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二章 宗弘×成弥
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「そう緊張しないでよ。さぁ、座って? 僕とお話しよう」
座って、と指定されたところには椅子が一脚置いてある。
チラリと彼のそばに控えていた人を見ると、ゆっくりと頷くので、ため息を押し殺して椅子に座った。
「君は、王家に嫁ぐことをどう思ってる?」
突然の言葉に、驚く。
何を答えても、不敬に当たりそうで口を開くことができない。
「この国の王族、それも直系のアルファは特別でね」
あ、とそれは王太子に聞きたかった話。
「直系のアルファには、運命の番がいない。そう、言い伝えられているんだ」
「え……?」
王族のアルファには、運命の番がいない。それは、王族であれば誰だって知っている。
そう、教えられる。別に知りたくはないけれど、基礎知識として。
よくよく考えてみれば、そんなことを教える必要なんてどこにもない。
「でも、それは嘘っぱち。だって、現に僕は彼の方の運命で、だからこうしてここに捉えられてる」
彼の方、と言うのは王太子のことなのか? すごく嫌な汗がダラダラと背筋を流れる。
「でも、僕は王族の血筋でもなんでもないから、番にすることも、子供を産ませる事もできないんだって……酷いよね」
王族でも、ないから?
「手放せない、けれど番にもできない。贅沢で、わがままだと思わない?」
「……あなたは、ずっとここに囚われているんですか?」
窓の外を見れば、陰鬱とした森が広がっている。
使用人以外の人も見当たらない。
こんな場所に、ずっと囚われているなんて。
「そう……あの人に出会った時から、ずっと。出会わなければ良かったなんて、何度思っただろう? あの人は、ここに僕の様子を見にくるくせに、僕の発情期も捨て置いて、違うオメガを抱いているんだろう? 僕には……僕にはなんの問題もないって言うのに、僕には子供を産む機会さえ与えられなかった」
死ぬことすら許されない、酷いよね、と彼は、泣いていた。
それでも、口元には笑みを描き、どう思う?と、問いかける。
「あなたは、自由になりたいんですか?」
「そうだね……僕は、多少なりとも自由も人脈もある。それは少しずつ築いてきたものだけれど、ここから外に出ることも叶わない……君は、そんな彼らに囚われる覚悟はあるかい?」
使用人たちは彼を痛ましそうな顔をしてみるけれど、彼を自由にすることはできないのだろう。目を逸らすばかり。
「俺は……」
俺には、そんな覚悟はない、そう答えようとして、背後の扉が乱暴に開いた。
「彼を、勝手に連れて行かれては困ります、蓮也様」
「意外に早い登場だったね、王太子殿下?」
息を切らして駆け込んできた王太子に、成弥は囚われた。
驚いて、目を見開く成弥とは裏腹に、王太子は彼を睨みつけている。
「蓮也様、悪戯が過ぎます」
「おや? 僕はただ、何も知らなさそうな彼が、自由になりたいのであれば、自由にしてあげようと思っただけだよ」
「成弥にはゆっくりと教えていくつもりですので、ご心配なく」
「そう? けれど、彼には教えたくないんじゃないの? 彼は、何も知らない様子だったけど」
「父と俺は違う!」
「どうだか……」
険悪な雰囲気の二人に、どうしていいのか、わからなくなる。
父とは違う、蓮也は国王の運命なのだろうと、唐突に理解した。
だからこそ、敬語を使い、敬っているのだろう。
「私が王になれば、その時あなたは解放されるでしょう……貴方が望んだ解放かどうかは知りませんが」
「……解放されたって、僕に君の母親と同じアルファを共有しろと言っているの? それとも……本当にあの男から、解放してくれるっていうの?」
「それは、その時になればわかるでしょう」
「結局君たちは、肝心なことは何も教えてはくれない」
「未来はわからないからこそ、意味があると言うものです」
「意味なんていらないから、僕は結果が欲しいのに」
もういいや、と興味を無くしたように出ていけ、と蓮也が手を振った。
王太子は、それに従うように部屋を出た。もちろん、成弥を連れて。
「申し訳ありませんでした、殿下」
車で頭を下げているのは、ここまで成弥を連れてきた運転手であった。
「今回は、害がなかったから良かった。でも、次はない」
「……彼の方も可哀想な方なのです。ご理解ください」
「それは、父にいうべきだ。俺の大切な子を、さらっていい理由にはならないよ」
それだけ言うと、王太子が乗ってきただろう車に一緒に乗り込んだ。
そして、はぁ、と息を吐いた彼は成弥をより一層抱き締める。
「もし、君に何かあったらって思ったら、居ても立っても居られなかったよ」
良かったと安堵している王太子。
だが、成弥は彼に出会ったことで、考えてしまう。
本当に、自分が王太子の番になっていいものか。一般的に、アルファは番関係を破棄し、新しい番を作ることが可能となっている。
もし、本当に番となってしまった後で、番が見つかってしまえば、後戻りなどできないのだ。
「どうして、閉じ込めたまま……」
「父にとって必要なことで、そうするしか彼を守ることができないからだよ」
「彼を守る? 閉じ込めることが、どうして守ることに繋がるんです?」
それを問えば、なんとも言えず難しい顔をして笑う王太子。
どうして、そんな顔をするのか。
「王族って、すっごく憧れてたりして羨ましがられたりするけれど、俺からしたら普通のアルファである方が何倍も羨ましいよ」
その返答の意味が、全くわからない。
どう言う意味なのか、聞いてみてもはぐらかされる。
どうして、そこまでして隠しておきたいのか、わからない。
「俺は、そのままの成弥が好きだよ」
「どうして、貴方が傷ついたような顔をするんです? 私は変わるわけないのに」
その問いに、答えられることはなかった。
* * *
答えられないことが多くて、ため息を吐く。
成弥が知りたいと思う気持ちは、分からなくはない。けれど、まだ婚約式もしていない彼に話せる情報というのは少ない。
本当なら、全て話してしまいたいけれど、そうは行かない。
色々あって、油断していたのだろう。
影が慌てたように報告してきたのは、彼の乗った車が大幅にルートを逸れたということ。
行き先は、予想よりはだいぶマシだが、それでも最悪な場所には変わりがない。
「……今すぐに、迎えにいく。準備してくれ」
あの屋敷のものたちは何をしているんだ、と内心悪態を吐きながら、成弥を追いかけるための準備をする。
あの屋敷、父の番である人が囚われている場所。
あそこは、世間から隔離されているような場所なのに、どうして成弥のことを知ったのか。少しずつ、周りの人間を懐柔したのか。恐ろしくも感じる。それ以上に、彼が逃げてしまわないか、それすら心配になる。
彼がいなくなってしまうような事態になれば、父は発狂するだろう。今でさえ、宗弘に結婚して跡を継げと言ってくるのだ。心置きなく、父が彼を愛するために。
成弥が見つかってよかったと思うが、今思ってもとんでもない野郎だと思う。
屋敷について、彼の部屋に飛び込んだら、来ちゃった、と彼の口角がそっと上がる。だが、その表情はとても暗く悲しげだ。
宗弘が、成弥を迎えに来たことに喜び、そして、父が来なかったことに悲しんでいる。
「彼を、勝手に連れて行かれては困ります、蓮也様」
昔から、蓮也に対しては父の番というイメージが強く、敬うべき存在だと思っていた。
今でも、こんなところに閉じ込められていることに同情すら感じる。
「意外に早い登場だったね、王太子殿下?」
嫌味を言う彼を思わず睨みつけてしまう。
「蓮也様、悪戯が過ぎます」
「おや? 僕はただ、何も知らなさそうな彼が、自由になりたいのであれば、自由にしてあげようと思っただけだよ」
それは親切心に見せかけた、敵意。
宗弘に対する挑戦だ。
「成弥にはゆっくりと教えていくつもりですので、ご心配なく」
「そう? けれど、彼には教えたくないんじゃないの? 彼は、何も知らない様子だったけど」
「父と俺は違う!」
「どうだか……」
父は、彼を閉じ込めた。ここに閉じ込めて、最低限にしか会わない。
「私が王になれば、その時あなたは解放されるでしょう……貴方が望んだ解放かどうかは知りませんが」
父の血をひき、運命ではない母から生まれた自分という生贄を経て、彼はやっとその本来の姿に戻れる。
「……解放されたって、僕に君の母親と同じアルファを共有しろと言っているの? それとも……本当にあの男から、解放してくれるっていうの?」
「それは、その時になればわかるでしょう」
父は、彼に最低限しか語らない。
彼といる時間もそれほど多くはない。
だから、分からないのだろうか? 父は母と決して番にならず、ずっと彼を待ち望んでいることを。
「結局君たちは、肝心なことは何も教えてはくれない」
教えられることには、限りがある。国の長として、その制約が宗弘や父の言葉を縛る。
国のために、そして、番のために。
「未来はわからないからこそ、意味があると言うものです」
「意味なんていらないから、僕は結果が欲しいのに」
もういいや、と興味を無くしたように出ていけ、と蓮也が手を振った。
それを見て、成弥を連れ出した。
「申し訳ありませんでした、殿下」
車で頭を下げているのは、ここまで成弥を連れてきた運転手であった。
父が、買い物などにと彼につけている護衛の一人。
「今回は、害がなかったから良かった。でも、次はない」
「……彼の方も可哀想な方なのです。ご理解ください」
可哀想なのは、宗弘も十分承知している。けれど、成弥を巻き込んでもいいということにはならない。
「それは、父にいうべきだ。俺の大切な子を、さらっていい理由にはならないよ」
車に成弥を先に乗せてから、隣に乗り込むと、はぁーと思いのほか大きなため息が出た。
「もし、君に何かあったらって思ったら、居ても立っても居られなかったよ」
よかった、と成弥を抱きしめて息を吐くと、本当に安心できる。
「どうして、閉じ込めたまま……」
戸惑ったような言葉に、宗弘はどう話すべきか考えてしまう。
「父にとって必要なことで、そうするしか彼を守ることができないからだよ」
外敵、それは成弥が思っているよりも多い。
同じ王族のアルファ、それから国外からも。そりゃ、アルファの番を狙えば、弱くなる。当たり前の話だな。
「彼を守る? 閉じ込めることが、どうして守ることに繋がるんです?」
「王族って、すっごく憧れてたりして羨ましがられたりするけれど、俺からしたら普通のアルファである方が何倍も羨ましいよ」
言葉の意味がわからないのだろう、成弥はますます困惑した顔をする。
けれど、今はそれ以上伝えることができない。
だってまだ成弥は候補のままで、婚約したわけでも、番になったわけでもないのだから。
「俺は、そのままの成弥が好きだよ」
「どうして、貴方が傷ついたような顔をするんです? 私は変わるわけないのに」
番になれば、どうしても変わってしまう。何もかも、望もうが望むまいが。
それが、どうしても嫌だと思ってしまった。
けれど、それを成弥は何も知らない。変わってしまう、と言われてもわからないだろう。
実際にそうなってしまうまで、何も理解はできない。でも、それは事実でかえられようもない。
だから、何も答えることはできなかった。
この時ほど、普通のアルファでありたかった、と思う日はなかった。
座って、と指定されたところには椅子が一脚置いてある。
チラリと彼のそばに控えていた人を見ると、ゆっくりと頷くので、ため息を押し殺して椅子に座った。
「君は、王家に嫁ぐことをどう思ってる?」
突然の言葉に、驚く。
何を答えても、不敬に当たりそうで口を開くことができない。
「この国の王族、それも直系のアルファは特別でね」
あ、とそれは王太子に聞きたかった話。
「直系のアルファには、運命の番がいない。そう、言い伝えられているんだ」
「え……?」
王族のアルファには、運命の番がいない。それは、王族であれば誰だって知っている。
そう、教えられる。別に知りたくはないけれど、基礎知識として。
よくよく考えてみれば、そんなことを教える必要なんてどこにもない。
「でも、それは嘘っぱち。だって、現に僕は彼の方の運命で、だからこうしてここに捉えられてる」
彼の方、と言うのは王太子のことなのか? すごく嫌な汗がダラダラと背筋を流れる。
「でも、僕は王族の血筋でもなんでもないから、番にすることも、子供を産ませる事もできないんだって……酷いよね」
王族でも、ないから?
「手放せない、けれど番にもできない。贅沢で、わがままだと思わない?」
「……あなたは、ずっとここに囚われているんですか?」
窓の外を見れば、陰鬱とした森が広がっている。
使用人以外の人も見当たらない。
こんな場所に、ずっと囚われているなんて。
「そう……あの人に出会った時から、ずっと。出会わなければ良かったなんて、何度思っただろう? あの人は、ここに僕の様子を見にくるくせに、僕の発情期も捨て置いて、違うオメガを抱いているんだろう? 僕には……僕にはなんの問題もないって言うのに、僕には子供を産む機会さえ与えられなかった」
死ぬことすら許されない、酷いよね、と彼は、泣いていた。
それでも、口元には笑みを描き、どう思う?と、問いかける。
「あなたは、自由になりたいんですか?」
「そうだね……僕は、多少なりとも自由も人脈もある。それは少しずつ築いてきたものだけれど、ここから外に出ることも叶わない……君は、そんな彼らに囚われる覚悟はあるかい?」
使用人たちは彼を痛ましそうな顔をしてみるけれど、彼を自由にすることはできないのだろう。目を逸らすばかり。
「俺は……」
俺には、そんな覚悟はない、そう答えようとして、背後の扉が乱暴に開いた。
「彼を、勝手に連れて行かれては困ります、蓮也様」
「意外に早い登場だったね、王太子殿下?」
息を切らして駆け込んできた王太子に、成弥は囚われた。
驚いて、目を見開く成弥とは裏腹に、王太子は彼を睨みつけている。
「蓮也様、悪戯が過ぎます」
「おや? 僕はただ、何も知らなさそうな彼が、自由になりたいのであれば、自由にしてあげようと思っただけだよ」
「成弥にはゆっくりと教えていくつもりですので、ご心配なく」
「そう? けれど、彼には教えたくないんじゃないの? 彼は、何も知らない様子だったけど」
「父と俺は違う!」
「どうだか……」
険悪な雰囲気の二人に、どうしていいのか、わからなくなる。
父とは違う、蓮也は国王の運命なのだろうと、唐突に理解した。
だからこそ、敬語を使い、敬っているのだろう。
「私が王になれば、その時あなたは解放されるでしょう……貴方が望んだ解放かどうかは知りませんが」
「……解放されたって、僕に君の母親と同じアルファを共有しろと言っているの? それとも……本当にあの男から、解放してくれるっていうの?」
「それは、その時になればわかるでしょう」
「結局君たちは、肝心なことは何も教えてはくれない」
「未来はわからないからこそ、意味があると言うものです」
「意味なんていらないから、僕は結果が欲しいのに」
もういいや、と興味を無くしたように出ていけ、と蓮也が手を振った。
王太子は、それに従うように部屋を出た。もちろん、成弥を連れて。
「申し訳ありませんでした、殿下」
車で頭を下げているのは、ここまで成弥を連れてきた運転手であった。
「今回は、害がなかったから良かった。でも、次はない」
「……彼の方も可哀想な方なのです。ご理解ください」
「それは、父にいうべきだ。俺の大切な子を、さらっていい理由にはならないよ」
それだけ言うと、王太子が乗ってきただろう車に一緒に乗り込んだ。
そして、はぁ、と息を吐いた彼は成弥をより一層抱き締める。
「もし、君に何かあったらって思ったら、居ても立っても居られなかったよ」
良かったと安堵している王太子。
だが、成弥は彼に出会ったことで、考えてしまう。
本当に、自分が王太子の番になっていいものか。一般的に、アルファは番関係を破棄し、新しい番を作ることが可能となっている。
もし、本当に番となってしまった後で、番が見つかってしまえば、後戻りなどできないのだ。
「どうして、閉じ込めたまま……」
「父にとって必要なことで、そうするしか彼を守ることができないからだよ」
「彼を守る? 閉じ込めることが、どうして守ることに繋がるんです?」
それを問えば、なんとも言えず難しい顔をして笑う王太子。
どうして、そんな顔をするのか。
「王族って、すっごく憧れてたりして羨ましがられたりするけれど、俺からしたら普通のアルファである方が何倍も羨ましいよ」
その返答の意味が、全くわからない。
どう言う意味なのか、聞いてみてもはぐらかされる。
どうして、そこまでして隠しておきたいのか、わからない。
「俺は、そのままの成弥が好きだよ」
「どうして、貴方が傷ついたような顔をするんです? 私は変わるわけないのに」
その問いに、答えられることはなかった。
* * *
答えられないことが多くて、ため息を吐く。
成弥が知りたいと思う気持ちは、分からなくはない。けれど、まだ婚約式もしていない彼に話せる情報というのは少ない。
本当なら、全て話してしまいたいけれど、そうは行かない。
色々あって、油断していたのだろう。
影が慌てたように報告してきたのは、彼の乗った車が大幅にルートを逸れたということ。
行き先は、予想よりはだいぶマシだが、それでも最悪な場所には変わりがない。
「……今すぐに、迎えにいく。準備してくれ」
あの屋敷のものたちは何をしているんだ、と内心悪態を吐きながら、成弥を追いかけるための準備をする。
あの屋敷、父の番である人が囚われている場所。
あそこは、世間から隔離されているような場所なのに、どうして成弥のことを知ったのか。少しずつ、周りの人間を懐柔したのか。恐ろしくも感じる。それ以上に、彼が逃げてしまわないか、それすら心配になる。
彼がいなくなってしまうような事態になれば、父は発狂するだろう。今でさえ、宗弘に結婚して跡を継げと言ってくるのだ。心置きなく、父が彼を愛するために。
成弥が見つかってよかったと思うが、今思ってもとんでもない野郎だと思う。
屋敷について、彼の部屋に飛び込んだら、来ちゃった、と彼の口角がそっと上がる。だが、その表情はとても暗く悲しげだ。
宗弘が、成弥を迎えに来たことに喜び、そして、父が来なかったことに悲しんでいる。
「彼を、勝手に連れて行かれては困ります、蓮也様」
昔から、蓮也に対しては父の番というイメージが強く、敬うべき存在だと思っていた。
今でも、こんなところに閉じ込められていることに同情すら感じる。
「意外に早い登場だったね、王太子殿下?」
嫌味を言う彼を思わず睨みつけてしまう。
「蓮也様、悪戯が過ぎます」
「おや? 僕はただ、何も知らなさそうな彼が、自由になりたいのであれば、自由にしてあげようと思っただけだよ」
それは親切心に見せかけた、敵意。
宗弘に対する挑戦だ。
「成弥にはゆっくりと教えていくつもりですので、ご心配なく」
「そう? けれど、彼には教えたくないんじゃないの? 彼は、何も知らない様子だったけど」
「父と俺は違う!」
「どうだか……」
父は、彼を閉じ込めた。ここに閉じ込めて、最低限にしか会わない。
「私が王になれば、その時あなたは解放されるでしょう……貴方が望んだ解放かどうかは知りませんが」
父の血をひき、運命ではない母から生まれた自分という生贄を経て、彼はやっとその本来の姿に戻れる。
「……解放されたって、僕に君の母親と同じアルファを共有しろと言っているの? それとも……本当にあの男から、解放してくれるっていうの?」
「それは、その時になればわかるでしょう」
父は、彼に最低限しか語らない。
彼といる時間もそれほど多くはない。
だから、分からないのだろうか? 父は母と決して番にならず、ずっと彼を待ち望んでいることを。
「結局君たちは、肝心なことは何も教えてはくれない」
教えられることには、限りがある。国の長として、その制約が宗弘や父の言葉を縛る。
国のために、そして、番のために。
「未来はわからないからこそ、意味があると言うものです」
「意味なんていらないから、僕は結果が欲しいのに」
もういいや、と興味を無くしたように出ていけ、と蓮也が手を振った。
それを見て、成弥を連れ出した。
「申し訳ありませんでした、殿下」
車で頭を下げているのは、ここまで成弥を連れてきた運転手であった。
父が、買い物などにと彼につけている護衛の一人。
「今回は、害がなかったから良かった。でも、次はない」
「……彼の方も可哀想な方なのです。ご理解ください」
可哀想なのは、宗弘も十分承知している。けれど、成弥を巻き込んでもいいということにはならない。
「それは、父にいうべきだ。俺の大切な子を、さらっていい理由にはならないよ」
車に成弥を先に乗せてから、隣に乗り込むと、はぁーと思いのほか大きなため息が出た。
「もし、君に何かあったらって思ったら、居ても立っても居られなかったよ」
よかった、と成弥を抱きしめて息を吐くと、本当に安心できる。
「どうして、閉じ込めたまま……」
戸惑ったような言葉に、宗弘はどう話すべきか考えてしまう。
「父にとって必要なことで、そうするしか彼を守ることができないからだよ」
外敵、それは成弥が思っているよりも多い。
同じ王族のアルファ、それから国外からも。そりゃ、アルファの番を狙えば、弱くなる。当たり前の話だな。
「彼を守る? 閉じ込めることが、どうして守ることに繋がるんです?」
「王族って、すっごく憧れてたりして羨ましがられたりするけれど、俺からしたら普通のアルファである方が何倍も羨ましいよ」
言葉の意味がわからないのだろう、成弥はますます困惑した顔をする。
けれど、今はそれ以上伝えることができない。
だってまだ成弥は候補のままで、婚約したわけでも、番になったわけでもないのだから。
「俺は、そのままの成弥が好きだよ」
「どうして、貴方が傷ついたような顔をするんです? 私は変わるわけないのに」
番になれば、どうしても変わってしまう。何もかも、望もうが望むまいが。
それが、どうしても嫌だと思ってしまった。
けれど、それを成弥は何も知らない。変わってしまう、と言われてもわからないだろう。
実際にそうなってしまうまで、何も理解はできない。でも、それは事実でかえられようもない。
だから、何も答えることはできなかった。
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