最愛の番になる話

屑籠

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 時瀬家が主催するパーティーに、出席する日になってしまった。
 主要な人物の顔は覚えたけど、少し不安だ。
 不安で、啓生の腕を握りしめると、啓生が俺の手を優しくポンポンと叩く。
 まっすぐ前向いてるのに、俺の事を気にかけているようで、ちょっとだけうれしい。
 
「陽ちゃん、こんばんわ」
「ん? あ、啓生じゃないか。良く来たな。そっちの子が前に言ってた番ちゃん?」
「そー! とっても可愛いでしょ?」
 
 陽善の顔がこっちを向く。
 俺が固まって何を言うか迷っているうちに、うんうん、と陽善が頷く。

「オメガらしくない子だけど、そこがまた可愛いな」
「え?」

 目の前の彼も、アルファなのだろう事はわかる。雰囲気がアルファだから。
 アルファの目に、俺は可愛らしく映るのだろうか? それは、ちょっとだけ怖いことだと思った。

「そうでしょ? 僕の運命なんだ」
「あー、そうか。お家柄、そうだよな」

 外では雪藤を名乗っているけど、親しい友達だからか、四方という事を隠していないみたいだ。
 まぁ、周りに聞こえないような配慮はあるけど。
 
「まぁ、緊張してるみたいだけど、楽しんでいってよ。ここの食事とかもおいしいからね」
「え、えっと……」
「よかったね、咲ちゃん。軽食しかないけど、ここのレストランの食事はとってもおいしいんだ。それに、陽ちゃんの家が運営してる場所だからね。少しは融通してもらえるよ」
「啓生、お前な……まぁ、番ちゃんが望むならいつでも言ってこい。何とかするよ」
「陽ちゃん、おっとこまえ~」

 楽しそうな二人の会話についていけない。けど、食事がおいしいと聞いて、少し興味が出た。
 別に、食にそれほど興味もないけど、勉強も読書も食にも興味がない。どうしようもなく自分がつまらない人間に思えて、少しでも興味を持とうとした結果だ。一番身近だし、毎日の事だから。
 四方の檻に居る時も、読書や刺しゅうなどを進められるけど、あまり得意ではないし。
 食っちゃ寝、と言ってしまえばそれまでの生活だし。
 あぁ、でもあの広い庭を散歩するのは好きだ。緑も花も、どうしてそこまで綺麗になれるんだろうって思えるから。
 暫くして、他にも挨拶をしなければいけないと陽善は離れて行った。
 それじゃ、とこの会場に来て初めてまっすぐに自分を見つめる啓生の顔を見たかもしれない。
 それは、自分が啓生に視線が行っていなかったのか、それとも啓生も緊張していたのか。
 
「あそこの軽食摘まみに行こうか」
「えっ? でも、あの挨拶とか、は?」
「後でもいいっしょ?」

 主催の陽善以外にも、少ないが必ず挨拶しておけと宗治郎が言っていた人物がいた。
 啓生にはやる気がないみたいだけど。

「ほら、あーん」

 軽食が置いてあるテーブルの近くに来ると、啓生が見繕って一口食べたものを共有してくる。
 啓生が居る時にはいつもと言って過言ではないぐらい食べさせられているので、慣れたように反射で口を開いていた。
 ハッとした時には口の中に入っているので、顔を赤く染めるしかない。
 口にものが入っていてしゃべれないので、余計に無言で啓生を睨むことになる。
 そんな俺の視線を、啓生は可愛い可愛いと言ってはばからないけれど。

「あの、雪藤様!」
「……誰?」
「千手の山河 清文です! 同じ大学の講義を取らせていただいているのですが……」
「へぇ……それで?」

 その視線は冷たく、そして何の感情ものってない。目の前の彼は、可愛らしい相貌をしている。きっとオメガなのだろう。でも、それだけ。啓生にとっては、彼はその他大勢と同じくくりで関心もなかったのだろう。

「あの、お隣の彼は、恋人ですか?」
「いや、違うけど? それ、君に関係ある?」

 確かに、恋人じゃない。けれど、その言葉に少し胸が痛くなった。
 
「じゃ、じゃあ僕じゃだめですか? 僕、ずっと前から雪藤様の事をお慕いしていて」
「ん……? むしろ、何で自分が選ばれるかもって思ったの? 同じ空間に居て、見向きもされてなかった時点で、脈何て無い事に気が付かない?」

 さっと顔を赤く染め上げ、少し涙をにじませながら、彼はすみませんでした、と去っていく。
 啓生はと言えば、変な邪魔が入ったなぐらいにしか思っていないだろう。
 たしかに、同じ講義をうけているなら、それで何の見向きもされていない時点で脈何てありゃしないだろう。
 だけど、夢ぐらいみせてやってもいいじゃないか、と思ってしまうのは俺が甘いからなのだろうか?

「あの人、あれでよかったのか?」
「んー? まぁ、思い上がりって誰にでもあるものでしょ? はっきり言ってあげた方がいいこともあるよ」
「そう、なのか?」
「そういう時もあるってこと。優しさだけが人を救うとは限らないからね」
 
 それから渋々言われた通りの人物を見つけ出して挨拶をした後は、心行くまで食事を楽しんでいた。
 四方の檻とは違ったテイストの食事は、坂牧の家でも出た事がない。
 楽しくなって、美味しいと思ったものは啓生に強請ってしまうほど。
 あとあと考えれば、恥ずかしくなってしまうような行為だったけど、啓生は気にした様子もなくてそれどころか嬉しそうに笑っていた。
 それから、何度かそういう集まりやパーティーに連れて行ってもらった頃、忘れていた事を思い出した。

「咲也……?」
「えっ、あ……」

 生理現象で、お手洗いに啓生が向かって行き、俺が立食スペースの端に残されていた時のこと。
 声をかけられ、振り向いたら驚いた顔をしている兄の姿が目に入った。
 坂牧の家もアルファの名家である千手の家だということをすっかりと忘れていたせいだ。

「尚志さん。お、お久しぶりです」

 少し、逃げの体制をとってしまったことは仕方がないだろう。
 咄嗟に、なのだろうか? 伸ばしてきた手を振り払う。

「咲也、お前今までどこに、ってこの匂い……」

 振り払った時に、何かを感じ取ったのかそれ以上尚志が近づいてくることはなかった。
 その事については、ホッと息を吐く。
 尚志は嫌に眉間にシワを寄せていたけれど。

「お前……いや、いい。ここに居るって事は少なくとも酷い扱いは受けてないんだよな?」
「……坂牧の家にいた時よりもずっといい暮らしをさせてもらってるよ」
「そう、か……」
 
 何とも言えない渋い顔をした尚志だが、無事ならそれでいい、と何とも納得のいっていないような顔で頭を掻いて言った。

「お待たせ、咲ちゃん。誰? 知り合い?」
 
 そっと腰に回された腕。そして、啓生は尚志を睨んでいた。
 少なくとも、アルファ同士にはわかるフェロモンというか本能というものなのだろう。尚志は動けなくなっていた。
 
「あ、の……啓生さん」
「んー? 何? どうしたの?」
「尚志さんは、その……」

 兄、と説明するには家族関係が微妙すぎた。
 血縁上の兄ではあるけれど、そう説明していいものかも悩む。
 けれど、直接尚志に何かをされたわけではないので、含みがあるかと言われればそうではない。
 むしろ、誰よりもあの家で家族だったのだろう。
 
「咲ちゃん、彼は咲ちゃんにとって害のある人?」
「ちがっ、違う! ただ、本当にびっくりしただけで……尚志さんに何かをされた事は一度もないんだ、だから」
「そっか。なら、良いんだけど……尚志さん?」
「坂牧 尚志です。咲也が、お世話になっております」
 
 ぞくり、とするほど一瞬啓生の目が冷たく輝いた。
 それを尚志も感じたのか、息をのむ。
 まずい、と俺は啓生の腕を引く。

「尚志さんは、俺の兄で」

 そう、啓生の耳元で囁けば、啓生はびっくりしたような顔をしたのち、そのまま俺の頬にキスをしてきた。

「ちょっ!」
「なら、ちゃんと挨拶しないとね」

 そうして、尚志の方へと向き直る。

「僕は雪藤 啓生だよ。咲ちゃんの番なんだぁ」
「番? 咲也は、その、ベータですが」
「僕の運命の番なんだ。聞いたことない? ベータが運命のアルファに出会ってオメガになったって話」
「風の噂では……まさか」

 啓生がそっと俺の髪をかき上げる。うなじを図らずも触られた俺は息をつめた。
 そこには啓生がつけた歯形が残っている。

「本当に、ボンドバイトの痕だ……咲也が、そうか……」

 少し何かを考えているようにぶつぶつと呟いていた尚志は、まっすぐに啓生を見ると小さく頭を下げた。

「咲也を、よろしくお願いいたします」
「もちろん。僕の命より大切な番だもん。大事にするよ」

 俺はそんな二人の様子を見て、ほっと息を吐く。
 多分俺が坂牧の家に戻ることは無いし、坂牧の家に興味も無いけれど、尚志と啓生が争うのは良くない気がした。

「咲也も、雪藤様にたくさん頼るといい。アルファは番に甘いものだからな」
「そこは、迷惑をかけるなとかいうんじゃないの?」
「お前の場合は、自分でなんとかしようとするだろう。誰にも頼らないで。だから、ちゃんと頼りなさい」

 うぐっ、と口ごもると尚志が笑って俺の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
 それはまるで今までなかった兄弟のふれあいのようで、何とも言えない気持ちになった。

「それ以上触らないでね。僕の番なんだから」
「……雪藤様は独占欲が強いタイプなんだな。何はともあれ、お前が無事でよかった」

 心配していたらしく、最初は啓生を警戒していたような尚志だが、どうやらほっとしたようだ。
 この間に啓生も尚志を見極めていたらしく、また今度話をしようと連絡先を渡していた。
 これが、光也や両親とかなら、俺は逃げ出していたかもしれない。ここで出会ったのが尚志で良かったとそう思える。
 尚志と別れてから、良かったねと啓生が言った。

「出会ったのが、お兄さんで良かったね」
「う、ん……あの、ごめん、なさい」
「え、何が?」
「その……すぐに紹介しなくて?」

 でもなんでそんな事で誤ってるのかはわからない。
 けど、俺が誤ったことに対して少し啓生は驚いていた様子だった。
 それが、なぜかはわからないけれど。
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