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一章 俊樹×篤志

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 途中から意識が飛んでいた篤志が目を覚ますと、すでに発情期は終わっており、体は綺麗にされていた。
「あっ……」
 体が痛く、動くことも億劫で、ゆっくりと上体を起き上がらせると、中からどろりとつたう感覚が伝わってきた。
 それが何であるかを自覚すると、篤志の顔は真っ赤に染まり、そのまま布団の方へ倒れ込んでしまう。
「こ、こんな……うぅ……」
 発情期の全てを覚えているわけではないが、ひどく乱れた事は確かで、思い出すと恥ずかしくて仕方がない。
「篤志? 起きたんだね」
 調子はどう? と、寝室に入ってきた俊樹はいつも通りだから、余計に篤志は俊樹の顔が見れなくて、顔をあげることができない。
「恥ずかしいの? 可愛いなぁ……そう言えばさっき、伊藤が来て食材とか置いてったよ。また来週、リクエスト聞くっていってた」
 伊藤まで自分の痴態を知っていると、泣きたくなった。
 そっと俊樹が、篤志のそばまで寄る。
 ふと、鼻を掠めた甘いジャスミンの香り。ん? と篤志は俯いたまま首を傾げる。
 番う前はそれほど感じなかった匂いが、鮮明に感じた。ただ、それは興奮を誘うような匂いではなくて、何というか……落ち着く香りだった。
「んー、無防備なお尻は魅力的だけど、体が冷えちゃダメだよねぇ」
 てぇい! と俊樹が篤志の体をどうやったのか、ベッドに転がし、布団を被せる。
 動いたせいで余計に中からどろどろと溢れてくる気がした。
「ひぃっ」
「ん? あ、もしかして中から出てきちゃったの? 綺麗にする?」
 綺麗にするなら掻き出す必要があるんだけど、と俊樹は言うが、掻き出す? と篤志は顔を真っ赤に染め上げ、布団の中に潜り込む。
「む、無理、無理ムリむり‼︎」
「大丈夫だって、俺が篤志の体で知らないところなんてどこもないんだから、今更恥ずかしがる必要なんてないよね?」
 そう言う問題ではない。
 馬鹿っ! と言ってバシバシと布団から手だけ出して俊樹を叩く。
 だが、俊樹はとても楽しそうだ。
「あー、でも起きてもらわないと困るんだよねぇ。おっきしよ?」
「……え? 何で?」
「病院行かないといけなくてね」
 え? と、起き上がる篤志は、俊樹へと縋り付く。
「どこか病気なのか? 俊樹さん、大丈夫? 発情期に付き合ってる場合じゃないんじゃ……」
 必死に確認する篤志に、虚を突かれた顔をした彼は、次の瞬間には、あっはっはっはっは! と、めちゃくちゃ笑っている。何故? と首を傾げ、呆然と彼を見てると、違う違う、と涙ながらに首を振った。
「俺じゃないよ~。ほら、番になったでしょ? 時々、体質変わる子とかいるらしくて、篤志に何かあったら困るでしょ~?」
 だから、着替えて病院行こうね、と布団ごと持ち上げられた。普段引きこもって仕事している俊樹のどこにそんな力があるのかと、びっくりしてしまう。
「ひぅっ!」
「あ、溢れてきちゃってる? 発情期中は大丈夫とか聞いたことあるけど、元々精液中に出すとお腹壊すらしいし、ちゃんとかき出してあげないとね」
 楽しそうに風呂場に連れて行かれた篤志は、そこでもう一度俊樹の相手をする羽目になった。
 真っ赤に染まり、脱衣所に置いてある椅子へ座らされている篤志。俊樹が風呂場から出てきて、甲斐甲斐しく篤志に服を着せていく。ぐったりとしたまま、篤志はされるがままだ。
「ごめんね? 篤志が可愛くて、我慢できなかった」
 ごめんと言いながら、その顔は謝っていない。
 このやろうと思いながら、篤志は俊樹の顔を真っ直ぐ見れないでいる。
 番になって、ひどく甘くなったのか、それとも元からの性格なのか、俊樹は篤志へキスをすると、そのまま抱きかかえた。
 立ち上がれないのはもちろんだが、抱えられると、妙な恥ずかしさがあるのはどうしてなのか。
「おぉおおお、おろして、おろしてくれっ!」
「歩けないでしょ? いいから俺に甘えてなさいって」
 そう言う俊樹に連れられて、車に乗せられる。
 車など、運転できるのかと心配になるが、余計なお世話のようで、彼の運転はとてもスムーズだった。運転手に運転させるまでもなく、アルファならこれぐらい余裕でできるものなのか。
 その辺りはよくわからないが、運転に集中している俊樹はカッコよかった。
 病院についてから、予約していたのか、あまり時間をかけずに検査に向かい、そして診察室へと呼ばれた。
「番になってからの体の変化はある程度大丈夫そうだね。ただ、俊樹くん、君は少し彼を労わるべきだね」
 昔から知っているのだろう、医師はそう言いながら俊樹を笑う。
 あっはっは、と割と大きな声で俊樹も笑うものだから、篤志は居た堪れなくなってしまう。
「いやぁ、番って思ったより理性が働かなくてねぇ。わかるっしょ? まぁ、無茶させたのはわかってるけどさ」
「わかるけど、出先に一発、は流石にダメだよ?」
 バレていた……、それにこの医師も明け透けにいうものだ。
「だよねぇ、俺も反省してます。それで、薬とかって施設のと同じで大丈夫そう?」
「いや、言っちゃ悪いけど施設の薬って安物の量産品でね。あまり品質は良くないんだ。だから、薬自体は変えさせてもらうよ。強さは前のと変わらないものを出しとくけど」
 りょーかい、と俊樹が言うと診察は以上です、と医師が笑う。
「篤志君は何か聞きたいこととかある? 不安なことでも、なんでも良いんだけど。言いにくかったら、俊樹は追い出すから、安心して」
「い、いえ……俺は、別に……」
「そう? じゃあ、次は一ヶ月後にまた会おうね」
 妙に子供扱いされているような気がするのは気のせいではないのだろう。
 いいこ、と頭を撫でられて診察室を後にした。
「体質変わってないようで、何よりだったね」
「あぁ……」
 恥ずかし過ぎて何も言葉が出てこない。
 そんな篤志を見て、俊樹はニコニコと機嫌よさそうにしているが、篤志の心情的には信じられない光景だ。
 そもそも、一生誰にも抱かれず、抱くこともなくあの施設にいたお局のように死んでいくのだと思っていた人生が、こんなにも変わるだなんて誰が思うだろうか?
「赤ちゃんできてると良いなぁ」
「……俊樹さんは、子供が好きなのか?」
「え? いや、別に?」
 先程のセリフと、今の態度の変わりようは一体なんなんだと篤志は首を傾げてしまう。
「自分の血の繋がった子供以外に興味なんかないし、何なら嫌いだけど。でも、篤志が産む子供なら可愛いと思うでしょ?」
「俺が産むから?」
「それ以外に何かあるの?」
 本当に不思議そうに俊樹が首を傾げるので、それが俊樹の本心だと嫌でもわかってしまう。あ、う、と言葉が出てこない篤志。そんな篤志の頭を、俊樹が優しく撫でた。
「そろそろ帰ろうか」
 会計も終わり、俊樹の運転で部屋に帰ってきた。帰ってきたといえるだけ進歩はしているのだろう。ソファーに座り、はぁ、とため息を吐いた。
 お疲れ様、とローテーブルには俊樹が淹れたほうじ茶が湯気を立てていた。
「いい子だったね、篤志は」
「子供扱いしないでくれ」
「子供扱いじゃないんだけどな。まぁ、本家に行けば嫌でもわかるよ」
 苦笑じみた俊樹の顔が、何とも言えず、何かあることは理解できる。
 俊樹は本家が好きではないみたいだが、真木の本家はこの国の公爵家の一つで、皇族に次ぐ権力を持つ者たちの一つだと言うのに、そこまで家庭が複雑なのだろうか?
