イスティア

屑籠

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第一章

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 その日は、朝からなんだか熱っぽかった。
 違和感を感じたオーガは風邪薬を作ろうと、地下の調合室へと入ったが。

「あ……?ねぇ……」

 くそ、と悪態をつきながら、地下から戻り、ひょこっと店の隣にある勝手口から出ていく二人組を見つける。
 今日の配達当番のズーズェとグランテだ。
 小さい体で、一生懸命荷車を引いている。まぁ、あれでも軽量化の魔法がかけられているのだが。
 そして、荷車には、防犯機能もそうだが、異空間収納の魔法もかけてある。ちょっとした便利なものだ。
 まぁ、生ものなどはしまえないので、荷車に積んで帰ってくることになるが。

「ズーズェ、グランテ」

 と名前を呼べば、まだ名前を呼ばれることに慣れていないのかびくっ、と体を震わせてからオドオドしながら近づいてきた。

「すまんが、ギルドに顔を出したとき、水根を十株ほど買ってきてくれ」

 二人は顔を見合わせると、こくり、と同じようにうなずいた。
 この二人、あまり会話をしているところを見たことはない。
 男女の双子であるからか、よくわからないが、顔はよく似ているし、お互いの考えていることがわかる。
 それは、一種のスキルとしてもステータスに表示されていた。
 オーガも使える、『念話』のスキルだ。この双子の場合、お互い限定だが。

「ギルドになければ、この紙を見せて依頼を出してきてくれ」

 大体、水根の相場は、一株大銅貨6枚ほど。
 十株なら、銀貨6枚。大銀貨が一枚あれば間に合うだろう。
 ギルドに依頼を出すにしても、だ。

「金が残ったら、好きなもん買ってこい」

 出来るな?とオーガが聞けば、二人はまた顔を見合わせ、それからオーガの方を向いてこくり、とうなずいて出ていく。
 その姿を見送ってから、息を吐く。その息が熱く、熱でも上がってきたか、と面倒くさそうに今日は休診、とだけ言って二階へと上がる。

「あ、オーガ」
「ゲート……部屋で休んでる。何かあったら呼んでくれ」

 何か言いたげなゲートの視線を振り切り、ゆったりとだが階段を上り、部屋にたどり着いた。
 何故かどっと疲れたようにオーガはベッドに倒れこむと、そのまま気を失ってしまった。
 次に目が覚めた時には、周りに心配そうな顔がたくさんあり、またその中に元の世界でよく見知った顔を見つけてしまえば、顔が変に歪んでしまうのも仕方がない。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:???

 ズーズェとグランテが帰ってきてから、ゲートはオーガを呼びに行く。
 他の、リカルドやアレンは、一階で店番の手伝いをしたり、剣術や体術の稽古をつけたりと忙しそうであるし、なにより危ないからと子供たちが三階へ入るのは禁止されていた。ご丁寧に結界まで貼って。
 ノックをして返事がなかったが、心配になりゲートはそっと扉を開ける。

「っ!オーガ!?」

 ベッドの上で真っ赤な顔と体をしながら、荒い息を吐きだしているオーガを目の前にして、ゲートは焦る。
 自分だけでは対処しかねると、ゲートはリカルドとアレンを呼びに駆けた。

「こいつは……魔力が暴走してやがる」
「なん、だって?」

 魔力が暴走している状態は、本人の生死にかかわる、この世界ではとても危険な状態だった。
 疲れと、この世界に来たことによるストレスが原因だろう。
 風邪かと思い、水根を買いに行かせたオーガだが、まったく別の病状だ。

「魔力がとりあえず、放出されず中で暴れまわってる。そいつをどうにかしないと」
「だが、どうする?俺もお前も、ゲートも、オーガの魔力を受ければ、ただじゃ済まないぞ?」

 魔力には相性がある。相性、そして己の器だ。
 リカルドもアレンもゲートも、オーガとは魔力の質も、その器も違う。
 普通、魔力の相性だけなら結構な数の人とエンカウントしてもいいはずなんだが、オーガは異世界人だ。
 この世界の人間とは根本的に違う。
 それが出来るとすれば、招かれたという勇者ぐらいだろう。それか、この世界のオーガ以外の例外に頼むしかない。
 解決策であるどちらの人間も、アレン達にはただでは会えない人々だし、そもそもアレンをもってしても、何日待たされるかわからない人選だった。
 オーガはそこまで持つだろうか?考えた時、答えは出なかった。

「困ります!!」

 下の階から、子供たちの困ったような声が聞こえてきて、何事かと三人は移動する。
 一階に降りてみれば、カウンターの内側に、客がいるではないか。
 一体どこから?と考えてみれば、一か所しかないのだが。
 だからと言って、一般人が忍び込めるほど地下通路は、甘くはないし、そもそも侵入経路も限られている。
 多分、怪しい人物ではないのだが。

「だーぁから、俺はラジュールとオーガの知り合いなんだって!」

 子供バーサス大人の攻防戦がそこにはあった。
 赤い髪を獅子のようにたたえる、大柄な男だ。
 野性味溢れたその男は、オーガ、ひいてはラジュールの知り合いだという。
 
「……もしや、城に現れたという勇者か?」

 ひょっとして、とアレンが問えば、彼は顔を大幅にしかめた。
 それこそ、嫌な物を見るかのように。

「勇者ってのはあんま、好きな名称じゃないけどな」
「なるほど。オーガの知り合いと言うわけだ」

 納得したようにアレンが頷く。リカルドもアレンも前に同じ世界から来たというのを聞いていたからだ。
 だが、困ったように顔をゆがめた。

「オーガは今、寝込んでいて会える状況にない」
「マジかよ?うぅわ、タイミング悪」

 盛大に顔を顰め、彼は少し背を丸めさせた。
 しょんぼりしている姿が、これほど似合わない人間が居るだろうか?目の前にいたわ。

「オーガ、おなじ?」

 ゲートが男の胸元から出てきたネックレスのチャームを見て、そう首を傾げた。
 それは、オーガの虫籠と似ている。少しデザインが違うのと、真ん中の魔石の色が違う。
 が、書き込まれている術式は同じに見える。

「ん?あぁ、これか。そりゃ、同じだろ。作ったの、アイツだからな」

 アレンが見ても、製作者オーガと載っていて、オーガの知り合いだというのは嘘ではないようだ。
 まぁ、そもそもオーガの名を知り、そして知り合いだと名乗るメリットはあまりないのだが。

「俺はアルト。オーガの客で親友だ」

 親友!?と声をそろえ驚く。
 いや、普通にオーガに友達がいるとは思っていなかったので。
 あの、オーガに、友人が居るなんて誰が思うだろうか?
 現実でもゲームでも引きこもってるような人間が。

「え、あいつそんな反応なわけ?わっかるー」

 大声でアルトは笑う。あいつ、一つも変わってねぇ!と。
 そう、昔から何も変わってない。

「んで、とりあえずオーガの見舞いさせてくれるか?」
「そうじゃな。我もオーガの顔を見に行くとするかの」

 えっ?と誰もが声のした方を振り返った。
 話し方の特徴的にあの方しかいないのだが……。

「ら、ラジュール?お前、何でこんなところに居るんだ?」
「それをお主が聴くのかの?勇者アルトよ」

 勇者アルト、とラジュールが呼ぶとアルトはもっのすっっっごく嫌そうな顔をした。
 先ほどの比ではないくらいに。

「それ止めろっての」
「それとはどれかの?そんなことより、オーガの元へ行くとするか」

 そういって、オーガの部屋へと歩き出してしまう。
 ラジュールはまるでオーガの居場所を知っているみたいに。
 いや、違う。
 知っているのだ。彼には見えているのだから。

「ふむ……想像以上に深刻な問題じゃな」

 オーガの部屋に着くなり、オーガを見てラジュールは顔を顰め言った。
 苦しむオーガのそばに腰を下ろし、じっと顔を見つめている。

「吸魔石があればな。いや、オーガは持ってたはずだ」

 アルトは言うが、その肝心のオーガの状態が悪くストレージを開けそうにない。
 オーガの物は、たいていそこに入っている。

「いや、吸魔石では吸いきれん。この魔力は、特殊じゃ」
「特殊?どういう事だ?」
「……オーガは、お主たち勇者として派遣された者たちとは全く違う。オーガはこの世界のモノだ」

 ラジュールの言葉に、戸惑いが走る。
 オーガだけが、違う。その意味、その理由。
 この世界のモノ。

「オーガはモノじゃないだろ」
「じゃが、人でもない。人として称するには少し、存在が特殊すぎる」
「オーガはいったい、何なんだ……?」
「……気が付かんか?我も、オーガも変わりはしない。オーガもまた、現人神よ」

 この世界の老いた者たちや、知識ある者たちは、オーガを愛し子とも呼ぶ。愛し子と現人神はイスティアでは同義だ。
 人であるが故、老いて死ぬ。
 しかし、神であるが故、只人とは違う存在。異質、それ以上に言葉はない。

