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二章 宗弘×成弥
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二日に一度、成弥が王太子妃としての勉強に来る。
初日に、宗弘が静かにキレたため、その際には細心の注意を払われていた。
害虫と宗弘が言った者たちについては、その時声を上げたベテランの侍従が対応済みである。その害虫が、王族に連なる者だったとして、王太子の命があるのならば、その命の方が上となる。そのため、排除するのに躊躇はない。
自分達の身の安全の方が最優先だからだ。
それゆえ、初日よりは成弥の過ごす王宮の中はとても快適になっていた。
それでも、警戒は抜けない。
「婚約式っていつになったんだっけ?」
「来月の頭に、ちょうど他国からの来客を交えて行うことになりました」
「じゃあ、それまでに護衛の選出を行わないといけないのか……」
王太子妃の護衛は、番のいるアルファに限られる。
この世界のアルファ全てに番がいるわけではない。
「為美は俊樹に取られちゃったしなぁ……本来なら、為美辺りが真面目でちょうどよかったのに……」
「殿下、お言葉が過ぎますよ。確かに、近衛兵の管理に問題があったことは確かですが、それ以前に篝家の問題なので仕方がないでしょう」
そーだけど、と宗弘は項垂れる。
それほど、野心的ではなく、職務に忠実なアルファの護衛。
見極めるのはとても大変なのだ。
「不知火の家からは、なんか言ってる?」
「いいえ、いつもであれば口出ししてきてもおかしくはないのですが……」
不知火の当主は、あまり乗り気ではない。それどころか、王太子妃が変わる可能性すら視野に入れているのかもしれない。
あぁ、面倒だなぁと宗弘はため息を吐く。
「護衛候補のリストアップは済んでるの?」
「えぇ、候補は何人か……しかし」
「問題でもあるの?」
チラリとそのリストを見て、困ったような顔をしている側近。
一体何が? とそのリストに手を伸ばす。
「……うーん、面白いぐらいに繋がってるねぇ」
「はい……問題なく推せるのはやはり篝家の当主であった彼だけでした……」
「だよねぇ……っと、彼は?」
一番最後に、申し訳程度についていた資料に目を通した。
一般のアルファでありながら、近衛にまで昇進したとても有能な者だろう。
番もいるし、他家との繋がりもない。
何が問題なのだろうか?
「あー、その者は優秀は優秀なのですが……」
雇用契約が、と言葉を濁す彼に、首を傾げながらその裏をみる。
「残業なし、六時退勤厳守……交渉の余地はなし、ねぇ……昼の護衛は彼でもいいかもな」
「夜は一体どうするのです?」
「元々、何人か雇う予定だったし……成弥と合いそうなら、彼を昼の護衛の主軸にしてもいいと思うけど」
「それは、そうですが……」
まだ、何か言いたそうな顔をしている。
一体、何が問題だと言うのだろうか?
「とりあえず、彼をここに連れてきてもらっていい?」
「かしこまりました」
そうして後日連れて来てもらった彼は、強面で不器用そうな感じの人物だった。
入ってきた瞬間、宗弘は僅かながらに目を見開いて驚く。
「あぁ、なるほど……」
彼をどうりで護衛にしたがらないわけだ、と宗弘は見て、納得する。
「須田秋生、召喚に応じ参上いたしました」
ペコリと頭を下げる彼に、手を振って楽にするように促す。
彼は、宗弘を見て睨みつけているようにも見える。ただ、彼も戸惑っているようには宗弘に見えた。
「初めまして、私は宗弘。この国の王太子をやっている。君は王位に興味はあるかい?」
殿下っ! と側近たちが慌てた様子で声をあげる。
が、彼はそんな状況を理解しておらず、首を傾げていいえ、と静かに言い放った。
「失礼ですが、殿下は少々多忙にお見受けいたします。その立場に自分がなれば、番との時間がなくなってしまうではないですか」
絶対にお断りです、と彼はさも当然のように首を横に振った。
そんな彼の様子に、フハッ! と宗弘は笑う。
「君は正直者だね。そしてとても番思いだ、うん。いいと思うよ」
「はぁ、ありがとうございます……それで、何故その質問なのです? そもそも、自分は王族になれる身分ではありませんが」
一般の家から出たアルファ。番は、施設から引き取ったこれまた貴族とも関わり合いが無いような家柄。
彼は、少しの違和感を覚えながらそれでも、自分とは全く関係のない質問に疑問を持つ。
「君は、私を見た時に違和感を感じただろう?」
その問いかけは、問いとして意味をなしていない。
何故なら、それは肯定を前提としているからだ。そんな宗弘の様子に須田は息を呑む。
「私も感じた。それは、王族同士なら当たり前に感じる違和感だ」
「……は?」
「君のご両親は確かにベータなのだろう。でも、君は先祖返りのアルファ……王族の血が、私に伝わるぐらいには、色濃く出てしまっている」
