5 / 43
雪の向こうのちいさな村
しおりを挟むふうわり紅い陵に、ぎゅっと手を握られる。
「あ、あのあのい、いいい意味が、わわ解らな……」
「すぐわかるよ、結芽」
長い指が、私の髪を撫でた。
頬を、うなじをそっと撫でて、名残惜しそうにステアリングに戻る。
また走り出した漆黒の車に、安心したのか、がっかりしたのか、解らない。
鼓動はとくとく駆けたまま。
目は陵から逸らせないまま。
繋がる指は、ほどけないまま。
山道を、奥へ、奥へ、真っ白な世界の向こうへと駆けてゆく。
「温泉の評価が☆3.2なのが不服でさ、ちょっと頑張ったんだよ。
楽しんでもらおうと思ってたのに、大雪で停電して使えなくなった。ごめん」
「あ、あの、て、停電になったら、泊まるところ、ないんじゃ……」
あわあわする私の手を、陵の大きな手が包みこむように握る。
「俺の家においで」
桜の唇が、弓を描く。
『よろこんで――――!!』
両手を挙げたくなったよ!
「そ、そそそそれは、あ、あのあの……」
あわあわわたわたする私に、陵は喉を鳴らして笑った。
「長の家だ。
夏は旅館に泊まり切れないお客さんとか、よく泊めてるんだ。
俺ひとりしかいない訳じゃないから、安心して」
……がっかりしたとか、言えません。
「……結芽の隣は、俺がいいけど」
きゅ、と繋がった指を握られる。
見あげたら陵が、とびきりの芳しいかんばせで、笑ってくれる。
めちゃくちゃ、癒される。
夢みたいだ。
顔が熱い。
頭がぽーっとする。
気を抜いたら泣いちゃいそうなくらい、夢の世界だ。
あやしさ満開の煽り文句は、嘘じゃなかった――!
いやいやいや、ここから『お金欲しいな♡』が来るのかもしれないけど!
全財産貢いじゃいそうだけど!
き、気を引き締めていこ――!
………………できるかな。
できる気がしない。
漆黒の車が山のなかの雪道を掻き分け、ようやく止まったそこは、時代劇に出てきそうな、ちいさな村だった。
深山の雪に包まれた茅葺きの屋根が、ぽつり、ぽつりと白い世界に色を落とすように佇む。
煙突からは、白い湯気が零れていた。
雪の舞う、ほの白い空を、鳥が渡ってゆく。
「わあ――!
昔話の世界みたい!」
喜んで車から降りた瞬間、
ズルッッ!
思いきり、滑った。
情けない……!
恥ずかしい――!
でもこんなに雪が積もっていたら、転んでもあんまり痛くないんじゃないかな。
べしゃりと冷たい雪に埋もれるだろうと身構えたのに、降ってきたのはあたたかな腕だった。
「だいじょうぶ? 結芽」
心配そうに眉をひそめる陵の美貌が、ち、近すぎる――!
58
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
【完結】きみの騎士
*
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。
ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。
でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる