イスティア

屑籠

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第一章

10

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「くっさ!!何だこれくっさ!!」

 もうひと眠りしていたオーガは、鼻をつく悪臭に飛び起きた。
 リカルドが何かしているのか?と思い、部屋を出てリカルドの部屋へと向かう。
 その時点でリビングを経由しているのだが、部屋から漏れ出る臭いってどんだけだよ?と思いつつ。

「俺じゃないぞ?」

 何もしていない、と言うリカルド。そもそも、オーガの言う悪臭っていうのがわからないみたいだ。
 本当にその部屋は何もなく、リカルドは自分の獲物を手入れしていただけだった。
 じゃあ外?とオーガはそのまま、リビングスペースへと行き、外へとつながっている小窓を開ける。

「アレン、この悪臭ってなんだ?」
「悪臭?臭い、するか?」
「……鼻詰まってんのか?こんな悪臭で」
「あらぁ、オーガちゃん起きたのねぇ。おはよう」

 ルンルンっ♪と言う感じで走っているレティが振り返り言う。

「これ、魔力臭ねぇ。こんなくっさい魔力なんて……どこのといつかしら?」

 どうやらレティは、風魔法で自分の周りの空気を浄化しているらしい。

「匂いに気が付いたんなら言えよ……って、魔力臭?」

 そんなもん、記憶にないぞ?とオーガは頭をひねる。
 まぁ、VRMMOと言っても視界だけで、臭いや味は感じることができなかったわけだ。
 アバターが感じていてもオーガの中身、大島和人としては感じていないということ。

「魔力にも匂いがあるのよー?まぁ、魔獣や神獣にしかわからないみたいだけど」
「なんでそれをオーガが分かるんだ?」

 それな!とオーガは心の中で同意する。どうして、それも俺だけわかる?と。

「さぁ?でも、その感覚が動物に近いものってことは確かねぇ」
「犬並みって言いてぇのかてめぇ上等だ、表出ろ」
「いやん、野蛮ねぇ。そ・れ・に、オーガちゃん表出て私についてこられるのかしらぁ?」

 本来の姿であっても、レティがにやにやしているのはわかる。

「クソ犬風情が、ぶっ殺す」
「相変わらず、寝起き最悪ねー?」

 ゲラゲラと笑っているレティに、イラっとするオーガ。
 そう、レティの言う通り無理やり、起きなきゃと思って起きたわけではないオーガの寝起きは最悪である。
 それを知っているのは、まぁ、VRMMOに寝起きに無理やり入ってきたオーガをたまたまレティが知っていたからだ。
 仕事以外で起きるのは、ONIをやっていた時だけ。

「オーガ?」
「あん?……あー……レティ、臭いの原因は?」

 オーガ?と戸惑ったようなアレンの声に、はぁ、とため息を吐いたオーガはレティに尋ねる。
 レティは、うーんと考えた後あっちっと顔を向ける。

「何が居るのかは知らないけど、あっちに何かいるのは確かねぇ」
「……王都まで別に急がなくても良いよな?」
「あぁ、俺たちは良いが……オーガ、お前大丈夫なのか?」

 今も思いっきり顔を顰めているオーガに、アレンは心配そうに言う。
 アレンを少しにらむように見るオーガは大丈夫だと言ってレティにその場所へ向かうように言って小窓を閉めた。

「オーガちゃん、しばらく不機嫌ねぇあれは」
「……暴れだしたりしないだろうな?」
「大丈夫、そこまで理性を失ったりしないわよぉ」

 たぶん、と小さくレティが言えばアレンはさっと顔を青くした。
 Sランク冒険者だが、本能的に危険だと思っているのだろう。

 リビングの床に直に腰を下ろしたオーガは、はぁ、と考える。

「どうしたんだ?オーガ?」
「いや……魔力臭と言う臭いがするらしい。その匂いの特定に行くから、少し寄り道する」
「あぁ、それはいいが……辛そうだぞ」
「風魔法はあまり得意じゃないんだ。それに、この馬車の中だしな」