そう言われ、須田はちょっと待ってください、と頭を抱えた。
「俺が、王族……はぁ?」
「戸惑うのも無理はないね。それで、王位に興味はあるかい? といった質問になる。私は、王族の中で一番力があったからこそ、王太子としてここにいる。けれど、同じぐらいの力量があり、王位を望むのであれば、私は君と争わなければならない」
「俺……いや、自分は王族ではありません。それに、王族の方々は番を王族から選ばなければならないとどこかで聞いたことがあります。今の番と別れさせられたらたまったのもではない。遠慮します」
「うーん、清々しいほどの番大好きなアルファだね、それも王族の血かな」
番になって仕舞えば、王族は他のアルファたちと類を見ないほど番に執着する者が現れる。一般的なアルファも番には執着するが、王族ほどではない。
須田からも、できるなら番と片時も離れたくはないと言った感情が滲み出ている。
「じゃあ、私の番の護衛を引き受けてくれないかな? 適任がなかなかいなくて大変なんだ」
「就業時間内であれば、お引き受けいたします」
「それは良かった。いい返事を聞けて何よりだよ。まぁ、私の番に気に入られなければそれまでなんだけどね」
その言葉に、須田は気難しい番なのかと内心首を傾げ、それから頷いた。
* * *
初日、王太子が顔を出してから、ずっと彼は迎えにきてくれた。
それに絆されているわけではないが、最初の頃にあった忌避かんはあまりない。
けれども、やはり自分が王太子の番になるなんて、という劣等感みたいなものもある。
王太子妃としての勉強は楽しいが、その勉強のほとんどが室内でのマナーだったり、王宮に住む王族へのマナーだったり、あとは宗弘についてだったりと、王太子妃としてそれでいいのかと思えるぐらいの勉強だ。
この国の政治に関しては一切関わらせてもらえないみたいだ。オメガだからだろうか?
「俺、働けないのは嫌です」
「王太子妃として存在することこそ、それが仕事なのですが……」
「だって、他国の王太子妃や王妃は、慈善活動とか色々してるじゃないですか。なのに、どうしてこの国だけ?」
「……理由は、殿下の番となられれば自ずと理解されましょう」
そう言ってはぐらかされる。何故か、その理由さえ教えてくれない。
先生が王族ではないからか、王族であっても、立場が違うからか。
それはわからないが、もやもやとした気持ちが成弥の中で日に日に大きくなっていく。
そして、ついに帰りがけ、王太子にそれを問うてしまった。
「どうして、番になったあとは王宮の外に出てはいけないのですか? 先生は、自ずと解ります、としか言ってくださいません。俺は、番になったとしても外に出たいです。なぜ、出てはいけないのですか? 理由が、知りたいのです」
「あー、うん。そうだよねぇ……えーっと、これは話が長くなるから、一旦、日を改めて説明させてもらってもいい? 決してはぐらかすとか、そう言ったのじゃなくてね、説明するのに、時間がかかるっていうか。成弥のためならいくらでも時間を作ってあげたいんだけど、それに関しては、俺も自由の身にはなれないっていうか」
「つまり?」
「長くなるから、今度、時間に余裕がある時に話をしようねってことで」
ほらもう着いちゃったし、と送迎してくれている場所に着いてしまった。
ムッとして王太子をみれば、困ったように笑っている。
「……約束、ですからね」
「うん、約束するよ。今は、婚約式の準備とかで色々時間が取れなくてごめんね。時間ができたら誘うから、気長に待っていてほしいな」
王太子が成弥の頬にキスをして、それから車を見送ってくれた。
なんだか、体よく誤魔化されたような気がしないでもないが、それでも約束は約束。
成弥はなんだかんだと思いつつも、大人しく待つことに。
それよりも、気になったのは。
「婚約式?」
教師が、そう言えば婚約式の日取りが決まったと言っていた。
興味がなかったので聞き流してしまっていたが、婚約式が終われば、結婚まで引き返すことはできなくなる。そうなる前に、候補すら辞退してしまいたかったのに。
あー、くそっ、と頭を抱える。
どうすれば、王太子妃、そして王妃にならなくて済むのか、考えるが名案は浮かばない。
それどころか、王太子に段々と執着されてきているような気がして、とても不安だ。
最初は、面白い生き物を見ていると言った感じだったのに。どうして、彼は自分にそこまでするのか、成弥にはわからない。その実、宗弘にもわかってはいないのだが。
それでも、王太子が成弥を気に入っている事実は変わらない。
彼は、きっと自分の手を離してはくれないだろう。どれだけ、自分が望んだって。
きっと、幸せなことなのだろう。その他一般的なオメガにとって、アルファの頂点のような男に嫁ぐのは。その幸せを、幸せだと何故か思えない。王太子妃とは危険が伴うだろうからだ。怖い、というのが本音だろうか?
王太子と出会って、運命だとは感じなかった。それが余計に、もし運命に会ってしまったらと思ったら、と考えてしまう。
それなら、いっそ今のうちから離れてしまった方がマシだと思って。
自分じゃなく、王太子に運命が現れてしまったら、そして自分が彼に捨てられてしまったら。そう考えれば考えるほど、怖くて仕方がない。
ならばいっそ、出会わなければ良かったと思うぐらいに。
そんな事を考えていると、家の前まで着いたようで、車が緩やかに止まる。
ふと、外をみれば、そこは全く知らない場所で、目を見開いて驚く。
運転席を見れば、いつもの運転手ではない。
あぁ、色々あって警戒を怠ってしまった、とこれからどうなってしまうのか、自らの身を案じた。どうぞ、と手を差し出してくる彼は、こちらに危害を加えてくる予感はないが、それでもこちらに拒否は許さないような圧を感じる。
その手を渋々と取れば、運転手だった彼は建物に入っていく。
どくどくと心臓が嫌な汗と共に早く鼓動を打つ。
「いらっしゃい、突然すまなかったね」
そう言って成弥を出迎えたのは、オメガだろうことはわかるが、知らない青年。
彼を見て、成弥はどこか背筋が寒くなる。
自分よりも弱々しいのに、それでも恐ろしくて、仕方がない。
「君は、王太子に選ばれたらしいね」
「……誰、ですか?」
「誰だと思う?」
ふふっ、と笑う彼に成弥はごくりと唾を飲み込んだ。
初日に、宗弘が静かにキレたため、その際には細心の注意を払われていた。
害虫と宗弘が言った者たちについては、その時声を上げたベテランの侍従が対応済みである。その害虫が、王族に連なる者だったとして、王太子の命があるのならば、その命の方が上となる。そのため、排除するのに躊躇はない。
自分達の身の安全の方が最優先だからだ。
それゆえ、初日よりは成弥の過ごす王宮の中はとても快適になっていた。
それでも、警戒は抜けない。
「婚約式っていつになったんだっけ?」
「来月の頭に、ちょうど他国からの来客を交えて行うことになりました」
「じゃあ、それまでに護衛の選出を行わないといけないのか……」
王太子妃の護衛は、番のいるアルファに限られる。
この世界のアルファ全てに番がいるわけではない。
「為美は俊樹に取られちゃったしなぁ……本来なら、為美辺りが真面目でちょうどよかったのに……」
「殿下、お言葉が過ぎますよ。確かに、近衛兵の管理に問題があったことは確かですが、それ以前に篝家の問題なので仕方がないでしょう」
そーだけど、と宗弘は項垂れる。
それほど、野心的ではなく、職務に忠実なアルファの護衛。
見極めるのはとても大変なのだ。
「不知火の家からは、なんか言ってる?」
「いいえ、いつもであれば口出ししてきてもおかしくはないのですが……」
不知火の当主は、あまり乗り気ではない。それどころか、王太子妃が変わる可能性すら視野に入れているのかもしれない。
あぁ、面倒だなぁと宗弘はため息を吐く。
「護衛候補のリストアップは済んでるの?」
「えぇ、候補は何人か……しかし」
「問題でもあるの?」
チラリとそのリストを見て、困ったような顔をしている側近。
一体何が? とそのリストに手を伸ばす。
「……うーん、面白いぐらいに繋がってるねぇ」
「はい……問題なく推せるのはやはり篝家の当主であった彼だけでした……」
「だよねぇ……っと、彼は?」
一番最後に、申し訳程度についていた資料に目を通した。
一般のアルファでありながら、近衛にまで昇進したとても有能な者だろう。
番もいるし、他家との繋がりもない。
何が問題なのだろうか?
