最愛の番になる話

屑籠

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「おかえりのぎゅーっ!」

 初日の学校を終えて帰ると、啓生が出迎えてくれた。
 出かけるときと同様にぎゅっと抱きしめられると、知らず知らずのうちにホッと息が漏れた。
 その抱擁を抱きしめ返して、ただいま、と言えば啓生はとても驚いたように目を見開いていた。

「あぁ、何で今日も明日も平日なんだろう」

 離したくないよ~! と啓生が頬ずりしてきて少し痛い。
 でもなんだか学校よりもこの家や四方の檻の方が現実と言う感じがして、ホッとする。

「啓生様、ここは玄関ですよ。咲也様が風邪をひかれてしまいます」
「暖かいもの、大丈夫だよ。まぁ、中に入ろうか」

 そう言って、手洗いをしてからリビングへと向かった。
 ずっと、啓生が後ろをついて回っていたけども、風都に邪険にされていた。
 リビングでは、ソファーに隣同士に座り、学校はどうだった? と声をかけられる。
 ちなみに、風都と宗治郎は夕飯の準備に行ってしまった。

「学校……なんか、同じクラスの奴になにしに来たのか聞かれたな」
「ふぅん? それで、なんて答えたの?」
「学校だったはずだけどって答えたら、風都が答えなくていいって。そしたら無視するなって怒られた」

 そうして、学校の出来事を話していく。こうして話を聞いてもらうなんて初めてのことだ。
 坂牧の家では、誰も聞いてくれなかったし、話そうとしたら忙しいと遮られた。
 母も一見俺を気にかけているようにみせて、聞きたいのは光也のことばっかりだった。
 同じオメガで心配だったのかもしれないが、俺だって自分の子供だろうに。ベータだから大丈夫だと思われていたんだろうな。

「小柄な人で、あぁ言うのが可愛いっていうんだろうなって思って」
「ん? 可愛かったの?」
「いや、風都に聞くと可愛いですか? って言われたけど、一般的にああいう小柄な顔も小さい女性とかオメガが可愛いって言うんじゃないの?」

 そう言えば、双子で生まれたとは言え、同じような顔立ちをしているのにどこか俺は男らしさ? があって、あっちはどちらかと言えば柔らかい感じがする。もちろん、体格なんて見てわかるぐらい違うけど。

「うーん、人の好みなんて人それぞれじゃない? 僕は、咲ちゃんがこの世の中で一番かわいいし、叔父さんは番が一番かわいいって言うし、父さんも母さんが一番かわいいって言うし」

 恵も啓生の母親もそれぞれタイプが違う。
 人それぞれ、それを聞いて納得してしまった。

「特に四方はね、番以外にはアルファだって発情しないし、そもそも勃起しないんだよね」
「え、いきなり何の話?」
「んー、だから、番以外はみんなじゃがいもとか人参とかそんな感じに見えるって言う話。流石に野菜に興奮するのは一部の人しか居ないでしょ?」
「たとえが余計にわからない」
 
 横から、ブハッ、と吹き出す声が聞こえてくる。
 振り向いてみると、風都がお盆を持ちながら器用に肩を震わせていた。

「い、一体何の会話をなさっているので?」

 本当に器用に音もなくお盆を机に置くと、そっと紅茶を俺と啓生の前に置く。

「ん? だから、四方が番以外に発情しないって話し」
「あぁ、なるほど」
「んと、と言うことは宗治郎さんにも風都さんにも俺はじゃがいもとか人参とかに見えてるってこと?」

 ぶっは! と今度はキッチンの方からも聞こえてきた。
 ごほごほと咳き込んでいる声も聞こえてくるから、宗治郎も吹き出したのだろう。

「んっふふ、ちゃんと咲也様は咲也様として認識しておりますよ」
「そうそう、有象無象じゃないんだからね。」
「そっか……うん、人参とかじゃがいもじゃないならいいか」
「うんうん。というか、僕の例えが悪かったみたい」
「そうですね、啓生様。反省してください、私のためにも、宗治郎のためにも」
 
 ごめんってば、と啓生は笑うが、風都もにっこりといい笑顔だ。
 本当にこの二人だと、口調を抜きにすればどちらが主人なのか分からないな。

「さて、風都がここに来たってことは夕飯が近いのかな?」
「えぇ、もうそろそろ終わりそうです」
「じゃあ、咲ちゃんは先にお風呂に入ってきて、ね?」

 まだ、そんな時間じゃ、と思い俺は啓生に驚きの表情を見せるが、啓生はニッコリと笑うだけだ。
 この顔のときは何も聞いてはくれない。
 
「え、でも」
「少し、風都とも話したいことがあるからね。それに、明日も学校だからね」
「……うん。わかった」
「ちゃんと温まって来てね」

 もう少し、話していたかったけど、仕方がない、と仕事だからと言い聞かせて風呂場に向かった。
 風呂はタイマー式で沸かされており、ほかほかの湯気を立てている。
 体を洗ってから、ゆっくりと湯船に浸かった。

