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花のきみ
しおりを挟むレミリア殿下に、謁見する機会なんてないと、聞かされていた。
レイティアルト王太子殿下は列席なさるけれど、レミリアさまが舞踏会に出席なさったことは、今までかつて、一度もないという。
そのレミリアさまが舞踏会にお出ましになられ、リイの名をお呼びになった。
舞踏殿は騒然となる。
けれどすぐに静まり返った。
跪いたリイが左手を胸に当て、光騎士最敬礼をとる。
白い外套が翻り、銀の飾緒が胸に流れた。
「お目にかかるこの上ない栄華を賜り、永代の光輝にございます、王女レミリア殿下」
白き手袋に包まれた指が、たおやかにあがる。
敬礼を解いたリイは、幾重にも流れる真白き花衣をまとうレミリアに、息をのむ。
世界で一番きらきらなのは、ルフィスだと思ってた。
その思いは決して変わることはないけれど。
輝くようにきらめくレミリアに、ぽーっとする。
ぽかんと開きそうな口を、あわてて閉じて微笑んだ。
「レミリアさまの御前では、星さえ光を失くす。
謁見できるなど、夢のようです」
ささやいたリイに、かすかに瞳を見開いたレミリアの頬が紅くなる。
「……踊って」
「え?」
「踊って!」
細い指に、手を引かれた。
踏みだす白の爪先が、毛足の長い藍の絨毯に、やわく沈む。
ひめさま方の悲鳴が、貴族の怒号が、重鎮の絶叫が、遠くで聞こえた。
「あ、あの、レミリアさま、俺、踊れないんですが」
「だめ。踊るの。
リイならすぐ覚えられるから!」
白き手袋に包まれた指の思わぬ強い力に手を引かれ、舞踏殿の中央へと足を踏み入れた。
水晶で彩られた明かりが放つ虹の光が、レミリアの金の髪に溶ける。
金のセレネの花に縁取られ壁を覆うのは、磨き抜かれた水晶だ。
ひるがえる白き衣が、レミリアのほほえみが、水晶の向こうで幾重にもきらめいて続きゆく。
虹の光をたたえた星の海の瞳で、笑ってくれる。
あこがれさえ霞む、はるかあなたの花のきみと、指をつないで踊るのが、自分だなんて。
「……レミリアさま、俺、発火しそう」
リイのささやきに、目を瞬いたレミリアは、紅い頬で笑った。
「私も!」
竪琴が、つややかに歌いだす。
レミリアの指とつながる指で、白の編上靴を踏み出した。
隣で踊る人を横目で見ながら足を引き、腕を掲げる。
足取りはすぐリイの身に馴染んだ。
レミリアと、踊る。
――花のきみと、踊る。
光騎士とひめが踊るなんて、そのひめが王女殿下だなんて、光国の威光が地に落ちる。
けれど花のきみを叱責できる者など、誰もいない。
流れる金糸の髪がリイの黒髪に重なり、風に舞う。
重なる瞳に
重なる指に
胸を満たす香りに
やわらかに触れる、あたたかな身体に
めまいが降る夢の時は、竪琴の響きとともに、静かに消えた。
「戯れもそのくらいにしろ」
氷の声が、舞踏会の夜を切り裂いた。
息をのんだリイは、左手を胸に膝をつき、光騎士最敬礼をとる。
――レイティアルト王太子殿下だ。
病床の王に代わり、千年光国レイサリアの全権を担っておられる。
花のきみに唯一、意見できる人だった。
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