【完結】きみの騎士

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……約束

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「おいで」

 抱き寄せられて、レイティアルトの香りに包まれる。

 レイサリア光国王太子殿下と、許可なく触れると死罪な方と!
 指を重ね、瞳を重ね、抱きあって踊るだなんて──!

「……発火しそう」

「喜んでいい?」

 レイティアルトのくちびるが、額にふれる。

「や、やりすぎだ!」

 驚いて距離をとろうとするのに、抱き寄せられた。

 やわらかな衣を透かし、レイティアルトのぬくもりが沁みてゆく。

 レイティアルトの鼓動が響くほど重なる身体に、からみあう指に降るめまいの向こうに、歪む星の海の瞳が見えた。


「………………レミリアさま」

 息をのんだリイの向こうで、レミリアは唇を噛み締めた。
 色が無くなるほど拳を握りしめたレミリアが踵を返し、駆けてゆく。

 ──……追えなかった。

 ゆがんだ瞳が、リイの手足から力を奪う。
 駆け去る背が、水晶の向こうに消えてゆく。

 何もできぬまま、リイは瞳を落とした。

 …………レミリアさまは、女の装いをしている俺など、見たくもなかったのかもしれない。


 あなたをずっと、あざむいていた。

 許されるなんて、思っていない。


 わかっているのに、涙は落ちた。


「……リイ」

 流れる涙を長い指で拭ってくれるレイティアルトに笑おうとして、失敗する。

 顔を歪めたリイは、光の世界から駆け去った。






 どこをどう走ったのか、わからない。
 闇を、息が切れるまで駆けたリイは、くずおれた。

 銀のセレネの花の髪飾りをむしりとり、うずくまる。
 月影が、嗚咽にふるえる肩を包んだ。

 レミリアさまに拒絶されたら、ルフィスに拒絶されたみたいだなんて。
 ルフィスを想っているのか、レミリアさまを慕っているのかさえ解らないだなんて。
 ルフィスにもレミリアさまにも、申し訳なくて。

 どこにもゆけないリイは、真っ暗だ。


『ずっと、ずっと、待ってる。
 リイが来てくれるのを。
 リイだけを。
 待ってる』

 告げてくれたルフィスの笑顔が、涙に霞む。


 ルフィスに、逢いたい。

 リイに残されたのは、幼い約束にすがることだった。






 秋が過ぎゆき、冬が巡る。

 レミリアの歪んだ瞳が、頭から離れない。

 痛いほどの拒絶に、リイは噴水の中庭に行けなくなった。
 壊れゆくリイの世界で輝くのは、ルフィスへの思いだけだ。

 敵国情報を握るのは機密院だが、隠し子までは網羅されていないらしい。
 クグにも聞いてみたけれど、知らないと首を振られた。

 ルフィスに逢うためには、レイサリア光国を出るしかない。

 だがギゼノスに行けたとしても、何の伝手もないリイ単身ではきっと、惨殺されるだけだ。

 メデュを巻き込むなんて、できない。

 魔力を消す魔道具がもし失敗したら、メデュにまで断罪の手は伸びるだろう。
 ずっと辛い思いをしてきたメデュを、更に絶望に落とすことになる。

 メデュのやさしい気持ちだけを抱いて、行くなら、ひとりで。

 けれどリイひとりで行くなら、犬死にだ。
 ルフィスに逢えることなく終わってしまう。

 突破口が、見つからない。

 塞ぎ込むリイを、キールもコルタも、機密院のクグまで心配してくれた。

 レイティアルトが重用する機密院の精鋭クグは、目を輝かせてダルムの菓子を深夜に頬張るレイティアルトの仲間、極甘党だ。

 メデュも仲間だと思うよ。
 3人は仲良くなれるはず!

 リイがいなくなった後もメデュが寂しくないようにと紹介しようとしたけれど、メデュに断られた。

「リイがいるから、いい」

 ほんのり唇の両端をあげて微笑んでくれるメデュに、泣きたくなる。

 …………ごめんね、メデュ。

 俺は、レイサリアに、ふさわしくない。





 切りつける風の吹く、初冬の夕暮れだった。
 日に日に落ち込んでゆくリイを、機密院のクグが隠し部屋へと招いてくれた。

 狭い部屋には、窓がない。
 厚い壁に明かりを燈すと、ふたりの顔だけが浮かびあがる。

 わずかに黴の匂いがした。






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