君が望んだ終焉の果てに

屑籠

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魔王城 現代

2 終わり。

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 暫く城で過ごしていると、バァン、と派手な音を立てて部屋の扉が開いた。

「お前が今の魔王だなっ!?その座をかけて勝負しろ!!」

 阿呆がやってきた、とオビトは溜息を吐く。
 とりあえず、自室で戦闘になどなりたくないので、さくっとまとめて応接間へと移動した。
 応接間はよく、勇者として人間が送り込んでくる刺客と戦うために、魔法耐性など考えられて作られている。
 まぁ、負けるわけないんだけど。
 椅子に座りながら、それで、とひじ掛けに肘をついて尋ねる。

「なんだっけ?」
「なっ!?」
「俺が、魔王?だっけ?確かにこの城の主ではあるけど、俺は魔王じゃないし、魔王は死んだ。俺が、殺した」

 あの魔王以降の魔王を、オビトは認めていない。
 魔王を任命した方が良いのだろうか?と考えるが、その答えは出ない。

「あの魔王を殺したなら、アンタが魔王だろ!?じゃあ、オレと勝負しろっ!!」

 そうして、彼は火の玉を作り出し、投げてきた。
 はぁ、とつまらなさそうに溜息を吐くと、その火球を手で振り払いかき消す。

「あつっ」

 ただ、それだけで済んでしまうのだから驚きだ。

「魔王の血を引く、そういうおばかさんたちは片づけたと思ったんだけどな……どっから生まれたのやら」
「誰がバカだっ!!俺はっ」
「困るなぁ、彼への謁見は、四天竜王を通してもらわないと。親父たちがうるさいんだよねぇ」

 東の王子に似ているが、違う。
 だが、オビトは彼にも見覚えがあった。

「西の、お前が何で居る?」
「俺も、王様に挨拶しておこうと思って。そろそろ代替わりだし?」

 東のより、少し長く付き合いのある西の竜王子は、ふふっ、と笑う。
 西のはそんなに年を取っただろうか?と考えるが、どれほど彼と同じ時を過ごしたのか記憶にない。
 代替わり、それが済んでしまえば、また知り合いを失うことになる。生まれては、死んでいく彼らを見てもう、年を考えるのも止めてしまった。

「そうか、もうそんな時期か」
「そうそう。親父も張り切っちゃって」
「張り切ることなのか?」
「まぁ、ほら、俺たちは竜だから」
「あっそ……」

 そうして、話していると、顔を真っ赤に染めて叫びだした。

「俺を無視して話してんじゃねぇっ!!」
「いやだって、君弱すぎて話にならないし、この人を倒せる人なんてこの世界に居ないし、そもそも、魔王の血を受け継いでいるって言ったって、それ本当に微々たるものでしょ?だから君の親はその血をあきらめたんだし、いい加減、分かりなよ」

 ひどく冷たい目をする西の。
 竜たちは本当にオビトを崇拝してくれている。それこそ、世界の仕組みを理解しているからだというのはわかるけれども。
 オビトも魔王も、竜たちにとってはとても大切な存在だったのだから。
 
「……潰してしまえば、そんな馬鹿なことを言い出す奴も居なくなるかな」

 死なない上に、負けるわけもないオビトは、まるでちょっとお買い物いってくるかな?ぐらいのテンションでそう言った。
 姉を殺した相手は、これ以上被害が出ないようにこの手で始末したのだが。

「それ、俺たちも含まれるんだけど」
「……そうだった」

 竜は竜という生物で、魔王と関係なんてあまり気にしていなかった。
 次の魔王は、竜族から選ぶのもいいかもしれない、と考える。
 だが、魔王となったら常に狙われる可能性が付き纏う。それを、お気に入りである彼らが負うのは少し気が引けた。

「さて、どうしようかな?」

 この馬鹿を、とオビトは座りながら頭を悩ませた。
 放っておいても、無駄に抵抗してくるだろう。いっそ、殺してしまった方が静かで楽なのだが。

「……そうね、俺が引き取ろうか?」
「いいのか?面倒臭くね?」
「いいよいいよ、竜族の集落に連れてけば大人しくなるでしょ」

 まぁ、そうだな、と西のに任せることにした。
 生まれたばかりの竜でさえ、彼らより強いだろう。
 井の中の蛙、だったのかもしれないが、大海がどれほどのものか思い知ることになるだろう。
 それに、竜族の中に居れば彼は幸せかもしれない。彼みたいなのは、西の竜族には好かれるだろうから。

「じゃあ、任せる」
「任された 。ついでに、お仲間さん達も連れて行きたいから、集団で転移させてくれるとありがたいんだけど」
「あぁ、分かった」

 ぱちんっ、と指を鳴らせば彼らの足元に転移魔法陣が浮かび上がる。
 突然のことに動けない彼らとは違い、その魔法陣に移動する西の王子。

「じゃあ、またね」
「あぁ、元気でな」

 それだけを言えば、彼らは騒がしさを連れて消えてしまった。
 はぁ、と溜息を吐き、椅子に沈む。初めて会った彼もこの椅子に座っていたと、ふと思い出す。
 大きくて、威圧感があった。でも、それでも惹かれた。大好きな人、理屈じゃ言い表せれない人。
 
 ーーさびしい……

 素直に、そう思った。
 だが、感傷に浸っている暇もなく、応接間の外が騒がしくなった。
 今日は予定外の客が多い日だ、とオビトは深々と椅子に腰を掛ける。
 ここかっ!と言う声が聞こえ、扉が開く。
 少年と、そのパーティメンバーたち。これが世に言う、勇者と愉快な仲間たちとでもいうのか。

