イスティア

屑籠

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第一章

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 フルフラの街の地下へとやって来たオーガとアレンは、大量のスライムに出迎えられる。
 地下の入り口を塞ぐように、本当に大量のスライムがぽよんぽよんと跳ねていた。
 はぁ、とため息を吐くオーガ。

【念話:チャンネル→スライム】

『お前ら、ヘルスライムがどこにいるか知ってるか?』
『知ってるよ!』『知ってるの』『知ってる』『知ってる』『知ってるー………
『うるさっ!!』

 大量にいるスライムは、それぞれが知ってるよ、と教えてくれるが、四方八方から聞こえてくるそれに頭が痛くなりそうだった。
 オーガは頭痛がしだす前に頭を押さえながら、念話を続ける。

『すまん、代表で誰かしゃべってくれ』
『僕が話すの』

 ぽよんぽよん、と他の個体より大きめの水色スライムが跳ねながらオーガの懐に飛び込む。
 オーガはそれをキャッチして、それで、と話し出した。
 多分だが、この会話はアレンには聞こえていないし、オーガがスライムたちと戯れ始めたことに少し驚いているようだ。

「おい、大丈夫なのか?」
「あぁ……ちょっと黙っててくれ」

 スライムを抱えているため、視線だけやり、スライムたちを牽制しているアレンを止める。
 そんなことをしなくても、基本的にゲームの時の街のように、地下にいるスライムは、襲われない限り、襲わない。
 下手に手を出さなければ、別に襲ってくることもない、穏やかな奴らだ。
 それでも、最初の頃は経験値のために何匹か犠牲になってもらったけど。
 念話のチャンネルを、広範囲から腕の中の水色スライムへと絞る。
 すると、オーガの頭の中を占めていたうるさいくらいの声は大人しくなった。

『それで、ヘルスライムはどこにいるんだ?』
『こっちなの』

 水色スライムがオーガの腕から飛び出すと同時に、スライムたちが犇めいていた通路に道ができる。
 ぽよんぽよんと跳ねていくその後ろを付いてく。

【光あれ】

 で、ライトを灯しながら。
 そもそも、スライムたちと街の関係はwin‐winの関係だ。
 街は下水処理に人員を割くことなく、それでいて環境を破壊することもない。
 スライムたちは安全な住処ができ、そして食糧まで手に入る。
 増殖しやすいスライムだが、外の世界では最弱と言っても過言ではない存在。
 そのため、外敵は多い。この地下道は基本的に外敵が居ない。スライムたちは増え放題だ。
 まぁ、生まれたスライムが全部が全部この地下で暮らしているかと言えばそうではないが。

『この先なの』

 ヘルスライムのいる場所に近づくにつれて、スライムたちもヘルスライムの出す毒にやられてしまうため、数が少なくなっていく。
 この先、という水色スライムも、これ以上は近寄れないのだろう。

『ありがとう。これ、やるよ』

 水色スライムに、スライムがゲームの世界では割と好きだった薬草を出してやる。
 水色スライムは、ひと際はねた後、体内に取り込んだ。そうして、ゆっくりと消化していくのだろう。
 ぽよんぽよん、と跳ねながら水色スライムは入り口の方へ戻っていく。
 それを見送って、はぁ、とため息を吐いた。

「もう、話してもいいか?」
「ん?あぁ、悪いな。大丈夫だが……」

 ゆっくり話している暇はなさそうだ、とぺちゃ、ぺちゃ、と音をさせながら近づいてくるスライムに警戒する。
 ライトで照らしている範囲に差し掛かり、その姿があらわになっていく。
 跳ねる度に、ふしゅーっ、と音を立てて紫色のガスが抜ける。普通のスライムに比べて、どろどろと溶けている姿。
 ヘルスライムだ。

『うっ、うぅぅ……』

 念話を設定してみると、ヘルスライムは苦しんでいるようだ。
 まだ、理性が少しは残っているということか。
 オーガは、ふむ、と考える。これを討伐するのは簡単だが……と。
 ストレージを開き、ポーションのページをめくる。
 普通のポーションや上級ポーションなどが並ぶ中、目的のものを見つけて取り出す。

