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悪役令息

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 ロロァの懸命の治癒魔法のおかげで、49番かつ透夜は一命を取り留めた。

 その間、誰もロロァの様子を見に来なかった。
 三日に一度、黴の生えた食糧が投げ込まれるだけだ。
 最低だ。

 憤慨しつつ、透夜は魔道具を起動、黴の生えた食糧と、ロロァが暮らす雨風が吹き込みまくりの腐り果てた別邸と、風呂にも入らずボロ布を纏った骨と皮のロロァと、ロロァの身体に残る明らかな虐待の痕と、怯えて謝り続けるロロァを記録した。

 相手は筆頭公爵だ。握り潰される可能性を考え、複製も三つ作成した。

「あ、あの、お兄さん、何、してるの……?」

 珍しい映像魔道具を起動する透夜が不審だったのだろう、いやそれ以前に天井からブチ落ちて、内臓をぶちまける闇衣の男は不審に違いない。

 血を止めてくれ、裂けていた腹を塞いでくれたロロァに、透夜は丁寧に頭をさげる。

「きみのおかげで、たすかった。ありがとう」

 真っ赤になったロロァが、照れくさそうに笑う。

「……よ、よかった。……き、気持ち、わるいって、皆、僕を、ぶつ、から……」

 潤んだ藍の瞳が、泣きだしそうに揺れる。

 透夜の前世の記憶が、ゲームの情報を叩き出した。

 そうだ、確かロロァはこの世界では珍しい治癒魔法が使えた。
 さらに血筋も地位も権力にも財力にも恵まれたロロァは帝太子の筆頭伴侶候補となり、高い鼻はどこまでも高くなり、周りを下民と蔑む典型的悪役として君臨する。

 主人公も治癒魔法が使えるのだが、修練を怠って攻略候補と遊び呆けていると、ロロァにこてんぱんに叩きのめされるという、ライバルとしても優秀な悪役だった。
 完膚なきまでに負けると、攻略対象たちが慰めてくれるというご褒美スチルがあって、それを出すために一切修練をしないという選択をしたからよく憶えてる。

 しかしゲームを思い出せば思い出すほど、違和感しかない。

 ロロァの決め台詞は

『は! 下民の分際で、僕に刃向かうつもり?』

『あーははははは!』の高笑いとセットでついてくる。

 しかも、ロロァは可愛い。
 主人公と闘えるほど、可愛い。

 さらに主人公しか使えないはずの治癒魔法まで使え、油断すると負ける。
 性格は最悪なのに、可愛くて、あざとくて、小憎らしくて、優秀だなんて!

 ちょっとこっちの印象が負けると、攻略対象の腕のなかでとろけるように笑って、主人公に向かって『べー』舌を出すなんて! しかもそれが、意外にかわいーだなんて!

『今年のBLゲーム、むかちゅく悪役No1!!』
 BLゲーム大すきな人たちのなかで話題になったのが、悪役令息ロロァだ。

 そんなロロァが、天井からブチ落ちてきた不審者を懸命に治癒魔法で救ってくれること自体がまずありえないし、虐待されているだなんて、もっとありえない。

 でもガリガリで、泣きだしそうな瞳で見あげてくれる、このちっちゃな子は、スチルのロロァをちっちゃくしたようにしか見えない。

 違和感を呑みこんだ透夜は、ちいさなロロァと視線を合わせるために膝をつく。

「俺は透夜」

 49番とは、名乗りたくなかった。
 こんなのは、名前じゃない。

「きみは命の恩人だ。きみに仕え、きみをたすける力になりたい」


 澄んだ藍の瞳が、瞬いた。

「……ぼ、僕の、力、に……?」


 前世の記憶と感情を総動員し、透夜は微笑む。


 ロロァを怖がらせないように、この世界に生まれて初めて、笑った。


「きみの、力に」



「……ぅ、あ……!」

 くしゃくしゃに歪んだロロァの瞳から溢れる涙を、そっと抱きしめる。



「俺が、きみを、守る」


 泣きじゃくる、ちいさな背を、抱きしめた。





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