【完結】きみの騎士

  *  

文字の大きさ
上 下
92 / 152

お肌が……!

しおりを挟む



 野菜クッキーを気に入ってくれたみたいで、大変うれしい。

 今は食べきれないと思ったのだろう、ポケットにクッキーを押し込もうとしているレイティアルトを慌てて止めた。

「そんなところに入れないでください。くずくずになりますよ。
 お腹が減った時は、またご用意しますから」

 リイが手を出すと、渋々そうに押し込もうとしていたクッキーを渡してくれた。


 焼き菓子を食べている時は可愛さ爆発なのに、白い陶器に指を滑らせるレイティアルトはびっくりするほど色っぽい。

 お茶を飲むだけなのに艶やかさの滴るレイティアルトの指が、いつも傍らに置く、解読が難しいほど色褪せた地図のうえを滑ってゆく。

「大事な地図なんですね」

 呟いたら、レイティアルトは頷いた。

「レイサリア開闢時の世界地図だ。
 今なお存続するのは、千年光国レイサリアのみ」

 息をのむリイに、愛らしさを削ぎ落としたレイティアルトの瞳が切れあがる。

「我が国のことは、我が掌握しておかねばならぬ。
 手綱を引く者がいない家臣任せの国は、欲に塗れ、すぐ滅ぶ」

 今はもう亡国となった国のうえを、レイティアルトの指が滑った。

「我が国が千年続くのは、王たる者が善政を行うからだ。
 それを生まれた時から叩き込まれる。
 臣民の意を汲み、列強に屈せぬ武勇を備え、よりよき光国を築くことを。
 平穏に見えるが、そうではない。
 我が一番よく知っている」

 我が国と言い切る覚悟が、鋼鉄の瞳に漲る。

「できぬ王は、すぐ挿げ替えられる。
 我が父と我の立場が逆転しているようにな」

 レイティアルトの深翠の瞳が凍てついた。

 息をのんだリイは、自ずと膝をついていた。
 光騎士の最敬礼を捧げたリイに、レイティアルトの眉があがる。

「おべっかは効かないぞ」

「そんなじゃありません!」

 憤慨するリイに、レイティアルトが笑った。




 サンドウィッチを食べ終え、お茶を飲み干したレイティアルトが白い上衣の裾をひるがえし立ちあがる。

「これから夕刻まで、時間を空けろ」

「……は?」

 仕事の鬼と思えぬ言葉に、リイが首を傾げる。

「街へ出るぞ。
 支度しろ」

 突然の宣言に仰け反った。

「今から光騎士100人、衛士1000人集めるおつもりですか!」

 出掛けちゃだめだと言いたいけど、大切な息抜きならせめてもっと早く言ってくれ!

 目を剥くリイに、レイティアルトは眉をあげる。

「リイだけ。
 何かあったら守れよ」

「暴動が起きたらどうする気ですか!
 俺ひとりで止められる数には限りが──!」

 軽く手を挙げるだけでリイを黙らせたレイティアルトは、クローゼットの奥から庶民の衣を取り出し、一着をリイに渡した。

 いかにも『王太子さまが庶民の服を用意してみました』な豪商の子息のパーティ仕様の新品の正装ではなかった。

 擦り切れ具合も薄汚れ具合も、まごうことなき庶民の服だ。
 リイが毎日着ていた服はもっとボロかったが、それでもちゃんと庶民の服だ。

「……慣れてる……!!」

 仰け反るリイに、レイティアルトが喉の奥で笑う。

「いいから着替えてついて来い」

 あんぐり口を開けるリイの服をひっぺがそうとするレイティアルトに、わたわたしたリイは慌てて庶民の服をひっつかんだ。

 ばれるばれるばれる!!
 女がばれるよ!!

 …………いや、この場合、ばれなかった方が、さみしいのでは…………


「着替えてきます!」

「いや、ここで着替えれば──」

 白いシャツを何のためらいもなく脱ごうとするレイティアルトに、悲鳴をあげた。

「ぎゃあぁあああ!!
 目の毒だから止めてください!!」

「…………は?」

「そんな色っぽい顔で、艶っぽい裸体を曝さないでください!
 もはやイケメンの暴力です!」

 庶民の服を抱えたリイが、燃える頬で王太子執務室の重たい石の扉を蹴り開ける。

「な、なんだ?」

「どうした、リイ」

 扉を守っていた光騎士たちが目をまるくして、扉から顔を出したレイティアルトが首を傾げた。

「……いけめんとは何だ?」

「レイティアルトさまのことです!!」

 断言した。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...