86 / 152
激務
しおりを挟むレイティアルト付きになったリイのお昼休みは消し飛んだ。
ご飯を食べて戻るのが精いっぱいだ。
──……花のきみに、逢いに行けない。
女だと打ち明けられないリイにとって、レミリアにとっても、よいことなのかもしれなかった。
星の海の瞳を覗き込むたび、ルフィスの蒼と碧にきらめく瞳を覗き込む気がした。
花のきみが笑ってくれるたび、ルフィスが笑ってくれたらと願った。
あなたに、ルフィスを重ねてばかりで。
あなたは、知識も魔法も与えてくれたのに。
……あなたを、裏切っている。
思うと、果てしなく拉がれた。
申し訳ない。
あわせる顔なんて、ない。
痛いほど、解っているのに。
朝まだき、リイの足は噴水の庭へと向かう。
来てくれるはずなんて、ない。
目覚めた鳥が歌う庭で、ぼんやり明けゆく東雲を見あげたリイの視界の向こうで、金の光が揺れた。
朝陽にきらめく髪が、揺れる。
星の瞳が曙を吸いこむように輝いた。
「リイ」
照れくさそうに、うれしそうに、レミリアが名を呼んでくれる。
うれしくて、申し訳なくて、泣けてきた。
「……レミリアさま……」
ぐすぐす鼻を啜るリイに、目をまるくしたレミリアは、たおやかなつま先で背伸びした。
ちいさな手が、リイの頭をぽふぽふ撫でる。
「兄さまの相手は大変でしょう。
お勉強が足りないと思うの。
毎朝、少しずつ、一緒にがんばりましょうね」
闇を照らすやさしい光のような瞳で、笑ってくれる。
「レミリアさま、俺は──」
女です。
言えない唇を、噛み締めた。
千年光国レイサリアの全権を担うことがどれほどの激務なのか、レイティアルト付きになったリイはほんの数日で身に沁みて実感した。
王太子殿下はレイサリア光国と十八も連なる属国のすべての農耕、牧畜、漁業を総括し、天候と収穫に応じた税制を調整している。
商工産業を支援するとともに税を課すことで公道や貯水池、下水施設(あるんだよ、すごいよ、臭くないよ!)をはじめとした公的施設整備、医薬院、学術院、武芸院、図書院の拡充を行い、特産品である紙(和紙よりつるんとしてる。コピー用紙に近い。紙がある世界だよ。チート不可!)の生産と改良に尽力し、レイサリア光国軍を賄う。
それだけではない。
光国全土と十八の属国から寄せられる浪のような陳情書、貴族諸侯の歎願に目を通し、隣国との領土問題に神経を尖らせ、他国との親睦と貿易を奨励し、敵国の情勢に目を光らせる。
広大な千年光国レイサリアと十八の属国を、数えきれぬほどの民の命を、双肩に背負う。
朝まだきから夜深くまで、休む暇もない。
親レイサリア光国の王女殿下が謁見とか、光国議会に出席して議決を下すとか、新しく造成された薬草苑の視察とか、公務が隙を縫うように、息つく間もなく入る。
「こ、んなに大変なんですね!」
初秋の昼下がり、リイは思わず声をあげた。
王太子なんて、豪奢な椅子で踏ん反り返っているだけかと思ってました!
顔に書いたリイに、レイティアルトは笑った。
「自分で何もかもしてはいない。優秀な臣下を信頼している。
……信頼しすぎるのもよくないと、リイのおかげで知ったがな」
レイティアルトの呟きに、リイは目を伏せた。
王宮だけでなく、貴族も公的機関までも、項目数の膨大な計算は大変で、確かめられることがないという理由で、水増し請求が横行していたのだ。
リイが次々と指摘し、一斉に摘発、横領した者はその財産を没収し国庫に返納させたうえで懲戒解雇、貴族は爵位を落とされ、要職からは外された。
監査院が全く機能していなかったことが発覚、殆どの者が資産を差し押さえられ、給金を返納させられた上で懲戒解雇となった。
『計算、間違ってるよ!』
安易に指摘したリイのために、国が震撼する事態となってしまった。
長年レイティアルトに仕えていたノゼも、公費横領と収賄で解雇された。
断罪したレイティアルトには、処罰が厳し過ぎると抗議の声が上がった。
「……王太子殿下」
「レイティアルトでいい」
微笑んでくれるレイティアルトの目の下には激務の隈が刻まれている。
「俺のせいで……」
レイティアルトが眉をあげる。
「俺は『ありがとう』と言った。
民の血税を懐に入れるような輩は、ひとりも要らぬ」
28
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる