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誘惑?
しおりを挟む光国議会殿前の月光石の廊下の脇にある隠し扉を抜けると、王族だけが使える部屋に辿り着く。
机と椅子、書籍が唸る本棚は勿論、寝台と浴場まで設えられている。
光国議会に出席する王族をねぎらうための部屋だが、議会中は王太子第二執務室と化している。
壁面に見事に同化する月光石の扉を閉めたリイは、ようやく叫んだ。
「ありえないこと言われてた!」
レイティアルトの腕が、リイの腰を抱き寄せる。
そんなことをされると思ってもみなかったリイは、無防備にレイティアルトの腕のなかにおさまってしまった。
背が、高い。
あたたかな腕に、包まれる。
「リイの気が向いたら、俺はうれしい」
「…………は?」
桜の唇が、かすかに弓を描く。
至近距離の微笑みは、リイの心を撃ち抜くように艶やかだ。
「ルフィスではなく、俺を見ろ」
深い翠の瞳に、思わず見蕩れた。
「──……そんな顔で、そんなこと言うと、ひめさま一瞬で落ちるだろ」
「落としたことはない」
真っ直ぐに瞳を射貫く、深遠の翠に囚われる。
「…………レイティアルトが本気になったら、俺、一瞬で落ちそう」
自覚なく呼び捨てたリイに眉をあげただけで、レイティアルトはやわらかに笑った。
「ルフィスもレミリアもいるくせに」
うつむいたリイは、呟いた。
「……レミリアさまを……傷つけた。
ルフィスも……俺のことを……忘れてるかもしれない」
「なら俺と恋愛してみる?」
翠の瞳が、ひらめいた。
「だ、だから、傷心なんだから、そういうこと言われると──!」
「癒す腕なら、ここにある」
抱き寄せられて、レイティアルトの香りに包まれる。
レイティアルトの熱が、リイの肌に沁みてゆく。
「……甘えたくなるから、だめだ」
「だからいいんだよ」
レイティアルトの香りにくるまれて、レイティアルトの鼓動を聞いていた。
レミリアの香りが、ルフィスの笑顔がよみがえる。
きみとの約束を果たしたい。
願うことは、レイサリア光国を捨てることだ。
女だとわかっても笑ってくれたコルタを、キールを、ザインを、光騎士の皆を、レイティアルトを、裏切ることだ。
一刻も早く敵国へと向かおうとする足が、止まる。
きみの傍へと駆けたい足が、動けない。
紅葉に染まる秋の庭に、鳥が舞う。
舞い散る噴水の飛沫が、リイの衣を冷たく濡らした。
…………来てくれるはずなんて、ない。
そんなこと、望むことさえ、おこがましいのに。
朝早く目覚めてしまうから。
鳥の声で眠れないから。
言い訳をかかえ、謹慎の明けたリイは噴水の庭に向かう。
合わせる顔なんて、ない。
どれだけ、傷つけてしまっただろう。
思うたびに涙が出るのに、どうしてあなたに逢いたいんだろう。
見あげる夜が、明けてゆく。
誰も来ない闇の苑が、朝のひかりに染まりゆく。
枯れ落ちたセレネの花と、舞いあがる鳥と、噴水の縁に腰かけたリイだけが佇んで、のぼりゆく朝陽をむかえる。
ルフィスにも、花のきみにも逢えない王宮が、明けの光に溶けてゆく。
涙のリイを置き去りに、レイティアルトとリイが恋仲だという噂は、宮廷中に広まった。
もちろん事実無根だが、レイティアルトは否定しない。
否定して回るリイが『またまたあ』と肩を叩かれるという恐ろしい事態だ。
王女殿下と王太子殿下と噂になる女性光騎士に、王宮は大騒ぎだ。
「きゃあ! リイさまよ!」
「月華のきみ──!」
ひめさま方の歓声が復活して、仰け反るのはリイだ。
…………俺が女だって、もうご存知ですよね?
「リイ、本当にレイティアルト様と?」
「レイティアルト様は、レイサリアの血に選ばれし方と結ばれる御身だ。
泣くのはリイだぞ!」
「お菓子持って来たよ、リイ!」
青年貴族に囲まれる珍獣の日々も、なぜか継続中だ。
なかなか懐かない珍獣にお菓子をあげて、喜んでくれるとうれしいよね。
わかるよ!
──しかし自分は珍獣ではないのです……
「いや、あの、えと……」
わたわたするリイをたすけてくれるのは
「はいはい!
お触り禁止だよ!」
胡桃の髪を揺らして青年たちを押さえてくれるコルタと
「貴殿は、この間も同じ菓子を持ってきただろう。
もうちょっと捻れ!」
お菓子の箱を摘んで鼻を鳴らすキールだ。
「いつもありがとう、コルタ、キール」
ちょっと涙目で頭をさげたら、コルタとキールが胸を押さえた。
「…………ぐ…………!
女の子だって解ったら100倍刺さるんですけど──!!」
「お、俺にはロエナ様が────!!」
「あの、だいじょうぶ?」
AEDがないんだよ!
メデュに頼んだら作ってくれるかなあ?
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