君を愛するのは俺だけで十分です。

屑籠

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二章 宗弘×成弥

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 国の王太子と言う立場は、とても不便だ。
 与えられたその立場は、贅沢ができるようにも見えるが、その分重責が付き纏う。
 俊樹は、その点いいなぁと思う。
 特別な魔力を持つとはいえ、自由に生きることができる。だって、彼は真木の家に生まれたとして次男で、後を継ぐ必要すらないのだから。
 羨ましくて、少し意地悪もしたくなる。
 しかし、彼は友であり、良き理解者でもある。だからこそ、嫌われない程度には、と思うのだが。
「宗弘様、明日のご予定ですが」
「え? 明日は休息日じゃないの?」
 週に一度設けられている休息日。それが、明日のはずなのだが。
 予定を読み上げようとしている執事に、宗弘は困惑した表情を見せる。
 その日ばかりは、外せない予定以外は入れないようになっているはずだ。
「いいえ、休息日は明後日に変更されております」
「なんで? というか、何勝手に」
「陛下の、ご命令です」
 クソ親父、と内心悪態をつく。
 別に仲が悪いわけではないが、良いわけでもない。
 一般的な貴族の親子関係といえばそれまでだ。
「で、何?」
「明日は、一日お見合いの予定です」
 見合いぃ!? と思いのほか、大きな声が出る。
 と言うか、一日見合いって、どれだけの人数と会わなきゃいけないわけ?
 宗弘は、うんざりとしながら顔を顰める。
 その様子を、執事は咎めるが、あーはいはいと宗弘に響いている様子はない。
「王族の、番のいないオメガを集めますので」
「あっそ……王族の子たちねぇ。俺、苦手なんだよなぁ……」
 ふと思い出すのは、俊樹の番の子。
 この国で行っている政策の一つの施設で育ったオメガ。
 オメガにしては大きな体をしていた。そのせいか、俊樹からあれだけ愛されていたのに、それが本物かどうかわからないで居るみたいで。
 その姿が可愛いのだと、俊樹は全身で表現していたが。
 最愛の番なのに、それを理解されないのは可哀想だな、とも思うが。
 俊樹は自分の足で、自分の最愛を見つけ出した。
 けれど、自分は?
 宗弘の番は、王族から選ばなければいけない。血を、薄めてはならないから。
 なるべくなら、たくさんの子が望めるオメガを選ぶべき。そう、国のことを考えるのであれば。この先のことを考えて。
 王族の中から自由に選べる、けれどそれは本当の意味で自由ではない。
 だが、それも仕方がないことだと、ため息を吐いた。
 翌日、パーティー会場に集められたオメガたち。
 ベータもいるが、それは給仕としてだ。王族のオメガ以外のオメガは立ち入りが制限されている。元々、宗弘に近づく立場の者たちについても、厳しく第二性は管理され、徹底的に血の薄いオメガは近寄れないようになっている。
「きゃあ! 宗弘様よ!」
「かっこいいわっ」
「私を選んでいただけないかしらっ」
 などなど、会場に入れば彼らの声がひっきりなしに聞こえてくる。
 一定の間隔をあけるためにベータの護衛が配置されているが、それでもその護衛をくぐり抜けて宗弘に近づこうとする強者もいるぐらい。
 宗弘は、護衛から離れず、誰に対してもにっこりと笑い、相手をどう思っているのかなんて微塵も顔に表さない。それが彼にとって仕事だからだ。
 どこの家の誰というのは、頭の中に情報として入ってはいるが、それでも誰も彼もが同じように見えてしまう。人のもの、だからこそ輝いて見えるものなのだろうか?
 俊樹の番は、彼らとは違って印象深い。
 彼らのようにガツガツしているわけでもないし、華奢な体つきでもない。
 獰猛なアルファ性を受け止めるのならば、あれぐらいが安心できそうではある。
 一通り会場を回って、挨拶を済ます。
 ふと、壁際にひっそり、こちらに興味もありませんと言った顔をした男がいた。
 スーツを着ているが、護衛のようにかっちりとしたようなものではなく、だからと言って華美ではない。どちらかと言えば、言葉を選ばず言えば、古臭い。
 如何にも、親類の服を借りてきました、と言わんばかりの格好に、目が止まる。
 彼は、と思い出し、あぁ、とため息を吐いた。
 王族とはいえ、末端で、没落寸前といった家のオメガだと。確か、名前は……と考えながら、彼に近づく。
「野別家の方ですね?」
 声をかければ、一度チラリと宗弘を見て、興味なさそうに視線をそらした彼は、ふと気がついたように、驚いた顔をしてもう一度宗弘を見た。
「は、はい……野別家、成弥と申します」
 失礼いたしました、王太子殿下と成弥が頭を下げる必要はない、と宗弘は手を振った。
 成弥はどうやら自分が声をかけられるとは夢にも思っていなかったようだ。
 それが、高嶺の花だから、王太子が自分なんか、と卑屈な考えならまだしも、彼はどうやってこの場を切り抜けよう、どうしたら、宗弘から離れられるか、そればかり考えているように思う。
 宗弘は、そんな様子を見てとれてニヤリと内心わらう。それは、言うなれば、面白いおもちゃを見つけた時のような高揚感か。
「少し、お話し致しませんか?」
「え、えっと……」
 ダラダラと嫌な汗をかく成弥。できるならば断りたい、そう顔に書いてあるが、公然の場で王太子である宗弘の誘いを断れば、後で何を言われるのか、と不安になる。
 ここで、宗弘に声をかけられたのが運の尽き。断っても、断らなくても、面倒なことになるだろう。
「周りの目が気になるようでしたら、別室を用意させますね」
 チラリと宗弘が護衛を見ると、護衛の一人が部屋を用意するために離れていく。
 ざわざわと会場が騒然となるが、宗弘は気にしていないようだ。
「あ、あの、王太子殿下、俺はっ」
「部屋の準備ができたようです、その続きは部屋で聴きましょう」
 どうぞ、とエスコートをすると、ガチガチに固まった体のまま、歩き出す。
 こんなはずではなかったのに、と言った声が聞こえてきそうなほど、顔を真っ青に染めて、あぁ可哀想に、そんなことを思いながら、宗弘は口角を上げた。

 * * *

 別室に通された成弥は、どうしてこうなった、と膝の上で両手を握りしめて、震えている。
 このお見合いパーティーについては、最初、断るつもりでいた。いくら王族とはいえ、没落寸前の我が家、万が一にも選ばれるような身分ではない。
 行っても無駄だと思い、父に掛け合ってみたが、父はほんわか笑いながら、ダメだという。
「どうせ選ばれないと思っているなら、宮廷の料理でも楽しんできなよ。壁の花になってれば、殿下も成弥に目を止めることはないさ」
 壁の花にすらなれないだろう、と自分の容姿を思う。
 華やかさのかけらもないと自負している。
「それにねぇ、いくら王族とは言えね、国王陛下の召喚をお断りすることはできないんだよねぇ」
 困った、困った、とはいうが、それほど困ったように見えず、殴りたくなる。
 こんな父でも、自分を苦労して育ててくれた親である。手は出せない。
「着て行く服など、持ち合わせはないですし」
 ドレスコードに合う服などあるはずもない。
「それは大丈夫。多少型遅れかもしれないけれど、僕の服を着ていけばいいよ」
 幸いなことに、父とは体格がさほど変わらず、直す手間もなく着れた。
 そうしてあれよあれよと言う間に、成弥はパーティー会場に足を踏み入れることになったのだ。
 父の言う通り壁の花になって、会場を観察する。男も女も、王太子に気に入られようとキラキラとした装いで、さぞかし金持ちなんだろうなぁと思った。
 父の型遅れの服を着てきたからか、成弥の姿を見るなり、嘲笑して去っていくので、成弥の周りは静かなものだ。
 王太子が来るまでは、まだ少し時間があるとのことで、その間に用意されていた軽食を楽しむ。お酒も食事も、家では食べられないような豪華なもので、夢中になった。
 一通り食べて、ほぅ、と息を吐いた成弥。食べていた食器などは、給仕の人たちが片付けてくれ、一息つこうとシャンパンを頼んだところで、わっ! と会場が盛り上がる。
 成弥は、思わず肩を振るわせるぐらいびっくりした。
 会場の入り口に目をむけてみると、護衛に囲まれた華やかな顔立ちの人が。
 あ、アルファだとわかるぐらいにはそのオーラがすごい。
 父も、アルファではあるが、あそこまで輝いて見えたことはない。父以外のアルファに会った事などないので、あれが普通なのかどうかはわからない。
 世の中にはすごい人がいるもんだ、と受け取ったシャンパンに口を付けながらぼんやりと思う。
 会場に入ってきてからすぐに近くにいた肉食系なオメガたちに囲まれてしまった王太子。
 あれだけの数が寄れば、こちらにまで目をむけられる心配もないだろう。見られたところで、選ばれるという心配はないだろうが。
 そう呑気に酒を飲みながら、楽しんでいたのに、突然声をかけられて、訳がわからなかった。
 そして、今現在に至る。
 王太子は何を考えているのか、成弥は頭を抱えた。
 どうにかして、ここから出なければとは思うのだが、そう思っている隣に、逃げ出したい相手ナンバーワンの王太子が座っていて逃げ出すことも叶わない。
 どうにかして走ったとしても、周りの護衛に捕まえられて終わりだろう。
 ここは、なんとしても穏便に帰れる方法を探さなくては。
「ぶっ、ククッ……」
 そんな成弥の様子を見ていた宗弘が突然吹き出す。
 護衛たちは、あぁ、またかとため息を吐きそうな顔をしていた。