 くっそ、とオーガは舌打ちをする。
 そんなオーガにリカルドは苦笑した。

「それで?どうするんだ?」
「とりあえず、マスクでも作ろうかと思って」

 ぽんっ、と魔物の毛皮を一枚手ごろなものを出し、手に乗せる。
 オーガ?と首をかしげるリカルドだが、オーガの行動を見守っていた。

『真の形を偽りの正しさへ
 望め望め来る形

 奇怪に見えて正常で
 見えぬ物を遮断する』

 ふわり、と片手に乗せていた魔物の毛皮はバチバチと馬車の時のようにオーガの手のひらで光りながら形を変えていく。
 光が静まって出来上がっていたのは、現代風のマスクが三枚。
 錬金術で形を変えるときに一緒に魔術も組み込み、魔力臭を遮断するようにできてる。

「……それ、街中ではするなよ」

 目元を隠すマスクと、普通のマスクを組み合わせてつけているオーガは現在不審者まっしぐらだ。

「分かってる。自分がどれだけ怪しいかなんて」

 そのマスクで臭いが遮断出来て、少し機嫌は回復したようだ。
 はぁ、とため息を吐いたオーガは、そのまま服屋のマスターが用意してくれた布を取りだす。

「カーテンでも作るか」

 どれがいい?と柄布を見せれば、リカルドはその中から茶色一色で染められた布を選ぶ。

「……リカルドらしいな?アレンはどれがいいと思う?」
「あー……これでいいんじゃないか?」

 アレンの部屋のカーテンは、リカルドの選んだ黄色時に緑で木の葉模様の入ったものにする。
 それに、通常のブルースライムから取れた粘液を塗り込み、防水にしてからチクチクと縫いだす。

「へぇ……器用なもんだな?」
「裁縫のスキルは5まで上がってたからな。それなりだ」

 10まで行くと一瞬で終わりそうだな、と思いつつ。
 あぁ、ミシンでも作ればいいのか?と少し考えながら作業を進めていく。
 ただ、ミシンの構造が分からないから単純に試行錯誤を繰り返しながらじゃないと作れないが。
 単一に縫うだけのミシンなら、わりと早い段階でできそうな気もするが。

「よし出来た」

 端を縫い、ひっかける部分を作ると出来上がり。
 布を重ねた部分は縫いにくかったが、針も特殊なもので作られておりするすると縫えたそれは綺麗に仕上がっている。

「リカルド、これつけてきてくれ」
「あぁ、そうしてこよう」

 そっとオーガから出来上がったばかりのカーテンを受け取ると、リカルドは自分の部屋へと戻っていった。
 さて、とオーガは再び今度はアレンの部屋のカーテンを作成しだす。
 それもサクッと出来上がってしまうのだが。いい暇つぶしにはなるだろう。

「そういえば、リカルドの職は盗賊なのか?」
「ん?あぁ、罠を仕掛けたり、解除したりするのは得意だな。そのための鑑定能力だった」
「だった?何で冒険者をやめて、ギルドで働いていたんだ?」
「……昔、あるダンジョンへ潜った時なんだが」

 そう、話し始めるリカルドの顔は苦渋に満ちていた。

「……そのダンジョンは、Dランク向けの言わば優しいダンジョンだった。俺たちも何度も潜ったことがあった。そこに、ダンジョンに通常現れるハズのない、ガーゴイルが出たんだ」
「ガーゴイル?ダンジョンに?」

 ガーゴイルと言えば、石造の悪魔、魔王城の門番である。
 この世界ではどこに出るかは知らないが、少なくともONIと似た世界であるのであれば、ダンジョンに出ることはまずないだろう。
 そのガーゴイルが何故、ダンジョンなどに出るというのか。