「我らは世界の代弁者、しかしオーガはこの世界に落ちてきて日が浅い。オーガとこの世界が同調し始めた」
「それが、何だっていうんだ……?」

 リカルドとアレンは考え込み、そしてある答えを見出した。
 アルトは、首を傾げて尋ねるし、ゲートはよくわかっていないみたいだ。

「この世界と同調し始めて、オーガの魔力が高まって暴走しているのなら、それはつまり」
「スタンピードが近い。それも、この二、三日で起こりそうなほど」
「その通りじゃ……オーガを、王宮へ連れていく。アルトよ手伝っておくれ」

 そっと、オーガの体を抱き上げたラジュール。
 細身の体のどこからそんな力が出ているのか不思議に思うほど、重さを感じさせず。

「そなたはゲルナートか。ゲルナートは子供たちを店から出さぬように。この家に居る限りは安全だろう。オーガの術式が解かれることはない。リカルドとアレンは、冒険者ギルドにこのことを伝え、今後はギルドに従え」

 名乗っていないはずのゲートの名をラジュールは言い、険しい顔をしながら、出ていった。
 呆気に取られていたが、そんな場合ではない、とそれぞれ命じられたとおりに動き出す。

「なぁ、ラジュール。本当に、オーガは……」
「少し、我は嘘をついた。オーガはもっと、特別な存在じゃ。この世界にとっては、のぉ」

 ぴりり、と移動している最中でもラジュールの気は張り詰めたままだ。
 急がなければ、と顔にありありと書いてある。
 命のやり取りの刻限は、刻一刻と迫ってきていた。

「オーガは大丈夫なのか?死なないよな?」
「死ぬわけがない。オーガは、我の番ぞ?我が死なずして、死ぬわけがない」

 死ぬわけがないのだ、と泣きそうな顔をしてラジュールは言った。
 その足はだんだんと速くなっている。急がなければ、と。
 
「我は、守らねばならぬ。今度こそ、絶対に……」
「ラジュール?」
「……何でもない。はよう、王宮に戻る。お主は戻ったら、ギルドへ向かってくれ。もう一人の勇者も連れての」

 この国に派遣されたのは二人の勇者。
 アルトともう一人。
 早く、早くと気がせく。
 駆け足で地下道を進み、王宮の隠し部屋へと出た。
 ラジュールはそのまま、部屋の中から出て、通路を進む。

「で、殿下!!」

 探していたのだろう侍女がラジュールの姿を見つけ、駆け寄って来る。
 ラジュールはその侍女にちょうどいい、と言った。

「ちょうどいい。彼を寝かせる部屋を用意してくれ。なるべく神殿に近い部屋がいい」
「かしこまりました。殿下、それで……」
「我は執務室へ向かう。準備が出来たらゆうてくれ」

 はっ、と侍女は走らない程度に駆けていく。
 侍女からラジュールの帰還を聞かされ、城の面々は右往左往している。

 アルトはと言えば、大きな通路へ出たところでラジュールとは別れた。
 アルトともう一人の勇者、ヘミングスを迎えに行くために。

「あぁ、いやだ。あいつ、オーガとは違った意味で根暗だからなぁ……」

 アルトがそうぶつぶつ言いながら向かった部屋は少しじめじめとしている実験棟。
 そこで実験を繰り返し、薬物や毒物の研究を繰り返しているのが、ヘミングスだ。

「ヘミングス、ヘーミーンーグースー!!」

 暗く、薬品やら本やらが広がったジメジメっとしたその部屋。
 ノックもせずに開ければ、本の山が数個崩れた。まぁ、それはいい。いつもの事だ。
 ちっ、とくぐもった舌打ちが聞こえた。

「……なんだ。相変わらずうるさい野郎だな」

 ヘミングスの見た目は、悪の組織化何かで完全に参謀やら、ドクターなんだかとか呼ばれてそうな奴だ。
 人族のアルトとは違って、魔族と言うのもまた、雰囲気が出ている。
 別段、本人は気にしておらず、黒魔術や毒・爆薬の研究ができるなら何でもいいといった感じだ。
 勇者と言う肩書で降りてきたゆえに、アルトには複数の人間が群がっているのに対し、ヘミングスのそばにはあまり人はいない。
 ヘミングスが相手にしていないというのもあるし、性格が悪いのもある。比較的人柄のいいアルトに人気が集まるのは仕方のないことだろう。

「仕事だよ、神様に依頼された」

 あぁ、とヘミングスは頷いた。
 床に座って暗がりの中本を読んでいたヘミングスはその本を閉じ、起ちあがった。

「もう、そんな時期になるのか……少し早くはないか?
「時期がずれ込んだらしいな。だが、確実に来るぞ。オーガが倒れた」
「……オーガ、だと?あいつがこの世界に居るのか」

 ぎりっ、と歯をかみしめながら、眼力の強い三白眼でアルトを見るヘミングス。
 ヘミングスにとって、オーガはONI時代でもライバル的存在だった。オーガの方は気にしていなかったが。
 ヘミングスの方が武力ランキング的には優れていても、術式、薬学、すべてにおいてオーガの方が先に行っていたからだ。
 だからこそ、自分の方が優れているのだと証明したくて、今も研究を続けているのだが。
 アルトは気にした様子もなく、歩き始める。
 そんなアルトの後ろを、ヘミングスもついていく。

「あぁ、居るぜ。お前、ラジュールの話聞いてなかったのかよ?」
「……あの王太子が俺に話をするわけないだろう」

 ヘミングスは、それでなくても人とのつながりが薄い。
 積極的に噂を仕入れようともしない。なら、耳に入らないのも当然である。

「なんでも、辺境で会って、今は王都に店を構えているらしいぞ」
「ふぅん……」

 ちっ、と再びヘミングスの舌打ちが聞こえ、アルトは小さくため息を吐いた。
 二人で王城を出る際に、速度を優先してアルトは虫籠から契約獣を呼び出した。

「テナー、頼む」

 アルトが呼び出したのは、孤高なる炎馬。そう、あの炎馬だ。
 オーガと一緒にテイマーズギルドで手に入れた卵から孵った、契約獣。
 しかも、テナーは雌馬であり、女王様と呼ぶにふさわしい見目と性格をしている。
 ちなみに、テナーはレティと相性が悪い。性格が、壊滅的に合わないからだ。
 最も喧嘩になるのはお互いの美意識について。
 最も分かり合えるのはお互いの契約者について。
 ちょっと微妙な関係です。

「アルトの頼みなら仕方がないわねぇ」

 ふふんっ、と鼻を鳴らす赤い馬に悪いな、とアルトが軽々跨ると、ヘミングスに手を差し出した。

「ほら、行くぞっ」
「い、いや私はいい、あ、歩いて」
「そんな暇ねぇんだって!」

 ヘミングスはテナーから距離を取ろうとしたところで、アルトに手を掴まれ、テナーの上にひっぱりあげられてしまう。

「さぁ、超特急で飛ばしてやるわよ!」

 ひぃっ、とヘミングスの顔が歪んだ。
 空を走り出したテナーに、おろしてくれぇえええええええええええええええ!!!!!!!!と言う断末魔が広がったのは無理もない。
 ヘミングスは高いところも、そしてあまり早い乗り物も得意ではないのだから。
 ギルドに着くなり、ヘミングスはテナーから降りるとふらふらと座り込んでしまう。
 テナーを虫籠にしまい、アルトは仕方がないな、と言ったような顔をしてヘミングスを抱え上げた。

「おっ、おいっ!!」
「緊急事態だって言ってんだろ?ほら、さっさと行くぞ」
「わっ、私は後でいい!置いていけ!」
「はいはい、目の前なんだから暴れんなって」

 話をきけぇえええええええ!!!!とヘミングスが必死の抵抗を試みるが、武力ランキング一位と十位では、明確な差が出るみたい、とかいうよりも以前に後衛職と前衛職の体力、身体的違いは出るのだろう。
 アルトはヘミングスの抵抗を何かしたか?と言うように受け流していた。
 ギルドの中に入ると、すでにリカルドとアレンが報告を上げていたのだろう、中は騒然としていた。
 ひょいっ、ひょいっ、と人込みをかわして受付の所に。

「ねぇ、マスターいる?」
「ギルマスですか?ギルマスは今……って、勇者様!?今、取次してきますので!」

 ふと書類から顔を上げた受付の小柄な青年はハッとしてバタバタかけていった。
 五分もかからず戻って来ると、そのままギルマスの部屋に案内される。

「勇者どのたちは王太子殿下の要請を受けたのね?」

 中に入ると、ギルマスは、リカルドとアレンに接見していた。
 リカルドたちとは反対のソファーへヘミングスを下ろし、アルトは腰を下ろした。
 ヘミングスは、はぁ、とため息を吐く。