「おい、何悠長な……ってなにやってるんだ?異空間収納なんて使えたのか?」
「ん?あぁ、そんなようなものだ。アレン、コレ、アイツに当てられるか?」

 取り出したポーション瓶を手渡すと、見ただけで何がしたいか分かったらしい。
 にやりと笑ったアレンは、任せろ、とそれを大きく振りかぶって……なげた。
 綺麗な放物線を描き飛んでいくポーション瓶。
 ジャスト、とそれは割れずにヘルスライムの中へと取り込まれていく。
 暫く動き、近づいてきていたヘルスライムだが、ポーションの中が溶けだしたのだろう近づいてきた歩みを止めて、明らかに苦しみだす。
 その隙に素材素材、とオーガはガラス瓶を取り出してヘルスライムの溶液を採取する。
 ガラス瓶の中は紫色に染まった液体でいっぱいになった。
 アレンは、それを見つつ苦笑いする。何に使うのかは知りたくない。
 ポーションの中身が浸透すると、ぼふん、という音を立てながらそのスライムは白い煙に包まれた。
 ここまでゲームか、とオーガはそれを見守る。
 白い煙が晴れて出てきたのは、灰色のまだ染まっていないスライムだった。

『う……うぅん……』

 その声は、どこか寝起きのようでオーガはくすりと笑う。
 さて帰るか、とアレンを引き連れて入り口の方へ歩いていく。
 オーガたちを見たスライムは、少しためらった後、ヘルスライムのいた方へぽよん、ぽよん、と跳ねていった。
 地下から出てみると、そんなに時間は立っておらず、もう一つぐらい仕事ができるか?とオーガは空を見て思った。

「さて、アレがどういうことか説明してくれるんだよな?」
「ん?あぁ、あれは……【念話】っていう魔法……というよりスキルだな」
「【念話】、だと?」

 アレンは驚いてオーガの肩を掴み顔を寄せた。
 オーガは、うわぁ……と一歩下がり、引く。

「なんだよ?」
「【念話】という魔法は、今や古代竜しか知りえない魔法だぞ?それを、なんでお前が……」

 げぇ、とオーガは顔を歪める。
 なぜにゲームとこんな所が違うのかと。念話など、スキルポイントが有ればだれでも取れた。
 それが、なぜに……と若干内心の事だが、うなだれている。
(……いやいや、まてまてまて、俺はこれをどう乗り切ればいいんだ?)
 下手にごまかしたところで、アレンに通用するとは思えない。というか、竜人族のポテンシャルが知れない。
 うぅー、と少し悩んだ後、オーガは素直に話すことにした。

「俺が落ちてきた前の世界では普通の事だったんだよ。誰だって、熟練度を高めれ(スキルポイントを貯めれ)ば取得できた」
「まるで、おとぎ話のような世界だな……」

 オーガの肩を離し、はぁ、と長い、それは長い溜息を吐いたアレン。
 オーガが嘘を言っているようには見えないのだろう、だが真実とも取れない、か。

「おとぎ話って……そもそも、俺にとってはこの世界が物語の中の世界みたいだけどな」

 まぁ、そんな事より、とオーガはふとアレンに背を向けてギルドへと歩き出す。
 そろそろ夕刻、ギルドの受付カウンターが再び込みだすころだ。
 死体の残る討伐なら、討伐部位をギルドに提出すれば済む話だが、スライムは死体の残らない魔物だ。
 ヘルスライムとなれば特に、オーガのような錬金術師の採取能力が無ければその体液すら残らない。
 そのため、ギルドから職員を派遣し、ちゃんと討伐されているか確認してから報酬がでる。
 なので、報告後早くても明後日ではないと報酬は出ない。
 面倒な、と思うが仕方がないことだ。

「はい、ヘルスライムの討伐ですね?」

 あぁ、と依頼書と一緒にギルドカウンターへアレンがギルドカードを差し出す。オーガも一緒に受けた依頼のため、一緒にギルドカードを差し出した。
 少々お待ちください、と言った彼女が何やら魔道具で操作すると、確認が取れましたという。

「えっ?」

 ウソだろ?と首をかしげてアレンを見れば、アレンはアレンでオーガがなぜ驚いているのか分かっていない様子だった。
 少し込みだす前だったからだろうか?受付嬢が説明してくれる。

「えっと、オーガさんのギルドカードは古いタイプのものでして、新しいタイプのギルドカードには倒した魔物の情報が記録されます。それで、確認を取るんですよ」

 にっこりと笑う受付嬢に若干引きつつ、へぇー、とオーガは興味なさそうに返す。興味はあるのだろうが、声の抑揚が無い。
 女性に対して苦手意識でも発動しているのだろうか?