「ガーゴイルの討伐は、Aランク。それも、はぐれと呼ばれる存在だけだ。だが、そのガーゴイルは明確な意思を持って俺たちに攻撃してきたんだ」
「ガーゴイルって、魔王城に侵入する者を排除する以外には動かないはず……この世界に魔王城があるかどうかは知らんが」
「魔王城?と言うのが何かはしらねぇが、魔王が住んでる城を指すならルルティス魔国の王城がそうだな。ガーゴイルが居るとは聞いたことないが。まぁ、普段はニブルヘイムから出てくるような存在じゃない。ニブルヘイムに侵入する者を排除する役割を持っているんだ」
「……つまりは、ニブルヘイムがONIでの魔王城とイコールになるわけか。それで?」
「何とか命からがら逃げかえってきた俺たちだが、三人パーティーの剣士と魔法使いが負傷がひどく、冒険を続けられなくなったんだ。俺も、肩をやられて今も軋む」

 リカルドが上の服を脱ぎ、肩から背中に走る大きな傷をオーガに見せる。
 オーガはそれを見て、眉間にしわを寄せた。

「だから、故郷であるフルフラで冒険者ギルドに所属してたんだ」
「成程……んー、その傷少し見せてもらってもいいか?」
「ん?あぁ、それは構わないが?」

 服を着なおそうとしていたリカルドは、肩を再び露出させる。
 その傷に近寄って、オーガはそれを観察した。

「……触っても?」
「あぁ、こんな汚い傷が気になるのか?」
「リカルドが動けないのは困る」

 むっす、と眉間にしわを寄せたオーガ。
 仮面とマスクでそれは見えないだろうが雰囲気は、本当に困っている、と言うよりはどこか気に入らない、と言った感じを受ける。
 そっと、傷跡に手を這わし、何かを探るように見ていた。

「一応聞こう、何故だ?」
「……一度はダンジョンに潜らなきゃいけないんだろ?」
「あぁ、資金を作るためにな」
「ならダンジョン内の罠を解決できる人材が必要だろ?万全の態勢で臨まなければ何があるかわからん」

 這わせていた手を引き、ふむ、とオーガは考える。
(肉腫を取り除いてから、【完全回復】でもかけるか?いや、でもこれならポーションにした方がいいのかもしれない……でもなあ……)

「オーガ?」
「あー……うーん……リカルド、お前痛みがあっても完全に治る方法と多少時間がかかるが痛みのない方法、どっちがいい?」
「は?」
「前者なら、その引き攣れた皮膚を切り取って俺が魔法で回復する。後者なら危ない薬は使わないが、俺の少し実験に付き合ってもらう」

 どっちがいい?と尋ねるオーガの顔はにやりと歪んでいたことだろう。
 リカルドにその顔は見えていない事は、救いだったかもしれない。

「その実験ってなんだ?」
「俺の作った薬の効果を確認したい。それだけだ」
「安全面は?」
「問題ない。毒になる薬は作ってないからな」

 そうか、と答えリカルドは少し考える。
 しばらくして、答えが出たようだ。

「薬の方で頼む。街の外で血を流すのはなるべく避けたい」
「わかった。ちょっと待っててくれ」

 オーガは、自身のストレージから、薬品の欄でゲームではNPCにしか需要がないだろうなぁ、と思っていた薬を取り出す。

「……一応、鑑定してもいいか?」
「ん?あぁ、怪しい薬じゃないしな。いいぞ」

 ほれ、とリカルドに手渡される薬。
 それをリカルドは、スキルを使い、鑑定する。

 ★★★★★★★
 〈欠損回復薬〉
 ランク:B
 体の欠損を再生
 する薬。欠損か
 ら時間を置けば
 置くほど効きに
 くくなる
 驚くほど不味い
 ★★★★★★★

「んなっ!?欠損回復薬!?」
「っ!?な、なんだよ?そんなに驚く薬なのか?」

 Bランクだし、素材は高価だがあまりプレイヤー間では重宝しない薬として有名だ。
 なにせ、プレイヤーは欠損しても死に戻りをして、回復してしまう。
 この薬を使うのは、勝った時ぐらいだ。
 敵に勝ち、報酬をえてから使う場合が多い。大抵、欠損したプレイヤーは死に戻りしているが。
 その方がお金もかからなくて経済的。ただし、バッドステータスはつくけれど。
 そのため、NPCというか生身の人間ではどれぐらいの回復が見込めるのか知りたくてオーガはリカルドで実験することにしたのだ。
 もちろん、薬を選ばなければ多少痛い思いをしてもリカルドを魔法で直したが。
 それに、時間のたった傷だ。どれだけの効果が見込めるのかも知っておきたいところ。

