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選ばれる者
しおりを挟む議長の咳払いの後、低い声が議会殿を渡る。
「緋爵ゼイエル殿、緋爵イゲナ殿、緋爵ダンセ殿、緋爵ゲオス殿、緋爵ゾルボ殿──……」
千年の歴史を誇る光国議会殿が、ざわめいた。
「ほえ?」
口を開けたリイは、あわてて閉じる。
延々続く読みあげの名に、十層にまで居並ぶ貴族も光騎士も、瞠目した。
議長は幾度も水を飲み、朗々たる声を響かせる。
「……ひめのいる貴族が軒並みリイを指名してるな……」
「いないのも、いっぱいいますよ……」
「お爺さんまで、リイ狙いか──!」
囁く光騎士たちの目が、によによの三日月形だ。
「珠爵リザイ殿、珠爵ログス殿──……」
珠爵まで来た! もう終わりだ!
誰もが期待したその時、議長は歌うようにその名を読みあげた。
「レイサリア光国王女殿下、レミリア・レファーリア・レイサリア様」
氷の静謐が降りた。
…………レミリアさまが、俺を、指名なさった…………?
レミリアは王侯貴族の頂点だ。
誰もレミリアには敵わない。
指名した者が大勢いた場合、最高位の者がその騎士を得る。
……ルフィスの騎士には、まだなれないけれど。
花のきみの、光騎士に……?
驚愕に固まるリイの耳に、厳かな声が響く。
「レイサリア光国王太子殿下、レイティアルト・レフィリアス・レイサリア様」
どよめきが、波を打つ。
王陛下は長のご病気で臥せっておられ、光国の実権はレイティアルト王太子殿下が掌握しておられる。
光国の揺るぎなき王となられる方に新人が指名されるなど、陽が北から昇る事態だ。
どうしてそんな指名がなされたのか、理由も明白だった。
醜聞を曝したレミリアが、リイを光騎士に選ばないよう阻止できるのは、レイティアルト王太子殿下だけだ。
「光騎士リイは、レイティアルト王太子殿下付きとなる!」
いかめしい声が、騒然たる議会を渡る。
あんぐり開けてしまった口を、懸命に閉じた。
「あんまりだわ、兄さま!
こんな意地悪しなくていいじゃない!」
レミリアの拳で叩かれた飴色の机が震え、積みあげられた書が揺れた。
王太子執務室は憤激のレミリアの襲来を受け、燈火さえ光を弱めたようだ。
いちおうレイティアルトさま付きとなったリイは王太子執務室に出仕早々、妹と兄のびっくりな諍いに仰け反る。
レイティアルトは激おこらしいレミリアを、氷の瞳で射抜いた。
「リイをレミリア付きにしてみろ。
醜聞は爆発どころか、身籠るだろう!」
指されたレミリアは、噴火した。
「そ、そそそそんなこと妹に絶叫する?」
「させてるのはお前だ!
認められないなら子を作って認めさせればいいと思うんだろう。
お前の魂胆は丸バレだ!」
星の海の瞳を見開いたレミリアは、舌打ちした。
え、舌打ち……?
は、花のきみが、し、舌打ち……?
し、しししかも、ななな内容がががが────!!
「れ、れれれレミリアさま……?」
燃える頬で口を開けるリイに、レイティアルトが嘆息する。
「頼むからレミリアには手を出すな」
星の海の瞳が吊りあがる。
「レミリアは、リイのものなの!」
あんぐり開きそうな口を、わたわた閉じた頬が燃えた。
「もう身籠ったのか!」
「し、ししししてないわよ!
そ、そそそんなの乙女に叫ばないで!」
蒼白なレイティアルトと真っ赤なレミリアに、湯気を吹いたリイが轟沈する。
で、でででできません!!!
「とにかく! リイは俺付きとなった。
レミリアは頭を冷やせ。
光騎士とつきあうなら巧いやり方があるだろう。公にするな」
花の頬が、ふくれる。
「公にしたかったの!」
レイティアルトが嘆息する。
「控えろ。
レミリアはレイサリアの権威を背負って立つ、千年光国が王女だ」
うつむいて、小さく頷くレミリアの金の髪を撫でて、レイティアルトは微笑んだ。
「よろしい」
レミリアに見せた笑みとは別人の氷の瞳で、レイティアルトはリイを睥睨した。
「レミリアをこんなにした罰だ。
散々こき使ってやる。
覚悟しろ!」
薄い笑みを浮かべるレイティアルトは、千年光国レイサリアを一身に背負う、揺るぎなき次期王陛下だ。
その目に射抜かれたリイは、覚悟を決めた。
「は!」
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