いつかの絶望と

屑籠

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 部屋から出た庵司は、はぁ、と息を吐きクソが、とつぶやいた。
 奨吾には見せないようなほの暗い顔をして、廊下を歩く。
 そのまま、リビングを出て、二階の彼の部屋へと向かう。
 部屋に着くなり、携帯を取り出して、連絡を取った。

「おい、どうなっている!?」
『いきなり連絡してきたなりなんだ』

 呆れたような声が聞こえてくるが、そんなことはどうでも良い。

「こっちに、藤塚優成が来ていたぞ?どうなっている?」
『……成程、そうか。その件に関しては、園田に確認しよう。要件はそれだけか?』
「奨吾の具合が悪くなった。二度と近づけるな」

 分かった、と言う声とともに通話は切れた。
 一人にするんじゃなかった、と大明地家のSPが居ることに安心して離れたのが間違いだったか。
 大明地の父に文句を言ったところで変わらないだろう。
 せっかくここまで回復したのだ、邪魔されたくない。園田にも、藤塚にも、大明地の一族にも。
 守るためなら利用するが、傷つけるのであればそれは敵だ。絶対に許さない。
 
「……奨吾は、何が食べれるかな」

 気持ちを切り替えるために、奨吾の事を考える。吐き戻していたから、重たい物も食べたくは無いだろう。
 取り合えず、携帯を放り出し、一階へと戻る。
 キッチンに立つと、初めの頃に作ったような野菜も何も形が無くなるぐらい煮込んだスープをコトコトと作り出す。
 まだ寝るような時間じゃないから、それほどの時間が経たずとも起きては来るだろう。
 起きた時に吐き戻した分、お腹が空いているかもしれない。
 奨吾の事を考えて行動する時、庵司は幸福感に包まれている。
 そもそも、幼いころから庵司は奨吾に執着していた。だからこそ、実は庵司の運命の番は奨吾だと思われていた。
 だが、奨吾はベータだった。そして、園田に出会った。彼が、庵司の運命の番。
 大人たちは、運命の番と一緒になることがアルファオメガの幸せで、アルファに執着されたベータは不幸だと言った。
 諦めろと言われて、奨吾を諦められるなら、庵司は奨吾に執着などしていない。
 そして、そもそも園田が運命の番だというのはわかるのに、彼を好きだと、愛していると思う事は無かった。
 だから、大明地家が出す課題に答え、園田との関係を諦めてもらい、奨吾を手に入れた。
 今、奨吾を甘やかして庵司だけの世界で、奨吾にずっとしたかった事を出来ているから、すごく充実している。
 奨吾も、庵司の腕の中で幸福を感じてくれればそれでいい。

「……庵司」

 暫くすると、ゆらゆらとしながら奨吾が起きてきた。
 呆然としながらこちらを見ているから、にっこりと笑って奨吾を手招く。
 ゆっくりと近づいてきた奨吾を抱きとめると、おはよ、とあやす。
 ぽんぽんっ、と背を叩けば、ほっと息を吐く。

「……何、作ってるんだ?」
「奨吾が食べれそうなもの」
「あっそ……風呂、入りたい……」

 先にさっぱりしたかったのか、そう言った奨吾。
 分かった、と奨吾をソファーに座らせながらパネルでお湯を張る。
 その間に作っていたスープを器に盛って、膝を抱えた奨吾の前に差し出す。
 食わなきゃダメか?と言うように見上げてきた奨吾へ苦笑する。

「お風呂入ってから食べるか?」
「……いらない」
「だが、腹減っているだろ?」

 まぁ、置いといて冷ますのもいいだろう。
 好きにしろ、と言って隣に座ると、どうするか迷っているのか視線を巡らせている。
 庵司は、奨吾の頭を抱き寄せて撫でた。

「あんまり、深く考えるなよ」
「……」

 その言葉に、奨吾は答えない。
 じっと、スープを見て、考え込んでいるようだ。
 ここで、庵司は藤塚の名前も出さない。園田の名前も。
 名前を出して考えさせるのも、思い出させるのもしたくない。
 そう、奨吾は庵司だけを覚えていればそれでいいのだ。
 少し経ってから、そっとスプーンに手を伸ばした奨吾。
 器を持ち、一口だけ口に含んだ。喉を動かし、飲み込むのを見届ける。
 食べ終わり、奨吾は庵司へと器を差し出した。