「この薬がどれだけ希少価値の高い物か分かってるのか!?」
「えっ?高いって事は知ってるけど、俺の作ったものに文句言われる筋合いはないな」

 さっさと飲め、とリカルドを急かす。
 リカルドは、ため息を吐きながらそれを一気に煽った。

「うぐっ、げっほごっほ……っ!!?」
「あぁ、それってクソ不味いよなぁ」

 忘れていた、と言わんばかりに遠い目になるオーガ。
 粉っぽさの中に苦みと辛さが押し寄せてくるような、不味いというよりは飲みにくいそんな代物。
 自分であれば、飲みたくはない。

「おまっ、これっ」
「あぁ、うん。飲みやすく改良するわ。今は無理だけど」

 ははは、と笑うオーガの目には光がない。
 リカルドは、はぁ、とため息を吐いた。
 ONI時代には気にしたこともなかったから、と言うよりONI時代には味など鑑定してわかってはいるものの、感じることはなかったから。

「ほら、ちょっと傷見せてくれ」

 リカルドのむき出しになっている肩をオーガは見る。
 少し、肉が盛り上がってきていた。
 ふむ、と脳内にメモし、Bランクだとこのくらいか、と納得する。
 ちなみに、この薬を再使用するには一日置かなければいけない。所謂、リキャスト期間と言うもの。
 それを守らずに使用すると、薬の効き目は半減するし、何よりも薬物酔いをする。一日、酷ければ三日くらい使い物にはならなくなる。
 それは避けねばならない。

「何だ、これ……っ」

 魔力臭のする場所についたのか、アレンが馬車の中に入ってくる。
 内装を見て、驚いているようだ。
 それよりも、何よりもリカルドの格好にも驚いているみたいだが。

「なん、オーガお前でもリカルドは渡さないぞ」

 ギラギラとした目でアレンは告げる。
 上半身をさらけ出しているリカルドを見て誤解?いや、興奮しているらしい。
 はぁ、悲しきかな変態。

「何の話をしている、何の!」

 はぁ!?とオーガが声を荒上げている間にリカルドは服を着こんでいた。
 少しは調子がよさそうで安心する。

「で?」
「あぁ、レティが言う魔力臭の原因のすぐ近くまで着いたぞ」

 そうか、と言いオーガは立ち上がる。
 ここから先は歩かなければならないだろう。

「レティ、この臭いの正体は?」

 外に出て、すぐにオーガはレティに確かめる。
 レティはフィンリルの姿のまま、にやりと笑った。

「そうねぇ、この臭いからすると、アレね。この先でダンジョンが出来かけてるわ」

 それほど、濃い魔力も感じているという事。
 何があれば、それほど濃い魔力を集められるというのか。

「魔力だまり、と言うことか?」
「そういう事。珍しいわよね、こんな所にできるなんて」
「……王都とフルフラを結ぶ森の中か。ある意味、ありえないな」

 往来がないわけではないこの森。盗賊なども住んでいるだろう。
 人がいるところに、通常であればダンジョンは出来ない。ダンジョンが出来た側に人が移り住むのが普通だ。
 その法則を無視して、この森にダンジョンが出来ようとしている。

「……この森で何かを殺した?」
「そう考えるのが妥当ねぇ。大型の竜、もしくは神獣の類ね」

 レティの言葉に、はぁ、とオーガはため息を吐く。
 大方、殺し素材だけはぎ取って死体を放置した愚か者が居るのだろう。
 この世界の、異空間収納と言う魔法を使える人間は少ないらしいから仕方のないことかもしれないけれども。
 だが、魔物の死体だってきちんとした処理の方法はある。
 実力と、知識が伴っていない。そんな者、今は良くても後々面倒な者になる。
 ギルドの対応を見るとして、どうするべきか。
 オーガはとりあえず、臭いの濃い方向へと歩き出した。

