118 / 152
……約束
しおりを挟む「おいで」
抱き寄せられて、レイティアルトの香りに包まれる。
レイサリア光国王太子殿下と、許可なく触れると死罪な方と!
指を重ね、瞳を重ね、抱きあって踊るだなんて──!
「……発火しそう」
「喜んでいい?」
レイティアルトのくちびるが、額にふれる。
「や、やりすぎだ!」
驚いて距離をとろうとするのに、抱き寄せられた。
やわらかな衣を透かし、レイティアルトのぬくもりが沁みてゆく。
レイティアルトの鼓動が響くほど重なる身体に、からみあう指に降るめまいの向こうに、歪む星の海の瞳が見えた。
「………………レミリアさま」
息をのんだリイの向こうで、レミリアは唇を噛み締めた。
色が無くなるほど拳を握りしめたレミリアが踵を返し、駆けてゆく。
──……追えなかった。
ゆがんだ瞳が、リイの手足から力を奪う。
駆け去る背が、水晶の向こうに消えてゆく。
何もできぬまま、リイは瞳を落とした。
…………レミリアさまは、女の装いをしている俺など、見たくもなかったのかもしれない。
あなたをずっと、あざむいていた。
許されるなんて、思っていない。
わかっているのに、涙は落ちた。
「……リイ」
流れる涙を長い指で拭ってくれるレイティアルトに笑おうとして、失敗する。
顔を歪めたリイは、光の世界から駆け去った。
どこをどう走ったのか、わからない。
闇を、息が切れるまで駆けたリイは、くずおれた。
銀のセレネの花の髪飾りをむしりとり、うずくまる。
月影が、嗚咽にふるえる肩を包んだ。
レミリアさまに拒絶されたら、ルフィスに拒絶されたみたいだなんて。
ルフィスを想っているのか、レミリアさまを慕っているのかさえ解らないだなんて。
ルフィスにもレミリアさまにも、申し訳なくて。
どこにもゆけないリイは、真っ暗だ。
『ずっと、ずっと、待ってる。
リイが来てくれるのを。
リイだけを。
待ってる』
告げてくれたルフィスの笑顔が、涙に霞む。
ルフィスに、逢いたい。
リイに残されたのは、幼い約束にすがることだった。
秋が過ぎゆき、冬が巡る。
レミリアの歪んだ瞳が、頭から離れない。
痛いほどの拒絶に、リイは噴水の中庭に行けなくなった。
壊れゆくリイの世界で輝くのは、ルフィスへの思いだけだ。
敵国情報を握るのは機密院だが、隠し子までは網羅されていないらしい。
クグにも聞いてみたけれど、知らないと首を振られた。
ルフィスに逢うためには、レイサリア光国を出るしかない。
だがギゼノスに行けたとしても、何の伝手もないリイ単身ではきっと、惨殺されるだけだ。
メデュを巻き込むなんて、できない。
魔力を消す魔道具がもし失敗したら、メデュにまで断罪の手は伸びるだろう。
ずっと辛い思いをしてきたメデュを、更に絶望に落とすことになる。
メデュのやさしい気持ちだけを抱いて、行くなら、ひとりで。
けれどリイひとりで行くなら、犬死にだ。
ルフィスに逢えることなく終わってしまう。
突破口が、見つからない。
塞ぎ込むリイを、キールもコルタも、機密院のクグまで心配してくれた。
レイティアルトが重用する機密院の精鋭クグは、目を輝かせてダルムの菓子を深夜に頬張るレイティアルトの仲間、極甘党だ。
メデュも仲間だと思うよ。
3人は仲良くなれるはず!
リイがいなくなった後もメデュが寂しくないようにと紹介しようとしたけれど、メデュに断られた。
「リイがいるから、いい」
ほんのり唇の両端をあげて微笑んでくれるメデュに、泣きたくなる。
…………ごめんね、メデュ。
俺は、レイサリアに、ふさわしくない。
切りつける風の吹く、初冬の夕暮れだった。
日に日に落ち込んでゆくリイを、機密院のクグが隠し部屋へと招いてくれた。
狭い部屋には、窓がない。
厚い壁に明かりを燈すと、ふたりの顔だけが浮かびあがる。
わずかに黴の匂いがした。
16
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる