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お別れ
しおりを挟む「おひめさま、目、覚めた?」
ぽわぽわ菫の髪が揺れる。
「だいじょぶか? お水飲む?」
麦が差し出してくれた切子硝子に注がれた水が、きらきら揺れる。
「ありがとう」
受け取って飲んだ水は、透きとおる山の香りがした。
「ご飯食べられそう?」
「あれるぎーとかあるか?」
代わる代わる心配そうに聞いてくれる菫と麦に微笑んだ。
「眠ったら随分よくなったみたい。
ご飯食べます!
アレルギーは卵です!」
「わかった!
絢に言ってくる!」
ぱたぱた麦が駆けてゆき、菫が微笑んで手を握ってくれる。
「ちゃんとね、アレルギー28品目全部使ってない料理も作れるんだよ。
それ以外にもトマトとかメロン、苺、お餅とか唐辛子とか、食べるとしんどくなるのは外せるようにしてあるんだ。
絢と僕で頑張ったの。
美味しいご飯とおやつを作るから、楽しみにしててね!」
菫の瞳は、透きとおってきらきらだ。
『……アレルギー?』
『うわ、めんどくさ』
『さすが日崎さんよねー』
『一緒に飯行けないから最高じゃん』
投げつけられた言葉たちが、菫の笑顔に溶けてゆく。
「……ありがとう」
ぎゅう、と菫の手を握る。
ちいさな手が、私の頭を撫でてくれる。
「つらかったね」
菫のほうが泣きだしそうな瞳で、抱きしめてくれた。
「……白銀の皆は、ほんとうにやさしいね」
ぐすぐす鼻を啜ったら、菫が手を握ってくれる。
「おひめさまは皆、傷つけられて、さみしくて、哀しい思いをしてる。
その辛い思いを癒して、甘やかすのが、僕らの使命であり、ごちそうなんだよ」
にこにこする菫に、目を瞬く。
「……ご、ちそう……?」
「え? ……あ、あっ!
おひめさまにご馳走をつくるのが、僕の使命なんだよ!」
ぽわぽわ髪を揺らして、ぴょこんと菫が胸を張る。
「菫ー、絢が手伝いに来いって!」
帰って来た麦に、菫はぴょこりと跳ねて頷いた。
「わ、わかった!
おひめさま、僕、頑張ってご馳走つくるから、楽しみにしててね!」
きゅ、と手を握ってくれた菫が、ちいさな足でぱたぱた駆けてゆく。
「……え、とあの…………陵、は?」
くるりと見回したけど、いない。
聞いたら麦は鼻の頭にしわを寄せた。
「うじうじしてる」
「…………は?」
麦は長々溜め息をついた。
「結芽、ごめん。
傍仕え、外れる。
――陵の伝言」
麦の言葉に、息をのむ。
「…………そ、か。…………そう、だよ、ね」
『おひめさま』
『ひとりを選んで』
『おひめさま』
皆が、やさしくしてくれるから。
まるで本当におひめさまになったみたいに、思いあがってた。
陵は、私の手の届かない人だ。
そんなの、解っているのに。
痛いほど、解っているのに。
2泊3日の間だけはと、夢を見てしまった私が、愚かだった。
ほんの短い間でも、陵は私にやさしくしてくれた。
夢みたいな時間だった。
「……今まで、ありがとうって……」
ぽたり
涙が落ちる。
ぽたり
ぱたり
こぼれる涙に、麦の瞳が歪む。
「ひめを泣かすなんて、あの野郎――――!」
憤慨してくれる麦がやさしくて、首を振る。
「夢みたいだった。
ありがとう」
丁寧に、頭をさげた。
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