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お出かけ
しおりを挟む身をやつした王太子殿下のお出ましに、王宮の南西端にある木の通用門が音を立てて開きゆく。
眼下に広がるのは、光都レイサリアだ。
広大な王宮の背後は嶮しい峰々に囲まれており、王宮の前には大河フレネルが潤す肥沃な大地が海へと続く。
王宮から海までの辺り一帯、見渡す限りを光都と呼ぶ。
近隣諸国の比ではないほど巨大な都だ。
レミリアさまに教えてもらって勉強したよ!
聳え立つ山々に背後を守られた王宮を頂点とし、次に貴族たちの御殿が並び、海へ向かうほど小さな家々が密集する造りになっている。
庶民の馬にしては立派だけれど、庶民が頑張って買った馬に見えなくもない馬に跨ったレイティアルトとリイは、王宮から光都へと駆けだした。
びっくりするほど発展しているレイサリア光国だけれど、ありがたいことに銃を見たことがない。
秘密兵器として存在するかもしれないけれど、少なくとも一般的ではない。
狙撃される可能性を潰せるので、何とかリイだけでもレイティアルトを守れ……るのか!?
何かあったらどうしよう──!
どうしてこんなに行動的なんだ、王太子なのに!
涙目のリイを面白そうに引き連れて、レイティアルトの馬が駆けてゆく。
光都の中央には驚嘆するほど広い大広場があり、数多の馬車がひしめいていた。
「ここから世界中へと馬車が出てる。
交通の心臓だな」
教えてくれるレイティアルトの黒髪を、涼やかな秋の風が揺らした。
身を窶しても、レイティアルトは、レイティアルトだ。
めちゃくちゃかっこいい。
「……ほへえ」
思わず開いた口をあわあわ塞いだリイに、レイティアルトが笑う。
「すごい馬車の数だろう。リディリア大陸一だ」
誇らしげに胸を張るレイティアルトに『いや、馬車にもびっくりしたけど、あなたがかっこよすぎてびっくりしたんですよ』と言えないリイは、とりあえずこくこく頷いた。
街を見渡したレイティアルトの馬が駆ける。
「ど、どちらまで!?」
「もうすぐだ」
レイティアルトが駆けてゆくのは光都の先端、海の近くの貧民街だ。
目を剥くリイを連れたレイティアルトは、潮の香の風に深翠の瞳を細めた。
迷うことなく駆けてゆくレイティアルトは、めちゃくちゃ慣れてる。
仰け反る暇もなく、貧民街が広がりはじめた。
香辛料と魚の匂いが入り混じった浜風が吹きつけ、にぎやかな笑い声が耳を打つ。
茫然とするリイを後ろに駆けたレイティアルトは、公衆の厩でようやく止まった。
馬に水を飲ませられるよう、光都のあちこちに設置された厩は光都を守る衛士たちによって管理されている。
貧民街にさえゴミが落ちていないことに驚いたリイは、よく駆けてくれた馬の背を撫で、厩に繋いで水を飲ませた。
レイティアルトの黒髪が潮風に流れる。
「なつかしいか?」
「俺の生まれた村は山奥で、光都に来たのは至光騎士戦の時です」
町の賑わいを眩しく見つめるリイに、レイティアルトは目を細めた。
「ミナエだったか」
「温泉で有名なんです。お時間あったら是非レイティアルトさまも。
敵国からもひめさまがいらっしゃる、虹の艶肌になれる湯ですよ!」
「──俺が艶肌になってどうする」
うろんな目になるレイティアルトに、笑う。
「レイティアルトさまの色っぽさに拍車が掛かりますね。
敵国のひめさままでレイティアルトさま狙いだそうですよ!」
「聞きたくないことを聞かせるな!」
「もてるの、お厭なんですか」
驚いたリイに、眉間に深い溝をつくったレイティアルトが嘆息する。
「すきな人以外にもててどうする」
「愛する方がいらっしゃるんですか!」
「いない!
なんだその目のキラキラは!」
騒ぐ庶民の衣をまとう二人は、レイティアルトの光輝に気づかれなければ、きっとそこらのお兄ちゃんだ。
「レイティアルト兄ちゃんだ──!」
駆けてくる少女を警戒するリイを制したレイティアルトが、やわらかに笑う。
「サラ、元気にしてたか?」
レイティアルトに抱きあげられた少女の水色の瞳が、傾く初秋の陽に輝いた。
ちいさな手が、レイティアルトの背を抱きしめる。
「遅いよ、お兄ちゃん」
「すまない」
サラの栗色の髪をレイティアルトの大きな手がやさしく撫でた。
レイティアルトの胸に顔を埋めてぐりぐりしたサラが、リイを見あげる。
「お兄ちゃんのおともだち?」
「リイだ」
方便と分かっていても、ともだちを否定されなかったリイが、くすぐったく笑う。
「リイです。サラ?」
「よろしくしてあげるね!」
ちいさな指を伸ばしてくれるサラの手を、きゅ、と握った。
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