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反撃できないよ!
しおりを挟む夏のはじまりの涼やかな夜の舞踏会は、貴族の衣も、供される林檎酒も、一年で最も色と輝きに満ち、陽気に溢れている。
その中でも目をひく真っ直ぐに伸びた黒髪が、窓からこぼれた風に揺れる。
「澄んだ月の夜ですね」
歌うような声に、耳まで真っ赤になったキールが飛びあがった。
「ろ、ろろろろろロエナ様! お、おおお逢いできて、こ、こここ光栄です!」
紅に染まるキールに小首をかしげたロエナは微笑んで、目を伏せた。
「…………あの、リイ、ルフィスのことですが――……」
「は、はい! 覚えていてくださって、ありがとうございます!
何かおわかりに?」
思わず身を乗りだしたリイに頬を朱に染めたロエナは、はにかむように微笑んだ。
「母上が捜してくださるそうです。
もうすこし、待っていてください」
「ありがとうございます、ロエナ殿下!」
深く敬礼し、こぼれるように笑うリイに、歓声と悲鳴が沸き起こる。
ほのかに朱い耳で、ロエナはリイに軽く手をあげた。
リイが敬礼を解くと、赤い頬を隠すようにロエナはキールに向きなおる。
「至光騎士戦、決勝戦を見ました。キール殿は素晴らしかった。
……お話を聞かせてください」
花の笑みに指の先まで赤くなったキールは、ぜんまい仕掛けの人形のように首を縦にふった。
「は、はははい! よよよよよろこんで!」
右手と右足を一緒に出したキールが、ロエナと月夜の庭へと消える。
リイとコルタは、見送る方まで火照る頬で笑った。
「あんなになってるキール、初めて見たね」
微笑むコルタに、頷いた。
「――気持ち、わかる」
目を伏せるリイに、コルタの瞳が丸くなる。
「うそ。
……リイが? 気持ちわかるって?」
「コルタ、本気でひどい!」
騒ぐふたりに覆いかぶさるように、ひめさまたちの歓声が谺する。
「光騎士からひめに声をかけるのはだめだけど、ひめからはいいんだ!」
「キール様はロエナ様と行ってしまわれたけど、まだおふたり残ってる!」
押し寄せるひめさまたちにコルタは慣れたふうに微笑んで、リイは目を見開いた。
「リイさま、わたくしと踊ってくださいませんか?」
「あの、これ……わたくしの部屋の鍵です。
いつでもいらしてください、リイさま」
えぇえェエ!
潤んだ瞳で差し出された銀の鍵に、仰け反ったのはリイだ。
コルタは笑顔で受け取って――……受け取ってるよ!
「あ、あの、も、申し訳ございません、ひめさま。
わたくしは只今、任務中でございます」
あわてたリイが何とか切り抜けようとしたけれど、殺到するひめさまは、いや増すばかりだ。
「リイを舞踏会に出すのが間違いですよ」
「貴族の子息から、リイは相当怨まれるでしょうなあ」
「しかしひめさまを押し退ける訳にも――……」
光騎士たちとザインが話す声をかき消すように、悲鳴のような歓声があがる。
「リイさま、こっち向いて――!」
「きゃあ! リイさまの御髪にさわっちゃった――!」
「何よ! 私だって!」
い、痛いです、ひめさま!
ひっぱらないで! ハゲるから!
いかに素早さを誇り鍛錬を重ねるリイとはいえ、四方八方から押し寄せるひめさますべてを避けることはできない。
髪を、衣を引っ張られ、手だの足だの腰だの尻だのに触られ、もみくちゃにされたら、失礼とか何とかどうでもよくなってきた!
「あ、あの、ルフィスという名の者を、どなたかご存知ありませんか!」
「まあ! ルフィスですって!」
「どこのひめ?」
ズモモモモモ――――!
周りのひめさまたちから、殺気が噴きあがるのですが、気のせいですか……?
「いえ、男です」
「よかったあ!」
「いえ、お待ちなさい。――男ですって」
「リイさまって、もしかして……」
きゃわきゃわするおひめさまたちを切り裂くように、声が上がる。
「ルフィスね、知ってるわ!
だからリイさま、今宵は私の部屋でじっくり――」
「嘘おっしゃい! リイさまから手を離しなさい!」
「さわらないで!」
「どきなさいよ!」
「きゃあアァぁあ!」
痛いよ。
反撃できないよ!
遠くから、遠い目をして見守るだけで、助けに来てくれない光騎士たちに、リイが白目を剥きそうになったときだった。
凛と澄む声が、辺りを祓う。
「リイ」
その声は誰よりも透きとおり、誰の声より耳に届く。
「……レミリアさま」
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