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青白いよ
しおりを挟むご飯のうえから豚汁をたっぷり掛けたみたいな丼物をトレイに載せたリイは、座れるところを探す。
騎士や衛士の鎧がひしめくなかで、胡桃の髪がふわふわ揺れた。
汗臭く男臭く、むさくるしい騎士衛士専用食堂で、ひとりだけきらきらの空気を纏うコルタが手を挙げる。
「リイ、こっち!
一緒にご飯食べよー!」
「美少年コルタ!」
癒しだ!
わたわた傍へと駆けたリイの顔を覗き込んだコルタは、声をひそめる。
「リイがついた途端に光国に激震が走る事態になっちゃったけど。
レイティアルト殿下付き、どう……?」
「…………目がしょぼしょぼする…………」
死ぬほど暗算してる。
前世の頑張ってた時より遥かに! 数百倍も! 暗算してる!
もはや暗算しかしてない!
片付けても片付けても片付けても積み上がる書にうなされそうだ。
「パソコン欲しい」
涙目で訴えたら、コルタは首を傾げた。
「……ぱそこ?」
「パソコン。書類の整理とか計算とか、さくさくしてくれる機械」
反対側に首を傾げたコルタが、ぽふりと手を叩く。
「魔道具研究室が、なんかすんごい計算機作ったって聞いたことあるよ。
監査院に導入しようとしたんだけど、こんな物凄い魔力消費の魔道具なんか使えるかって突き返されて悄気てたって」
「ほ、ほんとに!?」
「すんごい偏屈らしいけど。
リイなら話を聞いてくれる……うーん、いや、どうかなあ……?」
なるほど、偏屈なご老体か。
わりと得意な分野かもしれない!
「ちょっと行ってみる!
美少年コルタ、ほんとにありがとー!」
「えへへ。僕、そんなに美少年かなあ」
「きらきらしてるよ、コルタ!
今度是非歌って踊って!」
「ええー」
顔を赤くしてもじもじするコルタは、国宝級に可愛い。
──ルフィスには勝てないと思うけど!
ごめんね、コルタ。
そこは譲れないから!
暗算のし過ぎで目の前に数字の幻影まで見えるようになったリイは、よれよれしながらレイサリア王宮の外れにある魔道具研究室へと向かう。
休憩時間を削り過ぎているので、ちょっとだけお休みくださいと、もぎ取った昼休みだ。
行ったことのない場所にゆくのは、ルフィスのことを聞くチャンスだ!
あちこちで警備の任務に就いている衛士や騎士を見かけては
「ルフィスという名の、亜麻色の髪、蒼と碧に輝く瞳の貴族の子息を知りませんか?」
毎日、毎日、聞いて回る。
「知らないなあ」
「聞いたことない」
「見たことない」
「少なくとも公の舞踏会などにはお越しじゃないと思うよ」
言葉を返されるたび、項垂れた。
涙目は毎日磨きが掛かっているような気がする。
ルフィスに逢いたくて光騎士になったのに、ちっとも逢えないとか、泣くしかない──!
ぐしぐし鼻を啜ったリイは、魔道具研修室の扉を開ける。
その瞬間、溢れる闇に目を剥いた。
思わず後ろを振り返る。
まだお昼休憩だ、さんさんと陽の光が降り注いでいる。
しかし、魔道具研究室のなかは、真っ暗だった。
…………こ、こわい。
あわあわ逃げそうになる足に力を籠める。
「……あのう、すみません、光騎士のリイと言います。
すんごい計算機があると聞いて伺いました」
ぽちりと、研究室の奥に青白い光が燈る。
導かれるように、リイはそっと真っ暗な部屋に足を踏み入れた。
レイティアルトの執務室は紙の海に沈んでいるが、魔道具研究室は小さな部品ときらめく魔力に溢れていた。
陽の光には負けてしまう魔石から零れる魔力の光が、部屋のあちこちで色とりどりに明かりを燈す。
鋼の歯車の周りを、水の魔力が取り巻いて光を放つ。
天秤のうえに載せられたちいさな魔石が、炎の魔力に赤く輝いた。
カチリ、カチリ、ちいさな音がする。
歯車が回り、時計の針が回り、魔力が光り、あらわれた精霊の人形が歌った。
「ほわあ……!」
拍手するリイに、研究室の最奥の机に腰かけた人が目をあげる。
紫紺の長い髪が白皙のかんばせを縁どるように流れた。
長い睫が瞬き、桔梗の瞳が切れあがる。
漆黒の部屋で唯一血の通う筈のその人は、まるで彫像のように佇んだ。
纏う黒衣は部屋の闇に溶け、長い指だけが浮かびあがる。
………………。
────ドラキュラさんみたい。
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