「はぁ~……風都さんに話って、やっぱり今日の学校の話かな?」

 ぼんやりとしながら、そう言葉が漏れた。
 別に気にしては居ないから、何もしなくていいんだけど、アルファのメンツっていうのがあるのかな?
 それでも、俺は啓生に何もしてほしくない。何もできない、守られてる存在だけっていうのは、嫌だ。
 ゆっくりと湯船から立ち上がり、よしっと風呂場を出る。
 脱衣所で、ふとタオルを手にとって、それを床に落とした。
 何気ない行動だった。
 数枚、なんか違う、と落としてそれから納得したもので顔を拭き、バスタオルも同じように選んで体を拭いた。
 用意されていたパジャマに着替えて、髪を乾かしてから脱衣所を出てリビングに戻ると、食卓に夕飯の準備が終わっていた。

「おかえり、咲ちゃん。しっかり温まったようだね」

 ぎゅっと抱きしめられて、うん、と頷いた。
 そして、四人でそろっていただきますと夕飯を囲んだ。
 とは言っても、静かに食べてるのは俺と宗治郎ぐらいで、風都も啓生も何かと俺の世話を焼きたがった。
 ご飯ぐらい一人で食べられるのに。

「さて、僕もお風呂に入ってこようかな。僕が上がったら、一緒に歯磨きしようね」

 子供扱いでもしてるのかと、少しだけ眉間にシワが寄る。
 それをわかっているのか居ないのか、啓生は俺の頭を撫でてから脱衣所に向かっていった。
 そして、すぐに啓生が戻って来る。

「咲ちゃん、なにこれどうしたの?」

 タオルを数枚手に持って、戻ってきた啓生はどこか笑いをこらえているようだ。
 むっ、とした顔になった俺に、いや怒ってないんだけど、と見たままの事を啓生は言う。

「どうしたって……何が?」
「んーと? このタオルたちだけど気にいらなかったとか、そんな感じ?」
「……使いたくなかった、から?」
「そっか、うん。わかったよ。宗治郎」

 ちらりと宗治郎を啓生が見ると、心得たと言ったように宗治郎が脱衣所の方へと移動する。
 次の日には、タオル類の棚が別れていて、俺と啓生用、宗治郎と風都用になっていた。
 それを見て、瞠目した俺はそれでも分けられたタオルたちに違和感はなかった。

「さて、咲也様」

 啓生が脱衣所へと消え、ソファーの上で膝を抱える俺に風都が近づいてきた。
 そっと差し出されたのは、ハーブティーだろうか? 暖かく湯気が登る。
 それを手に取れば、暖かさにホッとする。

「そろそろ就寝のお時間ですが、何か他にやり残したことなどございますか?」
「いや……あ、でも啓生さんを待ってて良いんだよね?」

 宗治郎が戻ってきてすぐにお風呂に行ってしまった啓生。
 昨日からではあるけれど、私室はあるものの寝室は啓生と同じ場所。
 もっと言えば、ベッドまで同じだ。

「咲也様は、啓生様が番で良かったですか?」
「ん? いきなりどうしたんですか、宗治郎さん」
「いえ、あれだけ付きまとわれたりしたら、嫌になったりしないのかと思いまして」

 宗治郎が話すには、過去、四方の番にも雪藤の番にも、その執着が嫌で逃げ出そうとした人が少なくは無い数いるそうだ。逃げられる保証はどこにもないけど。
 でも、意外だった。四方の番はみんな穏やかな人が多かったから。

「啓生さんを嫌になることはきっと無いよ……。だって、啓生さんは俺にとって救いだもん」
「救い、ですか?」

 ずっと、坂牧の家でも学校でもベータだからとそれだけで蔑ろにされてきた。
 それが、初めて出会った時からずっと啓生は俺の話を聞いて、そして手を引いてくれた。
 手を引かれて歩いたの何て、数えるほどもない。
 いつも、母の腕の中には光也が居て、俺に差し伸べられる手何て無かった。
 
「ずっと、誰かに手を引いてほしいと思ってた」
「咲也様……」
「俺を見て欲しかった。努力だって、ずっとしてきたのにあの家では誰も見てくれなかった。兄の幼馴染だって光也がいいって言った。だから、俺を見てくれる啓生さんが嫌になるなんてありえない」

 ずっと見ていてくれる啓生を嫌いになんてならない。
 ずっとそばに居て、話をして、抱きしめていて欲しいくらいなのに。

「咲也様は、本当に啓生様のための番なのですね」
「ん、と、分からないけど」
「いいえ、何でもありません。余計なことを申しました」
 
 穏やかな顔をして、宗治郎が頭を下げるから、すこしだけ戸惑ってしまう。
 啓生のための番、なら今までの境遇はすべて啓生と出会うため。そんな風に思ってしまうのなら、啓生を恨んでしまうかもしれない。
 だから、わかりたくなかった。のが、正解かもしれない。
 啓生まで居なくなってしまえば、本当に一人きり。オメガになって、番にまでなってしまったのに、一人になんて耐えられるかわからない。

「何の話ししているの?」
「あ、啓生さん」

 戻ってきた啓生は、髪の毛をタオルで乾かしながら後ろからにょっと顔を出した。

「んー? 何だか不穏な気配?」
「え、何が?」

 なんでもないよ、と笑う啓生といっしょに支度をして、寝室に入る。

「あ、ちょっと二人と話が残ってたから先にベッドに入ってて」
「え、ちょっ」

 そうして、寝室の扉は無情に閉められた。
 ムッとしながら、ベッドに入り啓生の枕を抱えこむ。

「枕なくて困れば良いんだ」

 ふんっ! と鼻を鳴らして目を閉じた。
 朝起きたら、枕は啓生が使っていて俺は啓生の腕の中で眠っていた。不思議だよな。
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