「オーガさんもこの機に、新しいギルドカードへの変更をしてみてはいかがでしょう?」
「あー……このままでいいわ。別に不都合はないし」

(そもそも、元の世界に戻ったときに使えなくなったら困る)
 と、少し考えた後、結論を出しうんうん、と頷いた後、戻ってきたギルドカードをしまう。
(まぁ、大抵異世界トリップしたやつって、元の世界に帰れないんだけどなぁ)
 そんなのんきなことを考えながら、オーガは報酬を受け取るとアレンを連れてギルドを後にした。

「そう言えば、お前ってどっかに泊ってるのか?」
「あぁ、今までは聖水も必要だったし教会で寝泊まりさせてもらっていた」
「へぇ……それって、金かかるの?」
「お前な……金はかからん。が、お布施という形で支払ってはいる」

 つまり、宿代の代わりがお布施と言う事だろう。
 教会も慈善事業だけじゃ食べていけない。そのせいだろう。
 まぁ、アレンはSクラスの冒険者だ。
(ぼったくられたんだろうなぁ……ざまぁみろ)
 何故だろう?アレンの顔を見ていると、そう思えてきた。
 美形なのがいけない。女は色々な意味でとても怖いが、美形は敵だ。
 ……そんなことを言っていて、オーガはこの先どうするのだろうか?
 先はまだ長く、ため息を吐きながらオーガは宿へと歩き出した。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:魔道ギルド職員

 それは、あのSランク冒険者、アレンの石化が解呪のポーションで治った日。
 その数時間前に、店にはギルドに不思議な男がやって来た。
 フードを深くかぶり、仮面を付けた中肉中背の男。見た目からして平凡ではないのだけれど、ちょろっと鑑定をしてみてもすべて不明で興味を持ったわ。

「ここが、魔道ギルドか?」

 声は、高くもなく低すぎず、そうね、平々凡々と言ったところかしら?

「そうよぉ~。ここが、魔道ギルドフルフラ支部。何かご入用?」

 その見た目は、魔術師というよりは魔法師。けれども、得体が知れないわ。
 魔法師と魔術師の違いについては、自分の内包している魔力を使うか、それとも魔石に魔術回路を書き込み使用するかの違い。
 魔術師の多くは、今や戦闘ではなく一般家庭向けに普及しているかまどや暖炉などを作っていたりするわね。魔術師はどうやっても魔法師には叶わないもの。
 それから、魔道ギルドに所属している人たちは全員が全員引きこもりと言っても過言じゃない人たちばかり。
 単純に言えば、研究が好きなのよ。だから、怪しい研究や新しい技術を開発しようとして家に引きこもっている。
 まぁ、売れる商品を開発すればそれだけで一財産になるから、躍起になるのはわかるのだけれど。
 後は、冒険者崩れの人たちね。このギルドに寄せられる素材を取りに行く人々。
 冒険者ギルドよりは安全で、そして安価な依頼。そうね、冒険者ギルドのランクでいえばG、Fランク位の本当に低級な依頼。
 冒険者ギルドでは働けなくなって、それでも何かしらの報酬が欲しい人たちが受けていくわ。
 基本的に冒険者ギルドから素材を買ったりも卸してもらったりもするけれど、うちのギルドで依頼を出した方がずっと安価なのよ。

「あぁ、綿毛兎の干し肉を五つほど」
「綿毛兎、ね……ちょっと、待ってて」

 綿毛兎など、初級も初級の魔物だ。それを、この冒険者が自分で捕れないとは思えない。
 何か事情があるのかしら?
 そう思いつつ、後ろの天井まで届く棚から、綿毛兎の干し肉を五つ取り出してカウンターへ並べる。

「これね?」

 そう、再度確認するように問えば、あぁ、それでいい、と彼は頷いた。
 ウソを言っているようにも、こんな綿毛兎の干し肉程度でほかの人を騙せるとも思わないけど……一体、何を考えているのかしら?
 綿毛兎の料金を告げ、いいの?と確認すると、何がだ?と本当に分からないように首を傾げられた。