「行くのか、オーガ」
「あぁ。あんたらは、どうする?」
「付いていくに決まっているだろう。お前ひとりじゃ心配だしな」

 リカルドは少し考えた後、俺も行こうと頷き装備を整えた。

「それじゃ、行きましょーか」

 いつの間にか人型になっていたレティは、オーガに腕を絡め、ガイドのように片腕を上げて楽しそうにしている。
 そんなレティに比べて、あぁ、とぐったりした様子のオーガ。
 それでも、何も言わず歩き出したオーガにアレンは不思議そうに首をひねる。

「レティは、オーガに使役されているのは嫌ではないのか?」

 基本、召喚獣、契約獣、使役獣など呼ばれ方が様々あるテイムモンスターだが、屈服させられて仲間になるか魔法で縛られているタイプが多い。
 それ以外の方法で、テイムしているのは、とても珍しい。
 それも、レティは神獣であるフィンリル種。並みのテイマーが望み叶う相手ではない。
 そのレティがオーガに懐いていることが不思議で仕方がないみたいだ。

「あら?自分を一生懸命育ててくれた方を嫌うと思って?」

 とても不思議そうに首をかしげるレティに、育ててくれた?とアレンもリカルドも同じように首を傾げた。

「育ててくれた?」
「そうよぉ~、私拾われっこだもの」

 レティが歩きながら、話す。
 その目は遠くを見つめて懐かしそうな顔をしていた。

「私の本当の親は、真っ白な純潔のフィンリルだったわ」

 そっと目を伏せ、ぎゅうっ、とオーガにしがみつく腕に力を籠めるレティ。
 イテェー!とオーガがレティをにらみ、レティはあ~らごめんなさい?と力を緩めた。

「ほんっとうに、オーガちゃんは軟弱ものねぇ?」
「喧嘩売ってんのか。フィンリルのお前に力で敵ったら人間やめるわ」
「あら素敵」
「物の例えだ、バーカ」

 ほら行くぞ、とオーガがレティを引っ張りちらりとアレンとリカルドを見た。

「レティは、小さいときに俺が拾った。以上」
「もうっ!簡潔に言えばそうだけど」
「それ以外の何物でもないだろ?」
「もっと、情緒っていうものを、って聞いてるの?」
「聞いてない」
「オーガちゃん!!」
「うるさい」

 うんざりとした雰囲気を垂れ流しながら、オーガは言う。
 そんなオーガを、さらにレティが詰める。もうっ!と怒ってはいるものの、その実嬉しそうに尻尾が揺れているからイマイチ信憑性に欠ける。
 分かっているのか、はいはい、と自分より高い位置にある頭をオーガは面倒くさそうに二、三度なでた。

「優しいな、オーガは」
「は?今の会話のどこでそんな風に思うんだよ」
「俺もそう思うぞ、オーガ。レティの事、大切にしているんだな」

 ほとんど顔の見えないオーガだが、眉間にしわを寄せ、不満そうな顔をしているのは雰囲気で分かる。

「そうよぉ、オーガちゃんは優しいの。ぶっきらぼうに見せてはいるけどね」
「レティ……」
「あら、本当の事よ」
「本当に、仲もいい。よかったな」

 ははっ、とリカルドが笑う。珍しいと思う。
 所で、とレティが警戒したように前を見つめた。

「この先、うーん10メートルぐらい先かしら?臭いの大元は」

 木々で隠れて見えにくいが、もうすぐそこだということは分かった。
 レティが警戒しているということは、何かが居る可能性が高い。
 オーガも、慎重になりながらそっと進む。

「……臭いが、濃くなってきてるな」

 くそっ、と悪態をつきながらそれでも進むオーガにリカルドたちも苦笑いだ。
 けれど、そこまで近づくとリカルドたちにも腐敗臭が分かったようで少し顔を顰めている。
 木々をかき分けて、その場所へ着くとオーガは思いっきり顔を顰めた。
 それは、リカルドやアレン、レティも同じようだ。