「俺に食べろと?」
「……」

 何も言わないが、そうなのだろう。いらないとの意思表示みたいなものだ。
 その器を受け取ると、音楽が鳴る。どうやらお風呂の湯張りが終わったらしい。
 器の中身を飲み干し、机に置くと、奨吾を連れて風呂場へと行く。
 あ、と奨吾が気が付いた時には庵司も服を脱ぎ終わっていた。

「何で、一緒に?」
「何でって……奨吾が風呂に入りたいと言ったんだろう?」

 最近は一人で入っていたのに、と驚いた顔をしている。
 
「まぁ、細かいことは気にするな。入るぞ」

 庵司に手を引かれて中に入る。
 奨吾は、椅子に座らされ、ここに来た時と同じように庵司がその体を洗う。
 その時よりも体は健康に近づいたからか、庵司に触られるたびに体が跳ねる。

「……元気にはなったみたいだな」

 そっと、庵司の手が奨吾の物に触れた。
 奨吾は焦ってその手を引きはがそうとする。

「ちょ、まっ」

 にやり、と庵司は笑い、立ち上がり始めていた奨吾の陰茎を握った。

「んぅっ!!」
「いいから、任せておけ」

 何がいいのか全く分からない。
 庵司の手から逃れようにも、庵司の方が力も強くそれが叶わない。
 それに、庵司の指がいいところを擦るたびに力が抜ける。

「んっ、あっ、あっ!」
「出しちまえ」

 ぐちっ、と鈴口を擦られれば、びくびくと体が震え、白濁が吐き出される。
 はっ、はっ、と息を吐き、整えている間に庵司が体を洗い終えてしまう。
 そのまま浴槽の中へと促され、奨吾は逆らわずに浴槽の中に入った。
 庵司もさっさと洗って中に入ってきた。
 あの時のように抱きしめようとしてきた庵司に逆らって反対側へと背を付ける。
 まぁ、いいか、と庵司は浴槽の淵へと両腕をかけて天を仰ぐ。
 警戒したように身を縮めながらそれでも奨吾は逃げようとしない。

「庵司……」
「何だ?もういいのか?」
「……あぁ」

 ざばっ、と湯船から上がると、お湯を抜く。
 庵司に何もかもをお世話されて着替えると、そのままリビングへと戻る。
 さっぱりした気分の奨吾に、庵司はレモン水を差し出した。
 そのレモン水を奨吾はゆっくりと飲み干す。
 
「そろそろ寝るか」
「……眠くない」
「嘘つけ」

 ぶすっとした顔をする奨吾を抱え、庵司は奨吾の部屋へとむかった。
 奨吾をベッドに寝かせると、おやすみ、と言って出ていこうとする。
 そんな庵司の腕を奨吾は掴んだ。

「奨吾?」
「……庵司、眠れない」

 ある程度寝て、風呂に入って回復してしまえば、考えるなと言う方が無理な話で、昼間に会った藤塚の事をいやでも考えてしまう。
 どんな理由でもいい、側にいてほしかった。
 怖くて、目を閉じればあの頃の事を思い出してしまいそうで。
 
「……ほら、そっちつめろ」

 ベッドの端に体を寄せると、庵司がその隙間へと入ってくる。
 
「途中でどっか行くなよ」
「わかってるって、安心しろ」

 ほら、寝ろと庵司は奨吾を抱きしめて布団をかぶる。
 同じ体温で、ほっと息を吐く。どくっどくっ、と力強い音が聞こえてきて、これなら、と目を閉じた。
 奨吾が目を閉じてしばらくすると、庵司の耳には奨吾の寝息が聞こえてくる。
 庵司は、抱きしめながらはぁ、と息を吐く。
 奨吾があまり眠れていないのはわかっていた。どうすれば眠れるのか、なんて庵司には分からなかったけれど、側に居ない方がいいと思っていた。
 でも、奨吾が一緒に居ることで安心して眠れるようになるのならば、最初から一緒に眠ればよかった。
 ここに来た最初に一緒に眠っていたとしたら、奨吾はここまで庵司を信用したのだろうか?
 それは分からない。
  庵司は、奨吾を抱えなおして目を閉じた。

