君が望んだ終焉の果てに

屑籠

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魔王城 現代

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「はっ、っ、は……っ」

 目を覚まし、飛び上がる。
 そこは先ほどまでいた、魔王の居室だ。
 夢、か……とバクバク早く鼓動を打つ心臓を抑える。
 ふぁさり、と赤茶けた何の変哲もない長い髪が頬を擽った。
 その髪の毛を見て、手に取り、目を見張る。

「なん、で……ぅ、うぅ……」

 オビトは頭痛を感じ、頭を抱えた。
 つぅーっ、と一筋涙がこぼれる。
 頭痛が収まる頃、あぁ、そうだったと、オビトは思い出す。

「全部、ゆめ……いいや、過去だ」

 オビトは、勇者だった。
 最初の、勇者だった。いいや、魔王を殺す資格を有する者、有者、だった。
 貴族の末子でありながら、その親に嫌われ、田舎で姉に育てられた。
 そう、夢の通りに。姉には、幸せになってもらいたかった。だから、勇者を生んだ。夢だから。
 そして、村の人間を魔王の血を分けた者に皆殺しにされ、そして、勇者として魔王城に向かった。
 神から、魔王を殺すことのできる剣を授かって。魔王の血を授けられた者たちも、普通の剣ではなかなか死なない。
 だから、神の剣は、魔王討伐に必須のアイテムとなっていた。
 魔王に従う者、魔王を憎むもの、廃そうとするもの、その者たちそれぞれの思惑により、仲間を得て、失った。
 この世界には、ダンジョンなんてものはない。あれがあるのは、あの世界、夢の世界だけ。壊れてしまった、あの世界だけ。
 彼らは、魔王の部下たちであり、またオビトの仲間達や協力者たちであった。

 グレハスで出会ったサルジュは、最初の中まで、オビトに嫉妬して魔王についたファニアと共倒れになった。
 ファニアは本当にサルジュを愛していて、ずっと一緒に居たかった、と涙していたっけ。
 サルジュは最後、笑っていた。オビトに惹かれる心とは違うところで、ファニアを愛していたからだろう。
 だから、あの世界ではファニアとサルジュに幸せになってほしかった。オビトに惹かれて何か欲しくなかった。
 一緒に旅だって、したくなかった……彼らの命が目の前で失われていくことに、耐えられないから。

「魂は、巡るもの、だから……」

 次の街で出会ったフラムドとリオン。彼らは、魔王派ではあったけれど、それほど敵対しているわけでもなく、フラムドに関しては友好的だった気もする。
 ずっと、ずっと……リオンが、勇者に肩入れするなと言っても、尚。
 敵対して攻撃してくるわけではない彼らに剣を向けることは難しく、毎回、友達と別れるような別れ方をしていた。
 懐かしい、と思いつつベッドの上から降りてカーテンを開ける。
 空を見上げれば、夜空に月が輝いていた。

「いつ、戻ってくる……?」

 どれだけ眠っていたのだろうか?
 ゴーレムたちが崩れかけている。
 ぎっぎっ、と悲し気な音を立てて動くゴーレムに、苦笑すると、ぱちんっ、と指を鳴らす。
 すると、修復の魔法がこの魔王城一帯に施されて見る見るうちに、建物もゴーレムたちも元通りになっていく。

「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、メイ……どれだけ、俺は眠ってた?」
「数百年ほどでしょうか?私も途中から壊れていたため、正確にはわかりません」

 そうだった、と苦笑する。さすがに、壊れていた間、時は刻めない。
 まぁ、今がどれだけの時間がたってようと、関係は無いのかもしれないけれど。

「そう……ずいぶん眠っていたみたいだ」
「はい。お食事をご用意しますか?」

 よろしく、と言えばかしこまりましたと部屋を出ていく。
 動くたびに髪の毛が揺れるが、切る気にはなれなかった。
 この魔王城で待ち構えていたのは、寂しそうに笑う一人の男。
 それが、魔王だった。
 殺してくれと、笑う魔王は、意味が分からなかった。
 今ならその意味が分かる。途方もない時間を過ごすのはすごく退屈で、苦痛だ。
 そんな魔王に、少しだけ興味がわいて話をした。
 短い間なのに、魔王もオビトも互いに恋をした。運命なんて言葉があるのならば、彼がそうだったのだろうと。なんて、残酷な世界だと泣いた。
 死にたいと願った魔王と、一度だけ、交わったオビトは、魔王の背から自分を神の剣で貫く。

『ありがとう』

 そう、泣きながら笑って、砂になって消えていく魔王。
 さよなら、とキスをして、痛みに目を閉じたオビト。
 気が付けば、オビトはベッドの上で眠っていた。
 魔王の、愛した人のいない世界で。
 その時に、神の声を聴いた。
 この世界は不完全で、不安定だ。だから、世界を支える柱が必要なのだと。
 その柱が魔王だった。魔王を失った世界は崩れ去りそうになり、魔王を殺したオビトが次の柱として世界の要となった。
 くそったれっ!!とどれだけ叫んでも、神には届かない。
 どれだけ神を憎もうとも、恨もうとも、自分は死ぬことができない。
 魔王の、望みを叶えられたとはいえ、その後を追う事すら許されない世界に絶望した。