「あなたぐらいになると、自分で捕った方が安いのではなくて?」
「あぁ、面倒だからな」

 面倒だから、それだけの理由で大銅貨五枚も払うの?この人おかしいんじゃない?
 それとも、それなりに儲けているのかしら?そんな冒険者の話は聞いたことないけど……。
 何を考えているか、少しだけ探ってみようかしら?
 と、差し出された銀貨のお釣りに大銅貨五枚を渡そうとするときに、魔法を少し使ってみた。
 結果は避けられてしまったけど……。けれど……

「本当に、面白い人ね?気に入ってしまったわ」

 私、聡い人は嫌いじゃないの。魔道ギルドに居れば、それなりに頭のおかしい人間とかとも付き合いはあるけれど、皆頭は人一倍良いんですもの。
 だから、魔道ギルドをやめられない。
 彼は忘れてくれ、と言ったけれど、忘れることができるわけないわ。
 ちゃぁんと、私の頭の中に登録しましたからね!

 あっ、名前聞くの忘れたわぁ~。

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:薬師ギルド職員

 昼過ぎに、冒険者ギルドからアルマユリが届いた。どこかの冒険者さんが採ってきてくれたらしい。
 それを、この街にいる薬師へと配達するためにバタバタと動き回っていた。
 ちなみに、僕はこのギルドのギルド長です。フルフラ支部って何故か人員が少ない、本当に簡易支部なんですよね。こんなに大きな街なのに。
 まぁ、薬師ギルドは本部も万年人手不足ですし、仕方のないことですが。
 資金もない、人員もないって、このギルドよく潰れませんよねぇ。

「すまない、ココが薬師ギルドで有ってるか?」

 僕らがバタバタと動いていたせいで、気が付かなかったけれど、久しぶりのお客さんらしい。
 このギルドに正面から人が入って来るのって久しぶり過ぎて誰も気が付かなかったみたい。
 まぁ、薬が欲しいなら薬師の所に行くだろうし、このギルドってホントなんであるのか不思議になるけど、まぁそこはほら、冒険者ギルドから回ってきた薬草などを平等に配布したり、得意分野を伸ばしてもらうために、調整したりと色々ありましてね。
 じゃないと、此処に薬師の皆さんが冒険者ギルドへと依頼を出すことになるので、冒険者ギルドの方でも困ってしまうんです。
 ほら、依頼書がたくさんになるでしょう?ごちゃごちゃして、本当に大切な依頼を見落とされては困るとのことで、冒険者ギルドへの依頼はこちらから一括しているんです。

「えっと、はいっ!ここが薬師ギルドフルフラ支部です!」

 やった!噛まずに言えました!
 薬師ギルドフルフラ支部って、なんか言いにくくありません?そうでもないですか?そうですか……薬草の名前なら噛まずに言えるんですけどねぇ……。
 ちなみに僕、何故か毎度新顔さんには新人と間違われるんです。そこまで童顔でしょうか?まぁ、十代のころから顔立ちが一切変わらないと友人たちには言われますが。
 それに、何故でしょう?百五十センチ以上伸長が伸びません。チビで童顔って……やっぱり若く見られすぎでしょうか?僕、これでも四十代なのですが。

「……何かあったのか?」

 新顔さんに心配されるほど、酷い惨状でしょうか?あー、僕、これが毎日なので感覚が鈍っているんですね。

「あー、はははっ、えっと、この支部って万年人手不足でして」

 はははー、と頬を掻き笑えば彼はぐるっと薬師ギルドの内部を見回した。
 その目に、やっぱりこのギルドって忙しそうに映っているのかなぁ?と思いつつ。
 後からは、手を動かしながら、仕事してくださいとの圧を感じる。けど、僕負けないよ!!

