【完結】きみの騎士

  *  

文字の大きさ
上 下
102 / 152

選べないから

しおりを挟む



 顔をあげたレイティアルトは、寝起きのおこを復活させた。

「仕事が溜まってるんだ、手伝え!
 敵国ギゼノスの動向を!
 どうして密告書と嘆願書を混ぜるんだ、いやがらせか!」

 いつもどおりのレイティアルトを見あげたリイは、息をのむ。

「──断罪は?」


「……ルフィスのために、言えなかったんだろ。
 俺が真に何も知らぬなら、ルフィスはレイサリア光国にも属国にもいない。
 だから言う気になった」

 レイティアルトは窓の外の秋の空を見あげる。


「──最初から女だと聞いていたら、リイを傍には置かなかった。
 俺は王太子だからな。結ばれる予定のない女性に近づくことは、禁忌だ」

 静かな声だった。

「…………俺は、レイサリアの血に選ばれた女と添い遂げなければならないと、生まれた瞬間に決まっている」

 翠の瞳には、深淵の諦めが香る。

 自分の能力を選んで生まれる子はいない。
 だからスキルを選べたりする異世界転生が大人気なのだ。

 リイは全く選べなかったけど!

 生まれた子は、両親を選べない。
 両親は、子を選べない。
 自らの能力や才は、選べない。

 レイサリアの血。
 強大な魔力の血。
 レミリアとレイティアルトに流れるその血は、ふたりを誰より光暉な存在へと導き、その重みでふたりを拉ぐのかもしれない。

 レミリアが殆ど出歩かないのは、レミリアの身に危険が迫るのを防ぐためなのかもしれない。

 レイティアルトが女性を傍に置かないのは、正妃となる人を傷つけないためなのかもしれない。

 恋も愛も知ることなく正妃を迎えようとするレイティアルトは、第二妃を迎えた父に憤りを感じているのかもしれない。

 表向き仲のよいロエナと、レミリア、レイティアルトが、胸のうちに抱える思いは複雑であろうことは、容易に推測できた。

 そのあきらめと苦しみのほんの片鱗を見つめたリイは、口を開く。

「レイティアルトさまは、おすきになさっていいと思います」

「…………は?」

 首を傾げるレイティアルトに、拳を握った。

「レイティアルトさまが素晴らしい手腕で光国を導いてくださっています。
 レイサリアの血が継がれなくても、世界はきっと、何とかなります!」

 レイティアルトが、ぽかんと口を開けた。

「レイティアルトさまも、レミリアさまも、おすきな方と恋をして、愛を知って、子に恵まれたら溺愛して、とびきりしあわせになってください!」

 拳を握った。

 茫然とリイを見つめたレイティアルトが、口元を掌で覆う。


「…………レイサリアの血が……継がれなくてもいいと……断言されるのを、初めて聞いた」

 呟きは、震えてた。

 その名を国にさえ戴くレイサリアの血を継ぐことこそ王族の責務なのだと、きっと千年、言い続けてきたのだ。

 数え切れぬほどの涙を圧し潰して。


「レイティアルトさまは、しあわせになっていいんです。
 是非、とびきりしあわせになってください!」

 ふるえるレイティアルトの手を、両の手で包んで笑う。

 深翠の瞳がまるくなり、眦に朱が走る。

「…………俺は……しあわせを望んでも、いいのかな…………」

 呟きに目を瞠ったリイは、泣きだしそうになるのを懸命に堪えた。

「寝食まで削って民のために奮闘しておられるレイティアルトさまが、しあわせにならないなんて、そんな世界は間違っています!
 しあわせになってください、レイティアルトさま!」

 ぎゅうぎゅう、レイティアルトの手を握る。

「ちょっと痛い」

 笑ったレイティアルトに、あわあわリイは手を離した。

 その瞬間、レイティアルトの手に指先を包まれる。


「…………ありがとう、リイ」

 ほんのかすかな微笑みに、首を振る。

「しあわせになってくださいね、レイティアルトさま」

 ぎゅ、とあまり力を籠めないようにレイティアルトの手を握ったら、こくりと頷いてくれた。

「俺はレイティアルトさまの光騎士ではなくなりますか?」

 レイティアルトの傍に女を置くことが禁忌なら、リイはレイティアルトの光騎士ではなくなる。

 聞いたリイに、レイティアルトは翠の瞳を細めた。

「リイは優秀だ。気を許せる。
 ……レミリア以外でそんな女は、初めてだ」

 レイティアルトの指が、リイの頬に触れる。

 そっと輪郭を辿った指が、耳朶を撫でて、離れた。


「これからも、俺の光騎士として働け!」

 ふんと胸を張るレイティアルトに、許されたことを知る。
 リイは膝をつき、こうべを垂れた。

「……ありがとうございます、レイティアルトさま」

「リイは、リイだ。
 働け!」

 いつもの笑顔と、書の浪が降ってくる。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

処理中です...