 神は絶望で世界を黒く染め上げるオビトに、もう一度だけ降り立ち告げる。
 
 神殿にお告げをした、と。
 
 神卸の器を作るように。
 
 だが、それは魔王や自分と同じ存在を作るだけだとオビトは激怒する。
 この世界の作りがそもそもおかしいのだと。
 たった一人に頼らなければ崩れてしまう世界など、崩れてしまえ、と。
 そうすると、オビトの魂も、魔王の魂も報われないままどこにも行けなくなってしまう、と神は言う。
 それをどうにかするのが神ではないのか?
 オビトはただ、好きな人と共に生きて死ねる世界が欲しいだけだったのに。
 泣き続けるオビトへ、神は考えると言って去っていった。

 それからずっと、髪は切らずにいる。どれだけの時間が流れたのか、それで知ることができるから。
 さすがに長すぎるので、ゴーレムが髪を結ってくれるが。
 世界は、竜王の子孫が納めてくれている。魔物や魔族の方だけだが。本当は、魔王の後継であるオビトがすべきことなのだろうが、オビトには魔王となる気はさらさらなかった。オビトにとっての魔王はただ一人だけだったから。
 人間の国は分からない。こちら側が関与する問題ではないから。
 
「ん?侵入者?」

 ぴくっ、と反応したオビトは神の剣と、それから魔王が残した魔石を埋め込んだ魔剣を携えて、反応があった方へ飛ぶ。
 この世界随一の魔力を持つオビトは一瞬で移動することができた。

「人の子、か」

 オビトも元々は人の子で、魔王もまた、相性が良かっただけのただの人だった。
 彼らは、魔王討伐に来たのだろうか?また、神は同じ過ちを繰り返そうとしているのか。
 はぁ、と溜息を吐きたくなる。
 時折、魔王城には人の国が差し向けてくる勇者が侵入しようとしていた。
 昔、オビトも同じことをしたから文句は言えないのだけれど。

「人の子、何故この森に立ち入ろうとする?」

 木の上から彼らを見下ろしてみれば、驚いたように騎士風の男が声を上げる。
 そもそも、勇者御一行と言うよりは、騎士団と言った方がいい気がする装備だ。

「何者だっ!?っ、人間、か?」
「俺は……人間ではない」

 もう、人間の範疇を超えているだろう。
 そもそも、死なない人間などいない。
 人は、いずれ死ぬものだ。

「では、魔族かっ!」
「魔族でもないな。魔物でもない」

 魔を帯びるものの長、ではあるのかもしれない。
 だが、神の剣が健在な今、オビトはゆうしゃ、でもあった。

「……貴様、我々を揶揄っているのか?」
「揶揄ってなどいない。ただ、そうだな、うまい言葉が見当たらない」
「何を言っている!?」

 はぁ、と溜息を吐くオビトは、久しぶりの会話につかれてしまった。
 自分の説明能力が不足しているのが問題なのだが、それ以前に彼らと交流を持つという目的もないからだ。
 パチンっ、と指を鳴らせば、彼らの足元に魔法陣が浮き上がる。

「君たちのいるべき場所に。ここには来ない方がいい。何にも気づかなければ、世界は優しいままなのだから」

 彼らの一番なじみのある場所へと彼らを飛ばした。
 人であるならば、人のまま、生きて死ねたら、それは何よりの幸福だ、と今は思う。
 好きな人と同じ時を刻み、老いて死ぬことの、何と幸福なことかと。
 くそったれな神も、この世界の仕組みも、全部、知らなくていいことだ。
 彼らが去ったあと、城に戻ろうとした頭上を一羽の竜が飛行する。

「起きたのか、魔王」
「俺は魔王じゃない」

 起き抜け早々にいろいろな事が重なりすぎると、息を吐く。
 竜族は長命な分、オビトと同じだけの時間を過ごしていたことを思い出す。
 寝る前と顔ぶれはそんなに変わっていないだろう。
 まぁ、竜族には積極的に人間にからもうとする変な奴も多いけれど。
 帰るか、とオビトは竜の言葉を無視して城へと飛ぶ。
 部屋に戻ると、タイミングよくぐぅっ、とお腹が鳴る。

「おかえりなさいませ、ご主人様。お食事は少し冷めてしまいましたが」
「いや……頂く」

 料理が置いてある机の前の椅子に腰を掛けると、いただきますとスプーンを取った。

「ところでご主人様、東の竜王子がいらっしゃっておりますが?」
「適当に追い返せ」

 スープを掬うと、口に含む。
 懐かしい味がする。ゴーレムだけれど、シェフの腕は相変わらずのようで何よりだった。

「かしこまりました」
「おいおいおい、ひどくね?ご機嫌伺に来てやったっていうのにさぁっ!!」
「うるさいな、食事中に」

 いつの間にか入ってきたのか、東の竜王の息子は、オビトの前の席に座ってひでぇひでぇと騒ぐ。
 これが幼いころからオビトは知っているが、幼いころからうるさい竜だったな、と思い出す。
 東の竜王は寡黙な竜なのだが。