「ここに居る人数で全員なのか?」
「はい。この人数でどこの薬師にどれだけの薬草を卸したり、配達したり、何処の薬師に依頼を出せばいいのか、色々と手配することは多くて……」

 この依頼って言うのは、主に冒険者ギルドから回ってくる薬品納付の依頼だ。
 どれだけの量をいつまでに、と言う依頼に対して一人当たりどれぐらい作成してもらえばいいのか計算し、薬師ギルドからそれぞれの薬師へと依頼を出す。
 もちろん、冒険者のための薬品もあり、ギルドが販売するための薬品の納付もある。
 そんな事は、別に薬師ギルドには関係なのだけれど。あぁ、もちろん薬師ギルドでもちゃんとお薬は取り扱っているよ。

「さっきもお隣さんからアルマユリが手に入ったって……って、こんなことお客様に愚痴っちゃだめですよね!」

 笑いつつ、押し流す僕。でも、愚痴らないとやってられない程の業務だ。
 せめて、もう少し人員が欲しい。けれど、ギルド本部の試験を受けて合格する人数が少なすぎるからこの支部まで人手が回ってこない。
 作業効率が良くなれば、もう少し楽だろうとは思うんだけど……これだけ散らかってたり何なりしてたら、無理だよねぇ~。
 僕の愚痴を聞いてか、彼も苦笑いしている。あぁ、愚痴言いすぎちゃったかな?せっかくのお客さんなのに!僕が相手にしている限り、僕は休憩できる!!

「それで、如何なさいましたか?」

 こほん、と咳払いして居住まいを直し、向き直る。
 そう言えば、この人変な格好しているなぁ……。

「あっ、あぁ……、調剤部屋の貸し出しをしていると聞いて」
「薬師様でいらっしゃいましたか」

 変な格好をしているから、てっきり冒険者か旅人か、それで薬が切れたから補充しに来たとも思ったんだけど。

「いや。俺は錬金術師だ」
「は?」

 僕は、彼が何といったか理解できなかった。
 新しい薬師が登録に来たんだと思っていたのに、錬金術師?
 錬金術師って、あの物質を変換して違う物質を作り出すっていう、あの?
 何で、薬師ギルド……それも調剤部屋を?

「とりあえず、部屋を借りたいんだが」
「えっと、その……調剤室ですよね?」
「そう言っているだろう?」

 僕が首をかしげると、彼も揃って首を傾げた。
 おかしな光景に見えるのに、僕の頭の中はとてつもない疑問符でいっぱいだ。

「えっと、何に使うのかさっぱり何ですけど……分かりました!」

 とりあえず、調剤部屋が無事であればいい。貸し出しで損をすることはないだろう。
 壊れてたりしたら、修理代を請求すればいいだけだし!
 料金説明をすれば、彼は一時間借りると大銅貨五枚を差し出してきた。
 先払いとは言ってないんだけど……まぁ、いいか。
 かしこまりました、とカウンターの書類に埋もれた中からどうにか魔道具を探り出す。

「ギルドカードはお持ちでしたか?」

 あぁ、と差し出してきたギルドカードは、古参のギルド長しか持ってないようなレアなタイプ、まぁ、言い換えれば一昔前のタイプだった。
 古いタイプですね!と告げたところで、彼の反応は薄い。
 本当は彼、僕より年上なんじゃないですかね?見た目の年齢ってわかりにくいですけど……僕も含めてね。
 貸出室の鍵を差し出しながら、時間が来れば声掛けをさせてもらうと言ったところで、彼は背を向けて指定した貸出室へと籠ってしまう。

「ギルド長!!仕事してください!!」
「えぇー?僕、今だって仕事してたじゃない?」
「手が止まってますよ!!全く、次の配送まで時間がないというのに……」

 僕はタイマーをかけつつ、はいはい、と再び慌ただしく手を動かすことにした。
 出てきた彼は、何をしていたのかさっぱり分からない程手には何も持っていないし、この貸出室を借りてまで何をしていたのか、結局僕には分からず終いだった。

「ギルド長!!」
「はいはーい!今行きますってぇ~」

 それより、そろそろ休暇が欲しいよ……誰かギルド長変わってくれないかなぁ……。

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 side:リカルド

 規格外、と言うやつに俺は初めて会ったんじゃないだろうか?
 オーガに、少し話がしたいと言われて、少し厄介な商談をするときに使う小部屋に入りオーガと向き合う。
 パチンっ、とオーガが指を鳴らしたが、何をしたのかまでは分からなかった。
 オーガはその上で、俺に見せてきたポーション瓶。
 それは、この街の薬師が何人も挑戦し、そして完成しなかった解呪のポーションだった。
 信じられない、とオーガを見ればにやりと、仮面の下半分から見える口が弧を描く。
 作ったという、オーガ。やっぱり、信じられなかった。