 暫くすると、庵司は奨吾の悲鳴で目が覚めた。

「あっ、うぁ、あ……」
「奨吾?」
「あ……、あん、じ?」

 ぼんやりした顔で奨吾は庵司の方を見た。
 ガタガタと震え、頭を抱えていた奨吾。庵司はそんな奨吾を寝る前のように抱きしめた。

「まだ夜だ。寝るぞ、奨吾」
「だ、って……だって、俺、俺はっ!」

 ぼろぼろと涙を流す奨吾を抱きしめ、大丈夫、とその背を撫でた。
 泣き疲れたのか、そのまま奨吾は眠ってしまう。
 庵司はそんな奨吾の様子に、何とも言えなくなる。あの頃の奨吾は庵司が居たからベータの友人もあまりできなかった。
 唯一出来た友達である藤塚にも裏切られている。
 まぁ、裏切りとはまた違うのかもしれないけれど、それでも奨吾は藤塚のアレを裏切りととらえた。藤塚にそんな気は全くなかったとしても。
 園田の家が処理すると言っていたから、藤塚については放っておいたのに、奨吾に執着しているとなれば厄介だ。
 奨吾の世界は自分だけでいいのに、他の人間がまだ奨吾の中にとりついているのが気に入らない。
 庵司は、忌々しいとつぶやいて目を閉じた。
 朝起きてみると、奨吾はその夜の事を何も覚えていなかった。
 寝てる間の夢、みたいなものだったのだろう。
 よくねた、とボソボソつぶやいている奨吾の声を聞いて、眠れたということは眠れたのか、と庵司は少し安堵した。

「今日の調子はどうだ?なんか食えそう?」
「……少し、だけ」
「そっか、じゃあ簡単になんか作るわ」

 ぐぐっ、と体を伸ばし、朝食づくりに向かう庵司。
 奨吾ものそのそと後をついてきた。
 何もすることが無いからか、奨吾はテレビの電源を入れ、ぼんやりとそれを眺めている。
 ニュースや、動物の動画、様々切り替わっているが奨吾の表情はあまり動かない。

「奨吾、出来たぞ」
「ん……」

 ぼんやりとしたまま移動してくるけれど、その顔に生気は無い。
 朝が苦手なのか、どうなのか。

「庵司……多い」
「食える分だけ食えばいいだろ?」

 それでも、一般的な食事の量よりは大分少ないのだけれど。
 奨吾はいただきます、と気が重そうに言うともそもそと朝食に手を付け始めた。
 とはいっても、それなりに手を付けてごちそうさまでした、と食事を終わらせてしまったのだが。
 昨日よりは食べているので良しとしよう。

「でも……散歩に行くんじゃないのか?」
「行きたい?」

 日々のルーティンみたいなものの散歩に行くと思っているのか。
 行きたいか聞けば、奨吾は首を横に振った。昨日の事もあり、外に出たくはないのだろう。

「だろうな。今日は家でのんびりする予定」
「そうか……」

 どこかホッとしたような奨吾。
 庵司は、今日の予定を立て始めた。
 とはいっても、いつ昼寝していつご飯を食べて、なんてざっくりした予定だけれど。
 まぁ、雨の日もこんな風に家で過ごすのだけれど。

「奨吾、パソコン使ってみる?」
「いいのかっ!?」

 分かりやすく奨吾の顔が明るく輝いて、きらきらと笑う。
 趣味としても暇つぶしとしても、それなりにPC関係は好きなのだろう。
 いや、PC関係が好きなのではなくて、音楽関係が好きなのかもしれないけれど。

「わかった。でも、俺がもうやめって言ったら終わり。あとちょっともなし。出来る?」
「出来るっ!やる!」

 それじゃあ、と物理的なシールドを開けるカギを手に持って部屋へと戻る。
 ワクワクとした顔で、奨吾が後をついてきた。
 シールドのカギを外すと、一目散に奨吾はパソコンの配線を確認して電源を付ける。
 立ち上がったパソコンで、動画サイトにアクセスしたりと、いろいろと目まぐるしい。
 庵司は苦笑し、しばらくは良いか、と自分も仕事をすることにした。
 仕事、と言ってもそんなに大したことはない。庵司の父の会社からの下請けみたいなものだ。
 会社の関係で、海外との取引もある。面倒なことだ。
 新曲を使ったCMは今日から放送開始で、契約のある番組で流れることになっている。
 今回のCMもいい出来だと、内々の評価は貰っていた。
 実際に一回目が放送された後なのだろう、少しずつコメントがネット上に上がっているが、どれもが好評のようで何より。

「っと、そろそろ昼食の準備か」

 庵司は、そういうとパソコンを閉じて立ち上がった。
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