きみの騎士

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妹と兄

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「戯れではございません!」

 レミリアの叫びに、レイティアルトの凛々しい眉がわずかに上がった。

「尚悪い。
 諸侯の前で光国の恥を曝すな。
 謹慎を命じる。
 以降、光騎士と逢うことを一切禁じる」

「兄さま!」

「聞こえたな」

 反論を許さぬ氷の瞳を、レミリアは真っ直ぐ見つめ返した。

「私が素直に言う事を聞くとお思いなの?」

 冷たい鈴の声に、レイティアルトは深い翠の瞳を細め、かすかに笑った。

「今は聞け。
 醜聞を曝してくれるな。光国の権威が地に落ちる。
 侮られては、すぐ戦だ。
 そなたが望むは、血の海か?」


 強い声だった。
 次期光王としての覚悟を背負う声だ。

 リイやレミリアと歳のさほど変わらぬ王太子殿下は、その若さと相反する威厳を湛え、レミリアを見おろした。

 唇を噛んだレミリアが、膝を折る。


「命に従い謹慎致します。
 無配慮な振る舞い、申し訳ございませんでした」

 こうべを垂れるレミリアを守るように、レミリアの前にわずかに出たリイが膝をつく。

「レミリア殿下に責は一切あられません!
 私が殿下を無理にお連れしたのです。非はすべて私にあります!」

 瞠られたレミリアの星の海の瞳が揺れて、リイの指を握る。
 リイはレミリアの指を握りかえし、覚悟を決めた。

 レイティアルトは微かに眉をあげる。

「忠義は認める。
 だが誰が見ても誘ったのはレミリアだ。
 ならばレミリアの謹慎だけで済む」

 氷柱の瞳が、真っ直ぐリイを射抜く。


「だがレミリアを無理に攫ったなら、君は死罪だ。
 些細なレミリアの外聞を保つためだけに、死ぬ覚悟が君にあるか」

 凍てつく声に、リイは唇を噛んだ。
 震える指を握りしめる。


「……俺には、守りたい人がいます。
 傍に行くと誓った。誓いを果たしたい。
 でも、ここでレミリアさまに罪を着せることを、ルフィスが喜ぶとは思えない」

 リイは、顔をあげた。

「お望みでしたら、俺の首を差しあげます」

 ささやかな外聞のためだろうと、目の前で、ひめが己のために断罪されるのを見過ごすだなんて、騎士じゃない。

 真っ直ぐリイの瞳を見つめ返したレイティアルトが、呟いた。


「…………ルフィス、か。
 きみの剣は、ルフィスのために?」

「はい」

 一片の迷いもなく頷くリイに、レミリアの瞳が歪んだ。
 拳を握り締めたリイは、続ける。


「……俺はルフィスのために、光騎士になりました。
 俺の主となるのは、ルフィスだけだと思ってきました。
 こんなことで死ぬなんて、愚かです。
 それでも俺は、光騎士です。
 レミリアさまに罪を着せて逃げるなどという真似は、決してしません」

 氷の瞳を、真っ直ぐ見あげた。


「お望みなら、断罪を」

 胸に手をあて、こうべを垂れた。


「リイ!」

 落ちるレミリアの涙に、リイが微笑む。
 ふたりを見つめたレイティアルトは吐息した。


「リイを断罪すれば、レミリアに殺されるな」

「当たり前です!」

 涙の瞳で兄を睨みつけるレミリアに、目を瞠ったリイが首を振る。


「レミリアさま!」

「ごめんなさい、こんな大事になるなんて。
 兄さまが話をややこしくするのよ!」

 糾弾されたレイティアルトは、微かに笑った。


「ひどい言われようだ」

 深い翠の瞳が、リイに向きなおる。


「リイが誘ったこととする。
 被ってくれるか」

「喜んで。
 俺の首は、ご所望ですか」

 首を振ったレイティアルトの黒髪が、舞踏会の夜に流れる。


「レミリアが泣く」

 手をあげるレイティアルトに、レミリアとリイは恭しくこうべを垂れた。





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