「さてさて、この街でまだ誰も成功していない解呪のポーションだ。リカルド、お前いくら出す?」

 腕を組み、楽しそうに笑うオーガにリカルドはくそっと悪態をつきたい気分だった。
 ついても良かったんだろうが、がりがりと頭を掻くにとどめる。
 薬師ギルドから卸された場合にギルドが支払う金額は金貨十枚。
 しかし、これは薬師ギルドの手数料も含まれている。
 と言う事は、少しは値引きができそうな気もするが……ちょっとまてよ?
 と考えを巡らせつつ、オーガを見れば、薬を振りながらへー、と興味のなさそうな声を出している。
 もったいなくて、奪い取るとにやりと笑われる。本当に嫌な予感しかしない。

「別にまた作れるし。何なら、もっと安くても良いよ。ただし、俺のお願いを聞いてくれるなら」

 やっぱり来たこれ。多分、厄介ごとだろ。と顔をゆがませると、さらにオーガが話し出す。

「なに、そんなに変な事を頼むわけじゃないさ。ただ、この薬の制作者が俺だって話さなければいい」

 やっぱりどう考えても厄介ごとだろ、これ。

「だが、詳細に【鑑定】してしまえば誰が作ったかなんて分かってしまうだろう?」
「そんな【鑑定】を使える人間が早々簡単にいるとは思えないが?」

 あぁ、やっぱり知っていたか、とため息を吐く。
【鑑定】は、元々珍しいスキルである。スキルと言うより、魔法の一種なのだが。
【鑑定】を使える人間は少ない。それは、先天的に与えられたものだからだ。そして、【上位鑑定】を使える人はもっと少ない。
 さらに言えば、【鑑定】と言うスキルは上位化しない限り、完全に使えているとは言えない。
 それが、製作者などの詳細を確認できないことにつながる。
 少し考えて、飲むしかないか、と腹をくくる。

「分かった。その代わり、金貨五枚でこれを買い取っても良いか?」

 金貨五枚、それ位ならCランクの冒険者に一括で払うことは出来る。
 それ以上となれば、事情を説明して上司、そしてギルド長が出てこなければならなくなるだろう。
 納得するか?とちらっとオーガを見れば、肯定として首を縦に振っていた。

「お前が作ったと言うのは伏せる。だが、お前から仕入れたって言うのは話させてもらうぞ」

 渋るかと思えば、意外にもあっさりと肯定する。
 まぁ、誰が持ち込んだかなどこうしていれば明らかだろうから仕方ないのだろうな。

「それはどうぞ。そうだな、たまたま、金を無くす前にとある街で買ったって事にしておいてくれ」

 了解、と返せばにやりと本当に嫌な笑みで笑いやがる。
 顔半分しか分からないのにな。
 契約書に目を通し、これまでの内容が書かれていることを確認してからサインをした。
 つまりはまぁ、オーガとの約束を破らないっていうものだな。
 ちょっと待ってろ、と言って俺は買取カウンターの金庫から金貨五枚を取り出して買取のため、と帳簿を付ける。
 戻れば、口元をひん曲げてオーガはふんぞり返っていた。
 八つ当たりになるから言わん、と言われた、気になるが話す気はないだろう。

「また、何か有ったら話せよ」
「ん、あぁ、当てにしてるわ」

 オーガの背を叩きながら、俺が買取のカウンターへと戻ればもう一人の買取職員がほっとした顔をした。
 基本的に、俺を含めた三人しか買取カウンターには居ないため、一人でも減れば時間が時間だと大変なのだ。
 冒険者には荒くれ者も多い。俺みたいな外見ならともかく、他の二人は少し頼りなく押し切られることもある。
 もう少し毅然としてほしいものだ。
 俺は、オーガから買い取ったポーションを搬送の方へ持っていき、至急アレンへと届けてくれるように手配した。
 これでまた、Sランクの依頼も減るだろう。
 今は、Aランクの冒険者がパーティーを組んで討伐したりしているが、それにも限界があるってものだからな。

 俺は、この後ギルド長から呼ばれ、衝撃的な事を告げられることになろうとは思いもよらなかった……。
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