「いやぁ、面白い。逃げ出すことを諦めてはいないのに、可能性を自分で模索して潰してる……馬鹿じゃないけど、なんていうか……ハムスターみたい」
 可愛いなぁ、とせっかくセットしてきた髪型をぐちゃぐちゃにされ、撫で回される。
 可愛いという言葉を聞いて、王太子は目が腐ってるのかと思わなくはない。
「今、失礼なこと考えたでしょ。俺は別に、頭がおかしくなったりしている訳じゃないからね」
 心を読まれたのかと、一瞬ドキッとする。どれだけ暴言を吐いていようとも、口からこぼれなければ、と思うが心の中ですらダメならば、不敬罪でお縄につくしかない。
 だが、王太子は気にした様子もなく、それより、と言ってじっくりと成弥の顔を見つめる。
「うーん、野別のおじさんによく似てるよねぇ君。さすが親子。でも、あの人のがアルファな分、腹芸は得意そうだなぁ。というか、いつも笑ってて若干怖いし」
 率直な王太子の言葉に、内心、確かに、と同意する。
 父は、いつも笑顔を絶やさず、優しそうな外見をしていて、とても強い人にもアルファにも見えないが、その内側で何を考えているのか全くと言っていいほどわからない。
 怖い、そう言ってしまうのは簡単だ。あの人は笑顔で、決断を下せてしまう。
 身内でさえ、その標的になれば容赦はないだろう。実の息子である成弥でさえ。
「あ、の……王太子殿下は今日の主役のはず……会場を抜けてきても大丈夫なのですか?」
「ん? あぁ、大丈夫。君を連れ出した時点で、他の控えていた王族のアルファたちが入場しただろうし」
 他のアルファ? と首を傾げて見せれば、王太子殿下も首を傾げる。
「今日は、お見合いパーティーだって言われなかった?」
「王太子殿下の番様を見つけるパーティーだと……」
 詳細はそう言うことになっていた。
 しかし、違うのだろうか?
「んー、確かに俺の番を見つけるためのお見合いパーティーなんだけど、せっかく集まってもらったんだから、と番のいない王族のアルファを集めて、彼らの出会いの場にしたんだ。勿体無いでしょ? 俺に会うだけに来てもらうなんてさ」
 集まるだけの価値があるからこそ、集まっているのだと思うのだが。
 それでも、これだけの数のオメガが集まる場が勿体無いと言う王太子。
 確かに、時間もお金もかかっているパーティーがすぐに終わってしまうのは勿体無い。
「じゃあもしかして、俺はあの会場から王太子殿下が退場するために選ばれた、生贄?」
「その言い方はひどいなぁ。まぁ、あながち間違っちゃいないんだけど……」
 はぁあああああ、と深いため息が出た。
 緊張して損した、といった感じに。しかし、王太子は話を続けていた。
「ここで、はいさようならと言ってしまえるほど、薄情でも命知らずでもないんだけどなぁ」
「命知らず?」
「野別のおじさんの仕事を知らないから、かな? あの人に睨まれたら、たとえ俺だって無傷じゃすまないよ。その手中の玉である君に遊び半分で手を出せるほど、俺はまだこの命を捨てる覚悟はないってこと」
 訳がわからないと王太子を見つめ、眉間に皺を寄せると、んー、と困ったような声を王太子が出す。
「とりあえず、これからよろしくねってことかな?」
「……は?」
 あの場から連れ出された成弥が噂のネタにならない訳がなく、成弥は王太子の婚約者に内定してしまったのだ。
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