「あー、その者は優秀は優秀なのですが……」
雇用契約が、と言葉を濁す彼に、首を傾げながらその裏をみる。
「残業なし、六時退勤厳守……交渉の余地はなし、ねぇ……昼の護衛は彼でもいいかもな」
「夜は一体どうするのです?」
「元々、何人か雇う予定だったし……成弥と合いそうなら、彼を昼の護衛の主軸にしてもいいと思うけど」
「それは、そうですが……」
まだ、何か言いたそうな顔をしている。
一体、何が問題だと言うのだろうか?
「とりあえず、彼をここに連れてきてもらっていい?」
「かしこまりました」
そうして後日連れて来てもらった彼は、強面で不器用そうな感じの人物だった。
入ってきた瞬間、宗弘は僅かながらに目を見開いて驚く。
「あぁ、なるほど……」
彼をどうりで護衛にしたがらないわけだ、と宗弘は見て、納得する。
「須田秋生、召喚に応じ参上いたしました」
ペコリと頭を下げる彼に、手を振って楽にするように促す。
彼は、宗弘を見て睨みつけているようにも見える。ただ、彼も戸惑っているようには宗弘に見えた。
「初めまして、私は宗弘。この国の王太子をやっている。君は王位に興味はあるかい?」
殿下っ! と側近たちが慌てた様子で声をあげる。
が、彼はそんな状況を理解しておらず、首を傾げていいえ、と静かに言い放った。
「失礼ですが、殿下は少々多忙にお見受けいたします。その立場に自分がなれば、番との時間がなくなってしまうではないですか」
絶対にお断りです、と彼はさも当然のように首を横に振った。
そんな彼の様子に、フハッ! と宗弘は笑う。
「君は正直者だね。そしてとても番思いだ、うん。いいと思うよ」
「はぁ、ありがとうございます……それで、何故その質問なのです? そもそも、自分は王族になれる身分ではありませんが」
一般の家から出たアルファ。番は、施設から引き取ったこれまた貴族とも関わり合いが無いような家柄。
彼は、少しの違和感を覚えながらそれでも、自分とは全く関係のない質問に疑問を持つ。
「君は、私を見た時に違和感を感じただろう?」
その問いかけは、問いとして意味をなしていない。
何故なら、それは肯定を前提としているからだ。そんな宗弘の様子に須田は息を呑む。
「私も感じた。それは、王族同士なら当たり前に感じる違和感だ」
「……は?」
「君のご両親は確かにベータなのだろう。でも、君は先祖返りのアルファ……王族の血が、私に伝わるぐらいには、色濃く出てしまっている」
そう言われ、須田はちょっと待ってください、と頭を抱えた。
「俺が、王族……はぁ?」
「戸惑うのも無理はないね。それで、王位に興味はあるかい? といった質問になる。私は、王族の中で一番力があったからこそ、王太子としてここにいる。けれど、同じぐらいの力量があり、王位を望むのであれば、私は君と争わなければならない」
「俺……いや、自分は王族ではありません。それに、王族の方々は番を王族から選ばなければならないとどこかで聞いたことがあります。今の番と別れさせられたらたまったのもではない。遠慮します」
「うーん、清々しいほどの番大好きなアルファだね、それも王族の血かな」
番になって仕舞えば、王族は他のアルファたちと類を見ないほど番に執着する者が現れる。一般的なアルファも番には執着するが、王族ほどではない。
須田からも、できるなら番と片時も離れたくはないと言った感情が滲み出ている。
「じゃあ、私の番の護衛を引き受けてくれないかな? 適任がなかなかいなくて大変なんだ」
「就業時間内であれば、お引き受けいたします」
「それは良かった。いい返事を聞けて何よりだよ。まぁ、私の番に気に入られなければそれまでなんだけどね」
その言葉に、須田は気難しい番なのかと内心首を傾げ、それから頷いた。
* * *
初日、王太子が顔を出してから、ずっと彼は迎えにきてくれた。
それに絆されているわけではないが、最初の頃にあった忌避かんはあまりない。
けれども、やはり自分が王太子の番になるなんて、という劣等感みたいなものもある。
王太子妃としての勉強は楽しいが、その勉強のほとんどが室内でのマナーだったり、王宮に住む王族へのマナーだったり、あとは宗弘についてだったりと、王太子妃としてそれでいいのかと思えるぐらいの勉強だ。
この国の政治に関しては一切関わらせてもらえないみたいだ。オメガだからだろうか?