「……ベヒモス」

 そこで腐敗していたのは、ベヒモスの死体。
 それも、大量の血を流して。
 地面には、血のシミが取れず浄化できず、変色している場所が広がっていた。

「神獣級が、ここまでやられているというのも……それより」
「聖水がないと、不味いぞこれ……聖水では足りない?」

 恨みがひどく強い。ベヒモスの怨念を、感じてしまう。
 なまじ、力が強いがゆえに他の魔物たちも死体を食べようとはせず、放置されたこともまたその原因となっているらしい。
 やはり、きちんとした処理は必要不可欠だ。
 この個体は、意思を持つもの、レティと似た者だったのだろう。
 そっとレティの腕を外して、マスクを外すとオーガはベヒモスの死体へと近づいた。
 触れるのもためらうような、その死体へとオーガはためらいなく手を付け額を付ける。

『 主よ、我が祈りを聞き届け給え
 我が名、我が命をとして殲滅せしめんとす
     主よ、大いなる御名において、我に力を与え給え

 主よ、愚かな私をお救いください
 私の声に耳を傾け、民の嘆きをお救いください
 あぁ、何と美しい世界だろう
 この世界に祝福を、世界の嘆きに救いを
 主よ、その内なる御心に我が祈りを留め置き下さい

 主は、愚かな私の全てを許された
 その後、世界に祝福が訪れ、民は喜びに満ちるだろう
 あぁ、美しき世界に生けるものたち
 主に祈りを捧げ、我らは許しを乞うだろう
 主よ、その身の内の嘆きを私にお教えください』

「讃美歌?」

 ぽつり、と漏れた声は、リカルドの物かアレンの物か。
 レティはうっとりとしてオーガの声に耳を傾けていた。
 オーガが謳い終わると同時に、ベヒモスの体は、まばゆい光に包まれ目を開ければ神々しいほどの光を放っていた。

『感謝するぞ、世界の愛し子』
「あんたの臭いが耐えきれなかっただけだ。それで?」
『あぁ、我も漸く逝ける。まったく、酷い目にあったものだ』
「何があったんだ……いや、いい。言うな。俺を巻き込むな」

 マスクを外した口元は、への字に曲がっていて、本当に面倒ごとは嫌だと言わんばかりだった。
 その様子に、わっはっは、とベヒモスは笑う。

『だからこその、愛し子よの』
「何だその、愛し子って」
『イスティア、この世界が愛した魂の子。それ以上でも以下でもない』
「……なんか納得できないんだが」
『そう言うモノよ、愛し子とはな。さて、我もそろそろ逝くとしよう。愛し子よ、来世でも其方に巡り合いたく思うぞ』

 土産だ、にやりと笑ったベヒモスは光り輝きながら消えた。
 ベヒモスの死体が残っていた場所には、光り輝く輝石が一つ。

「……ダンジョンコア?」
「……だな」

 手に取って確認すると、それは確かにダンジョンコアだったらしい。
 あのまま放置されていれば、この森は強制的にダンジョンと化していただろう。
 恐ろしいことだ。
 オーガの手にある輝石をのぞき込み、アレンとリカルドは確かに、と頷く。

「これが有ればダンジョンに潜ったって証明にならないか?」
「なるとは思うが……」

 ちらっとアレンを見るリカルドは、少し困惑したような顔をしている。

「何だよ?」
「……そのクラスのダンジョンコアは、あまり出ない」
「つまり?」
「どこのダンジョンを攻略したのか問題になるし、ある意味騒ぎになるぞ」

 アレンとリカルドが苦い顔をした意味がようやく分かった。

「……使えねぇって事じゃねぇか!!」

 何が土産だ!!と舌打ちをするオーガに、アレンとリカルドは、まぁ仕方がないだろうと笑う。

「まぁ、ダンジョンコアだからな。売れば、白金貨数枚と言うところだろう。売るか?」
「……面倒くせぇから、眠らせとく」

 オーガはダンジョンコアを、ストレージの中に放り込む。
 何に使えというのだ、とあのベヒモスを恨みそうになったが、何はともあれ臭いの原因は消えたのだ。
 とりあえずの平穏は戻ったと、オーガはため息を吐いた。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:ラジュール