 篤志にはそれを聞く権利はない、と口を閉ざす。それに、真木の本家にもいずれ連れて行ってもらえるのだろう。そこで嫌でも知る事になるのではないか? と、篤志はとりあえず問題を先送りにする。
「しばらく仕事もないし、ゆっくりできるよ。篤志は何がしたい?」
「え? 俺?」
「したい事がないのなら、一緒にショッピングでもどう? 番になったし、街の中にも連れ出してあげられるからね」
 そう言えば、番になれば外に連れて行ってくれるようなことを前に言われていた。その口約束を覚えていたのか、それとも俊樹自身が篤志と出かけることを楽しみにしていたのか、何となくウキウキしているようにも見える。
「篤志を連れて行ってあげたいお店もあってね。そうだなぁ、明後日あたりなら体調も回復してそうだし良さそうだよね。明後日、お出かけしようか」
 決まり、と言う俊樹はあれやこれやと考えているみたいだが、どうしてそんなに浮かれているのか、全くと言っていいほど篤志はわからない。
 オメガとして認定されてから、今までずっとあの施設の中で育って来たのだ。お出かけ、と言うものがどう言うものなのか、わかっているようでよくわからないのだ。
 あまり外の世界を知ることもできない施設では、物欲というものはあまり無かった気がする。
 全て、俊樹に任せることにして、ご飯作らなきゃ、と篤志は立ち上がる。
 俺も手伝うよ、と声をかけてきた俊樹だが、あまりやることもないから、皿の準備などをお願いした。
 そう言えば、仕事仕事で、こうしてゆっくりと俊樹とご飯を食べるのは初めてなことに気がつく。いつも、この部屋に来てから俊樹はとても忙しく仕事をしていたから。何の仕事をして居たのかは知らないけれど、とても忙しそうだった。
 篤志の発情期に合わせていた、と言われれば納得してしまったが、合わせて先倒しにできる仕事なのだろうか? 篤志は、自分が邪魔してしまったのではないか? と少しだけ不安になった。
「篤志は、いつも不安そうだねぇ。何でかなぁ? 俺の愛情が足りないのかな?」
 気がつけば、篤志をジィッと見ていた俊樹に驚く。
「な、なに?」
「篤志は、俺に聞きたいことない?」
 聞きたいこと? と篤志は首を傾げるが、そんなにすぐに出てくるものではない。それに、先ほど考えていたことは、驚いて頭からすっぽりとどこかへ行った。
 食事の準備が済み、二人で向かい合っていただきます、と食べ始める。いつも、部屋の前に食事を置いて、声をかけ、しばらくすると空の食器だけが置かれて居たから、篤志のご飯は食べてもらえていたけれど。
「んー、篤志って料理上手だよね。いつも美味しいし」
「施設で、習うから……少しでもアルファに気に入られるように、料理とか裁縫とか、何か色々家事とか覚えさせられる」
 へぇ~、と施設の内状についてはあまり知らないのか、興味が湧いたようだ。
「施設では、他にどんなことしてるの?」
「どんなって……別に、普通だと思うけど? 学校みたいに、五教科と、それから家庭科の授業が多めって感じ? それで、体育とか外に出て活動する授業は少なかった」
 肌を焼かないように、っていう配慮なんだろう。それも、アルファに気に入ってもらえるように。
 最低限の教養も、そこで行われていた全てが、いずれ自分を身請けしてくれるアルファのために、と施されていた。
 あの施設の根幹にあるのが、いずれ番うだろうアルファのために、学べるべきことを学び備えることにあるのだから、それぐらい出来て当たり前だ。出来なくても怒られることはないが、出来た方が何かと便利な能力ばかりを教えてもらえている気がする。特に、洗濯や掃除は一度教えて貰えばなんとなくわかるが、食事を作ることは何度も教えてもらう必要もあるだろう。レパートリーを増やしたり、その調理方法がどう言ったものかを理解したりと。
 だって、アルファの食に関する好みは人それぞれでわからないのだから。
「篤志は、施設について……この国の制度について恨んだことはないの?」
「別に……? そりゃ最初は親に捨てられたって思ったけど、あそこにいれば、働かなくても生きていけたし。でもまぁ、毎回アルファが来るって言われて選ばれるわけないって思ってるのにあの場所まで行かなきゃいけなかったのは面倒臭かったけど」
 他のオメガたちは、自分が選ばれるかもしれない、選んでもらおう、そう思って希望を抱いていたみたいだけれど、早々に諦めてしまっていた篤志にはどうしてそこまで期待できるのか解らない。
「そっか……まぁ、うん。施設職員の君への態度を思い出して少し思うところもあったんだけど……あの施設がきちんと機能していて良かったよ」
 あれは多分自分にだけだと篤志は思うが、それを口には出さず、苦笑する。
 抑制剤に関しても思うところがありそうだが、総人口の約〇・五パーセントしかいないとは言え、それでもあの施設に収容されるオメガの数は多い。抑制剤も一番ランクの低いものを使うしかないのだ。もちろん、自分の体にあったものは使わせてもらえるし、きちんと検査もしてもらえるので、不当に使わされている、ということではない。
 施設が出来て運営してから、不幸になるオメガ、というのは減った。目に見えて、ニュースになっていたりしたオメガの不幸は減ったのだ。一部では、助成金の方がなんていう意見もあったのだが、それよりも多少のお金をもらえて、多額のお金がかかるオメガの子供など手放してしまった方が、親もそして後々オメガも幸せだという結論だ。
 オメガの人たちがそれを理解できる年になるまでは、制度を恨んでいたとして、両親を恨んでいたとして、それでも不幸になる確率と幸せになる確率が、どこにいるかで変わるかならば、幸せの確率が高い方にいた方が絶対にいいと思うはず。
 誰が何を思うかなんて、その人にならないと解らないことだけれども。
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