「親父が、アンタが目覚めたみたいだから、見て来いっていうから見に来たんだぜ?」
「そうか、俺の顔が見れただろ?帰るドアはあそこだ」
「だから追い出そうとすんなっつうのっ!」

 まだ居座るのか、と言った目で見ると、用事があるんだってのっ!と机を叩いた。

「用事?」
「あぁ、親父から聞いた話でまだ俺も見に行ってないけど、南の竜王さんの所に子供が産まれるらしい」

 竜族の子供はできにくい。
 彼らが産まれるたび、時代が育つたび、祝いをしていた。
 それに、竜王は魔王の眷属であったから。

「そうか……また、随分と寝てたみたいだな」

 夢の世界が崩壊しなければ、まだまだ、目を覚さなかっただろうけれど。
 オビトは、南の竜王への祝いをどうするか、と考える。
 
「まぁ?俺が成体へと変化する前に目覚めてくれてよかったよ」
「何で?お前が別に成長しようがしまいが俺には関係ない」
「あら冷たい」

 幼いころからこの竜を見ているけれど、愉快な性格をしている。
 東の竜は、何というか愉快な性格が多い。
 南の竜は陽気だ。
 
「東のは、どうなんだ?」
「親父?元気よ元気。何で年寄りのくせにあんな元気なのか聞きたいぐらい元気だわ。まぁ、アンタよりは若いだろうけど」
「……世界は?」
「文明が進んでは、衰退してあんまり変わってねぇな」

 そうか、とつぶやく。
 オビトの本来生きていた時代よりも何千年も後の時代だというのに、人はあまり進化していないらしい。

「一度滅んだからな、それから比べると大分発展した方じゃねえの?」
「……人間っていうのは、いつの時代も変わらない」

 どうしようもないくらい、代り映えが無い。
 こんな世界の柱を、どうして魔王はしていたのか。
 それでも、愛しいと思っていたのか。
 そんなこと、分かりはしないけれど。

「そう言えば、あの一団がまた行動し始めてるよ」
「……面倒な」

 はぁ、と溜息を吐くオビト。
 あの一団とは、夢でも出てきていた話、魔王の血を引いた一族の事。
 我こそが、魔王の真なる後継だと言ってオビトを狙っている。
 死なないからこそ、面倒だと思う。
 竜族など、魔王に近い物だったら分かっているのに、どうして彼らは理解しないのだと、呆れるしかない。

「どれだけ高らかに叫ぼうとも、魔王の血をその身に受けていようとも、アイツらはただのまがい物なのにな」
「……いっそ、人間に対処させるか」

 相手にするのも面倒になってきていたオビトは、神の剣を持ち、それを東の竜王子に投げて渡した。

「うっわ、あっぶな」
「それを、聖都のど真ん中にぶっさしてこい」
「竜使い粗ぁ……なに?勇者でも募ろうっての?」
「それが使える人間が居ればな」

 神の剣は、持ち主以外には使えない。
 今、東の竜王子がオビトをその剣で切り付けたとて、怪我一つ負わせることなどできない。
 オビトが使えば、それこそ切れないモノは、自分以外に失くなってしまうぐらい危ないものではあるのだが。

「まぁ、ほぼほぼ魔法で何とか出来ちゃうあんたに、正直剣二本もいらないよね」
「……それだけ、俺より弱い奴が多いってだけだろ」

 オビトは、決して自分が強いなんて思っちゃいない。
 自分より強い奴は必ずいると思っている。それに、オビトは戦ったわけではないが、魔王には適わないと思っていた。
 あの人は、オビトよりずっとずっと強い人だったから。

「アンタの強さの基準ってわっかんねぇわ。まぁ、頼まれた。聖都ねぇ……今、廃墟だけどいいの?」
「廃墟……?教会はどうなったんだ?」
「何年前だったかな?革命が起こって、教会は権力を失ったよ」

 オビトが人として生きていた時代、教会と言うのは人々の心のよりどころであった。
 それに、オビトが神の剣を受け取った場所も、教会である。
 だが、廃墟に人は向かうだろうか?

「……まぁ、良いだろ。どうせなら、その廃墟の一番目立つ場所にでもぶっさしてこい」
「はいはい。で、アンタはどうするの?また寝るの?」
「いや……今のところ、眠気は無い。それに……世界を作り直さなければいけないからな」
「夢の世界ってやつね。正直よくわかんねぇけど」

 じゃあね、と東のは帰っていった。
 久しぶりの起床と同時に、あまりにもたくさん喋った気がする。
 やっと、落ち着ける、と思った時には喉が痛みを覚えていた。
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