女性は飛行船を王族の乗り物と言っていたが、あの金色の飛行船はその中でも特に高貴な人、例えば王様の乗る船なのだろうか。

「うん、そうみたいだよ、この島を統治する王、ラ・ムーの所有する船だそうだ」

 邪神が遠くの空に浮かぶ十挺ほどの船を見ながら、ペロリと唇をなめた。

 その時、近くの茂みから何かが飛び出してきた。音も立てずに現れたのは、皮膚の色も短い髪も瞳も全て漆黒の闇のように黒く、体にピッタリとした鈍い色を放つ服も黒い、身長二メートルはあろうかと言う人間だった。服の上からでも筋肉が恐ろしく発達していることが分かり、右手には一メートルほどの長さの、おそらくは金属製であろう太い棒を握っている。

「こいつがさっきの女の言っていた黒色人のようだね」

 おそらくは 二人のことを睨んでいるのだろうが、白目のない黒い瞳はどこを見ているのかが分からない。

「こいつはかなり凶暴だ、話して分かるような相手ではない。逃げるか、闘うしかない」

 逃げるといっても、アルハザードは手ぶらだが、神谷はギターケースを背負っている。それに相手は神谷よりも二十センチ以上背の高い怪物だ。とても逃げ切れるとは思えない。

「それじゃ、闘うしかないね」

「その神様は何とかしてくれないのかい」

「何とかしてくれる訳ないだろう、肝心なことは自分でしろってことさ。ここは僕が何とかする。神谷は指に怪我でもしてギタラを弾けなくなったら困るからね」

 邪神がアルハザードの肩から飛び降りて神谷の足元に近づいて来た。どうやら、二人の戦いを見物するつもりらしい。

 アルハザードが巨人の前に何の構えもせずに無防備に立ちはだかった。黒色人が歯を剥いて笑ったように見えた。驚いたことに歯も真っ黒だった。

 アルハザードの顔が鼻と耳のない「切り落とし」のものになっている。おそらくは戦いに集中するために魔術を解いたのだろう。

 黒色人がアルハザードに向かって右手に持った棒を、恐ろしい早さで振り下ろす。アルハザードは棒が体に当たる寸前に一瞬体が消えたかのように見える早さでかわしていく。

 黒色人の一方的な攻撃が三分は続いただろうか、不意にアルハザードが左右の掌を合わせて前に突き出した。するとそれまで俊敏だった黒色人の動きがピタリと止まった。右手は金属の棒を突き出したままだ。

 アルハザードがゆっくりと黒色人に近寄り、ふわりと宙に舞った。アルハザードはあたかも体重な消え失せてしまったかのように黒色人の突き出したまま止まっている棒の上に乗り、その上を黒色人の手元に向かって歩いた。そして、頭部に手が届く距離で立ち止まり、右手の中指でその額を弾いた。

 黒色人は後ろにゆっくりと崩れ落ちた。

「まあ、こんなところかな」

 地面に降り立ち、振り返ったアルハザードはいつもの端正な顔立ちに戻っている。

「こいつが動きを止めたのは、君が何かしたからだろう」

「ああ、一瞬こいつの時間を止めた、それだけだよ」

「そんなことができるんだ、最後にこいつを倒した技は?」

「あれ、神谷はデコピンしらないの、日本の遊びであるんじゃないのかい」

「デコピンでこいつを倒したのかい」

「そうだよ、倒したっていっても気絶させただけだけどね。半日もすれば気がつくと思うよ」

 この男のデコピンにはどれだけの威力があるのだ。

「そうだね、本気でやれば頭蓋骨くらいは陥没させられるけど、そこまではしないよ。これでも無駄な殺生は嫌いなんだ」

 とても魔人の言葉とは思えない。

「こいつの精神に少しだけ触れた。こいつはかなり危険な人種のようだ。相手を傷つけることしか考えていない。いたぶって殺すことしかね」

 邪神がアルハザードの体を駆け上がって肩に飛び乗った。

「さて、行こうか」

 アルハザードが何事もなかったかのように歩き出し、神谷もその横に並んだ。

  
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