 フルフラの街へと向かう途中、面白い者に出会った。
 名を、オーガと言う。
 魔法も剣も申し分ない腕前であり、ワイバーンを諸共していなかったのは称賛に値する。
 Sランク冒険者とてそこまでの輩が居るかどうか。
 まぁ、ワイバーンは勝てないことはない竜種だがの。
 街へ帰るなら、と嫌がっていたオーガを馬車へと乗せた。
 少し素を見せれば、砕けてくれるかとも思ったが、余計に硬くなってしまった。失敗したのぅ。

「しかし……、この時期に領地を回るとは、お主の仕業かのぅ?」

 オーガたちが帰った後のフルフラの領主館での客室。
 何もない空間へと問いかけ、返事の返ってこないことにふっ、と笑う。

「主たちは、ほんに我らに似ておる。いや、違うな。我らが主らに似ておるのか」

 自重するように笑い、そうしてオーガを思い出してふむ、と考える。

「アレには、手を付けておかねばなるまい。父上も我と同じだからの。我よりは薄いが……」

 ポツリ、と呟くと何処からか、”ラジュール”と消えそうな声が聞こえた。
 その声に、にやりと口角を上げる。

「なんぞ?我に会わせたということは、あの者は我のモノ。そういう認識ではなかったのかのぅ?」
 ”……彼の、望まないことを私たちは望みません”
「はっはっはっ、我もその様なことは望まん。あれはあくまで、アレらしく生きればいい」

 この言葉に、返答は返ってこなかった。

「さて、その前に……うるさい周りを、黙らせなければいけんの」

 面倒だ、と口では言いながらその顔は笑っていた。

「王都に帰れば、忙しくなるのぅ。あの、勇者たちの事もある」

 忙しいのぅ、忙しいのぅ、と言いながら本当に楽しそうだ。

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:アレン

 王都へと向けて出発する際、俺は行者の席へと座り、レティと会話をしながら向かうことになった。
 俺かオーガが行者を務めるのは、リカルドが俺たちの中では一番弱いから。山賊などが出てくると困るからだ。
 この馬車、出る前に登録した通り、夜は馬車の中で眠れば大丈夫だろう。
 野営の必要がないのは助かる。
 それにしても……

「結構な速度で走るな。大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫よ~。私の風の魔法と、この馬車自体に負担軽減なんかの魔法かかってるからぁ~」

 それをするのは、制作者であるオーガしかいない。
 何て言うモノを作ってるんだ!とため息を吐いた。
 道理で、ラジュール王太子殿下がこの馬車を見て一緒に旅がしたいなどと言い出すわけだ。
 この馬車、本当にとんでもない。
 防犯が付いているだけでも、王侯貴族にとってはこれ以上ないくらいの品物だろう。
 古代遺物にはいくつかそう言った物も残っているらしいが。大半、使い方が分からなかったり、魔石が無かったりと使えないものばかりだが。
 自分の魔力で魔術を起動させて使う、俺の持つ魔法鞄などもダンジョンからでる古代遺物。今再現できる魔術師も魔法師も錬金術師もいない。
 もしかすると、オーガにはそれらが何に使えるものかちゃんとわかるのかもしれない。あの鞄が何よりの証拠だろう。
 鑑定しても、結果が伴わない。それら古代遺物と言うことは分かるのに、何に使っていたか、どう使うのか、全く分からないものも少なくない。

「それにしてもくっさいわねぇ……どこの誰よ、まったく」

 ぷりぷりと突然、不機嫌そうに言うレティに、俺は驚く。
 レティはすかさず、別の魔法を使ったみたいだけど。

「匂い?」
「あら、竜人族って目は良くても鼻は人並みなのかしら?」

 にやり、と笑うレティにオーガと似た部分を見つけて少しだけ苛立ちが和らいだ。オーガと全く似ていないように感じるのに。
 まぁ、苛立ち勝負を挑んだところで竜人種である俺が、神獣フィンリルであるレティに一対一で勝てるわけもないが。
 その後、悪臭に起きてきたらしいオーガとレティのやり取りを見て、俺と一緒の時との差をレティに感じ、オーガはレティに愛されてるんだな、とひそかに思った。
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手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

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