「ここ最近調査されていたみたいだが、近日中。少なくても、この二、三日には始まるとのご見解だ」
「そう……至急、ギルドのメンバーを集めているけど足りないわ」

 各国ギルドも、各国でのスタンピードに備えている。だから、どこの国からも兵力を借りることはできない。
 ギルドに所属しているとはいえ、彼らは戦う事はできるが、それも自由意志のもと。
 掃討作戦に参加したくないものだっている。それは強制できることではない。
 ランクの低い冒険者も参加させるわけにはいかないだろう。
 各国、スタンピードの度合いはそれぞれだが、開始時期は一緒だ。
 そして、シーファ王国が一番ひどいスタンピードとなるのはもう慣例となっている。
 吹き出すのは王都付近。
 地方に行けば行くほど、魔物は少なくなる。
 王族の守りもあるが、王都に張り巡らせるそれで精いっぱいだ。
 兵士たちも皆、総出でスタンピードに対処するがどれだけ役に立つかはわからない。
 
「王太子殿下は、守りに入られたのかしら?」
「いや、まだだ。だが、オーガを安全な場所に確保出来次第、そうなるだろうな」

 死なせない、ありありとラジュールの顔には書いてあった。
 だから、大丈夫。

「彼らが倒れなければ大丈夫だろう。それよりも……」

 そうして話し合われるのは、スタンピードの掃討作戦について。
 毎回、城の騎士兵士たちは王城側である北半分を守り、ギルドはその半分の南を守る。
 そういう取り決めが事前にされていた。
 どうやって南側を守るか、それがギルドに課せられた使命。
 被害を最小限に抑えるための、その話し合い。
 もっと本格的な話し合いは、まだまだ人がそろっていないためできない。勇者である二人は、ギルド側と兵士側に分かれて戦うことになるだろう。
 まだ、王都に向かっている冒険者も多数いる。
 商人などは、必要な資源だけ持って逃げ出すものも多い。
 何百年かに一度のスタンピード。一番ひどかったのは、近く、約50年ほど前になる。
 その時に起こったスタンピードは被害が大きく、失われた命も多かった。
 やっと回復してきたか、と言う所でまたスタンピードである。これには、人類も疲弊するしかない。

「まったく、厄介なことになったものだ」

 前回の事があったから、勇者が派遣されたというのに。
 被害が、想定もできない。
 
「……この分では、アルトが南側に、私が北側に配置された方がよさそうだな」

 ふむ、と集まる予定の冒険者たちの名前と職業を見て、ふむ、とヘミングスが言う。
 冒険者と城の兵士たちを見比べ、後衛職の少ない北側に自分が配置されることでバランスを取ろうとしている。
 ヘミングスの言葉に、否はない。
 アルトもそれでいいと頷く。
 回復や治療などの施設は北側にも南側にも平等に用意され、神殿の神官や、薬師、医師などが総出で当たる。

「回復薬については、定期的に売りに来てもらっていたからね。間に合いそうだ」
「オーガの薬か」

 それなら安心だ、と笑う面々に、ヘミングスだけが顔を顰める。それはもう、口元をへの字に曲げ、全力で嫌そうだ。そんな顔にアルトが気づき、笑う。
 プライドが高いと言えばそうだが、決してヘミングスは悪い人間ではないことを、アルトは知っていた。
 誤解を受けやすいのだということも。
 知っているから、根暗だなんだと言いつつも、ヘミングスを遠ざけることもしない。
 
「アイツと比べるなよ、お前は薬作るのには向いてないんだから。魔力的に」

 なんだかんだ言って、回復薬と相性がいい魔力と言うのがある。
 基本、練習すれば初級の魔法、第一から第三辺りはすべて覚えられる。しかし、それ以上となれば魔力の質による。
 オーガはなんだかんだ言ったところで、光の属性が強く、闇が弱い。だからこそ、回復薬などの調合に適した魔力と言える。
 それとは逆に、ザ・悪役!なヘミングスの魔力は闇の属性が強く、回復薬と相性は最悪だ。寧ろ、ヘミングスが研究している毒などの方が余程相性がいい。

「比べてなんかいない。私は、別にそんなことに括っているのではない」
「じゃあその顔、何とかしろよ」

 笑いながらアルトがヘミングスの両頬を抓って引っ張った。
 やめろ、とヘミングスが言うがその言葉がくぐもっていて、更にアルトは笑う。

「勇者たちがこんなに仲がいいとは思ってなかったわ」
「誰が誰と仲がいいだと?」

 どこみて言ってんだ、とヘミングスがアルトに開放された顔で、超絶嫌そうな顔をする。
 それをみていたギルマスは、呆れた顔をしていた。
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