「俺、働けないのは嫌です」
「王太子妃として存在することこそ、それが仕事なのですが……」
「だって、他国の王太子妃や王妃は、慈善活動とか色々してるじゃないですか。なのに、どうしてこの国だけ?」
「……理由は、殿下の番となられれば自ずと理解されましょう」
そう言ってはぐらかされる。何故か、その理由さえ教えてくれない。
先生が王族ではないからか、王族であっても、立場が違うからか。
それはわからないが、もやもやとした気持ちが成弥の中で日に日に大きくなっていく。
そして、ついに帰りがけ、王太子にそれを問うてしまった。
「どうして、番になったあとは王宮の外に出てはいけないのですか? 先生は、自ずと解ります、としか言ってくださいません。俺は、番になったとしても外に出たいです。なぜ、出てはいけないのですか? 理由が、知りたいのです」
「あー、うん。そうだよねぇ……えーっと、これは話が長くなるから、一旦、日を改めて説明させてもらってもいい? 決してはぐらかすとか、そう言ったのじゃなくてね、説明するのに、時間がかかるっていうか。成弥のためならいくらでも時間を作ってあげたいんだけど、それに関しては、俺も自由の身にはなれないっていうか」
「つまり?」
「長くなるから、今度、時間に余裕がある時に話をしようねってことで」
ほらもう着いちゃったし、と送迎してくれている場所に着いてしまった。
ムッとして王太子をみれば、困ったように笑っている。
「……約束、ですからね」
「うん、約束するよ。今は、婚約式の準備とかで色々時間が取れなくてごめんね。時間ができたら誘うから、気長に待っていてほしいな」
王太子が成弥の頬にキスをして、それから車を見送ってくれた。
なんだか、体よく誤魔化されたような気がしないでもないが、それでも約束は約束。
成弥はなんだかんだと思いつつも、大人しく待つことに。
それよりも、気になったのは。
「婚約式?」
教師が、そう言えば婚約式の日取りが決まったと言っていた。
興味がなかったので聞き流してしまっていたが、婚約式が終われば、結婚まで引き返すことはできなくなる。そうなる前に、候補すら辞退してしまいたかったのに。
あー、くそっ、と頭を抱える。
どうすれば、王太子妃、そして王妃にならなくて済むのか、考えるが名案は浮かばない。
それどころか、王太子に段々と執着されてきているような気がして、とても不安だ。
最初は、面白い生き物を見ていると言った感じだったのに。どうして、彼は自分にそこまでするのか、成弥にはわからない。その実、宗弘にもわかってはいないのだが。
それでも、王太子が成弥を気に入っている事実は変わらない。
彼は、きっと自分の手を離してはくれないだろう。どれだけ、自分が望んだって。
きっと、幸せなことなのだろう。その他一般的なオメガにとって、アルファの頂点のような男に嫁ぐのは。その幸せを、幸せだと何故か思えない。王太子妃とは危険が伴うだろうからだ。怖い、というのが本音だろうか?
王太子と出会って、運命だとは感じなかった。それが余計に、もし運命に会ってしまったらと思ったら、と考えてしまう。
それなら、いっそ今のうちから離れてしまった方がマシだと思って。
自分じゃなく、王太子に運命が現れてしまったら、そして自分が彼に捨てられてしまったら。そう考えれば考えるほど、怖くて仕方がない。
ならばいっそ、出会わなければ良かったと思うぐらいに。
そんな事を考えていると、家の前まで着いたようで、車が緩やかに止まる。
ふと、外をみれば、そこは全く知らない場所で、目を見開いて驚く。
運転席を見れば、いつもの運転手ではない。
あぁ、色々あって警戒を怠ってしまった、とこれからどうなってしまうのか、自らの身を案じた。どうぞ、と手を差し出してくる彼は、こちらに危害を加えてくる予感はないが、それでもこちらに拒否は許さないような圧を感じる。
その手を渋々と取れば、運転手だった彼は建物に入っていく。
どくどくと心臓が嫌な汗と共に早く鼓動を打つ。
「いらっしゃい、突然すまなかったね」
そう言って成弥を出迎えたのは、オメガだろうことはわかるが、知らない青年。
彼を見て、成弥はどこか背筋が寒くなる。
自分よりも弱々しいのに、それでも恐ろしくて、仕方がない。
「君は、王太子に選ばれたらしいね」
「……誰、ですか?」
「誰だと思う?」
ふふっ、と笑う彼に成弥はごくりと唾を飲み込んだ。
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