「人の世にあだ名す魔王っ!この俺が成敗してくれる!!」

 すげーっ、頑張ってるなぁ、とオビトは孫でも見るような目で彼らを見ていた。
 実際には、まぁ血のつながりは無いけれど、彼らの何倍も年なのだから仕方がない。
 ん?と彼が手にしている剣に目を向けた。

「ふっ、ははっ、送り返してあげようかと思ったけど、やっぱやめた」

 数十年前に東の王子に持って行かせた神の剣だ。
 それを手にして、使えるということは、彼はそういう事なのだろう。
 唐突に、その仕組みを理解した。

「何を、笑っている?」
「いや……人間の無知っていうものはすごいなって思って」
「馬鹿にしやがって」

 振りかぶってきた剣を、魔王の魔石を埋め込んだ剣で受け止めた。
 あぁ、ちゃんと使えるみたいだ、と本当にホッとした。
 自分が死ねば、次の柱はこの子になるのかもしれない。
 それは残酷な定めだろう、と理解はしても、自分がこれ以上この世界に存在しなくても良いこと、魔王の側に行けることを考え、天秤に乗せると傾くのは必然と片方だ。
 適当に彼らの攻撃を受け流しながら、伝達魔法で方々へと思念を飛ばす。
 一対五だというのに、増えすぎた魔力も、経験値も彼らが自分に遠く及ばないことを伝えてくる。

「ねぇ、勇者くん」
「何だ魔王っ!」

 剣を交える間に、問う。

「世界は、君にとって優しいかい?」
「何を、言ってる?」
「俺にとって世界は、優しいものではなかったよ」

 魔王?と彼は怪訝な目をし、オビトから距離を取る。
 やる気をなくしたように、オビトは剣を下す。

「残酷で、俺を傷つけるばかりで……知ってるかい?俺は魔王じゃない。君と同じ、資格を持つものだった」
「魔王の戯言なんて聞いちゃだめですっ!!」
「あっははっ!戯言だと思うのか?まぁ、何千年も昔だと人間には分からないだろうけど……俺も人間だった」

 彼らが驚いているのが見える。
 それはそうだろう、魔族の王だと思っていたのだろうから、そりゃ魔族だと思うだろう。
 まぁ、元人間と言うだけで会って、今はそのどれでもなく、柱なのだが。

「オビト、それが俺の名前……オビト、昔の言葉で、生贄っていう意味。君の名前も、そうなんじゃないかな?」

 勇者は、驚き、息をのむ。
 オビトの話がその通りだったのだろう。
 この世界のための生贄として選ばれる、それが最初の呪い。名前と言う縛り。

「君は、この世界の生贄になることに、ためらいは無いか?俺は……運命をこの手で殺すことを選んだよ」

 だから、とオビトは剣を握り直し、彼に向き直る。
 そして、その剣を勇者へと向けた。他の人間なんて、視界に入っていない。

「だから、君も選んで。この世界のための生贄になるか、今俺に殺されるか」
「なにを、言ってる、んだ」
「勇者っ!!」

 仲間が声を上げ、攻撃を放ってくるけれど、それはオビトに交わされてしまう。
 飛んできたオビトを、勇者が受け止める。
 彼は間違いなく、この世界の生贄となるだろう、柱と言う、この世界を支えるための。
 その切っ先が、オビトの体をとらえる。

「ぐっ、ふ……」

 神の剣が、オビトの体を貫く。ごふっ!と口から血が飛び出してくる。
 その血が赤くて、まだここに人間らしいところがあったのか、と口角が上がった。
 そっと、自分を貫いた勇者を抱きしめて、耳元でありがとう、とささやいた。
 そして、ごめん、と心の中で思い、その体を離し、その頭をそっとなでる。

「やっ、と、いける……」

 そっと、魔王の剣を抱きしめて目を閉じた。

 目を閉じ、魂が体から抜け落ちる感覚があった。
 でも、あぁ、迎えには来てくれなかったのか、と真っ暗な闇の中で少し残念に思う。
 魔王は、生まれ変わってしまったのかもしれない、と。
 でも、いい。あの人が生きているのなら。

『……ト』

 誰かが名前を呼ぶ。

『オ……ト』

 聞き覚えのある声だ。

『オビト』

 そっと、触れられる熱に目を開いたオビトは、目の前に懐かしい顔を見つけた。

「ま、おう……っ」
『オビト、待たせたね』

 ようやく、迎えに来れたと魔王は笑う。
 オビトはぼたぼたと目から涙が零れ落ちるのを感じた。

「おそ……っ、遅いよっ」

 ひっく、としゃくりが上がる。
 ぼろぼろと流れる涙は止まらず、何もかもを放り出して魔王の体に抱き着いた。
 抱きしめられる魔王の体は、転生しておらず魂のままの姿なのだろう。

「おれっ、一人で、ずっと、ひとりで、まってたのにっ!!」
『うん、ごめんね。もう、大丈夫。もう、離れたりしないから』

 ずっと、一緒だよ、と笑う魔王にうゎあああああっ!とオビトは声を上げて泣いた。
 気が付けば、周りに人が増えている気がする。
 
『遅かったではないか、オビト殿』
『我らも、退屈しておりましたぞ』

 そう、竜たちが口々に言う。
 あぁ、懐かしい顔ぶれだと笑った。生まれては消えていった、儚い命たち。その多くを祝福してきた。
 魔王は、彼らと再会をし、幸せそうなオビトを抱き上げ、そして、光の方へ進む。

『神が言っていた。君が望んだ終焉の果てに、永久なる幸福があらんことを、と』

 たくさん生きたね、お疲れさま……。

 そう、聞こえてきた気がした。


END
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