130 / 152
花のきみ
しおりを挟む何も見なかったことにしたリイは、駆ける足を速めた。
たった三人だと侮り、数に物を言わせた敵はその進撃に色を失い、後退する。
だが斬っても斬っても、敵は現れた。
衛士にはなるべく峰打ちを心掛けたが、明らかにラトゥナの手の者とわかる、殺すために剣を抜く者は、容赦なく斬り捨てた。
向こうは殺す気だ。
生かせばこちらが、殺される。
剣を振ったリイの刃から鮮血が滴り、白い月光石の床に血飛沫を散らした。
あなたの命のために人を斬ることを、ためらったりしない。
どんな罪に穢れても、俺は、あなたを護る。
冴え凍るリイの隣で、レミリアは倒れ伏した刺客に銀の掌を掲げた。
「…………レミリアさま」
まさか、回復を──?
目を剥いたリイに、レミリアが笑う。
「リイの手が、私のために血で穢れるなんて、ゆるさない。
起きないよう血だけ止めておくわ。
……何とか生きるように。
ゆきましょう!」
あなたが、笑ってくれる。
血に染まる手を、癒してくれる。
涙に滲む視界で、あなたと駆ける。
この時間なら、レイティアルトは王太子執務室にいるはずだ。
執務室は入り組んだ宮殿の最奥にある。
王太子の執務室や私室は最高機密とされ、限られた者しか知る者はない。
「こいつら、殿下の居場所を知ってる?」
「ラトゥナが、どうして──!」
コルタとレミリアの声に、リイは息をのむ。
──……キールが伝えたのかもしれなかった。
レイサリア王宮は、巨大だ。
王族の居住する広やかな宮殿、光国議会殿、王侯貴族の王宮執務室、舞踏殿、光騎士殿、光騎士鍛錬用闘技場、王宮衛士殿などを有し、隅々まで手入れされた庭園と噴水が白亜の宮殿群を彩る。
内部をよく知る者でなければ、どこに何があるのか皆目わからなくなるように、宮殿は皆同じ月光石の同じ柱、同じ床、同じ大きさで造りあげられていた。
王族を守るため、千年かけて築きあげられた、白亜の迷宮だ。
王太子執務室に辿り着くまでには、恐ろしいほど複雑な回廊を踏破しなくては
ならない。
部外者がレイティアルトを俊敏に襲うことは、不可能だ。
「ああもう! 迷宮すぎる!」
肩で息をするレミリアを支えたリイも、額の汗をぬぐう。
この道を覚えるために泣いた日々が、もう遠い。
強固な守りが、レイティアルトを助けにゆきたい時にも障害になる。
迷路のような宮殿の角を曲がるたび、冬の深い闇にまぎれ潜んでいた刺客が、刃を抜いた。
「──……どんどん多くなるな。
召集弾、もう一発撃っておく」
レイティアルトの執務室に近づけば近づくほど増えてゆく敵に、肩で息をしたコルタが、もう一度窓から天へと向け、銀の弾を撃ちあげる。
翔る銀の光が、王宮の闇を切り裂いた。
レイティアルトのもとへ駆けるたび、
「来たぞ!」
「出合え!」
湧きおこる敵襲の刃を、リイの一撃が切り裂く。
一瞬で崩れ落ちる兵に後退る敵を、
「ヴィレルゼリオン!」
うなりをあげて逆巻く銀の炎が焼いた。
リイより強いは、戯言ではない。
希代の魔術士も、レミリアには完敗だろう。
「行きましょう!」
血に染まる白き衣の裾をひるがえし駆けるひめに、跪きたくなる。
あなたこそが、真のレイサリアの花のきみ。
16
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました
みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。
日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。
引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。
そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。
香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる