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ほんとうのおひめさま
しおりを挟むこ、これで自分から声をかけない方が、ものすごく無礼な気がする――!
わたわたしたリイは、あわあわ膝をついた。
「こ、こここんにちは、れ、れれレミリアさま。
お、お目にかかれる栄誉をさずかり――……あ、あの、こ、こ光栄です」
つっかえながら挨拶したリイを見おろしたおひめさまが、重々しく頷いた。
一段低い鈴の声が、おごそかに響く。
「よろしい」
かがやく頬がふくれて、花の唇が尖った。
「レイサリアでは王族から声をかけることは、はしたないとされています。
返事をするかどうかは、王族が決める。
でも挨拶をするのは、必ず、下位の者から。
リイから声をかけるように」
思わず顔をあげたリイは、ふくれた花のかんばせに、あわてて伏せた。
わたわた敬礼を再開する。
「は、はい!
あ、ああの、先日は大変な失礼を、誠に申し訳ございませんでした!」
地につくほど頭を下げるリイに、鋭い鈴の声が矢のように刺さる。
「ほんとに失礼だった!」
「も、申し訳ございません!」
たおやかな指が握りしめられ、銀の鈴の声が落ちる。
「……私のこと、見てたでしょ。
なのに、声、かけてくれなかった」
「も、申し訳ありません、ひめさま」
「レミリア!」
「は、はい!
――――れ……レミリアさま」
精霊のようなひめさまの名を、口にする。
「よろしい」
重々しく赦しをくださる花のきみは、深窓のひめさまとは、すこし違う気がした。
ふんぞり返ってお立ちになるし、ちいさな頬をふくらませて、鈴の声で叱ってくださる。
吊りあがる瞳は、星の瞬く暁の空だ。
「リイ、勉強してたの? 邪魔した?」
「いえ! あ、あの、時間を有効に使おうとしていただけで――」
どうせ勉強しなきゃいけないなら、その合間に精霊みたいなおひめさまを、遠くからちらっと見れたらいいな、という、気持ちはアイドルさんの出待ちだ。
あわてたリイが花のひめから隠すように注釈だらけの紙を掻き集める。
草のうえの書を細い指で持ちあげたレミリアは、小首をかしげた。
「むずかしい字、だめなの?」
い、一番知られたくない人に、真っ先に知られた――!
羞恥に染まり轟沈するリイに、深遠の星の海の瞳がひらめいた。
「私が教えてあげる」
「………………は?
ひ、ひめさま?」
「レミリア!」
「は、はい! れ、れレミリアさま、あ、ああの、その、俺――……」
「宮廷用語は難しいの。わからないところ、教えてあげる。字も少しずつ。
ね?」
ほほえんでくれる花のきみに、めまいがする。
「あ、ああのあの、で、でででも、そ、その、お、畏れ多すぎて――!」
ひめさまの頬が、口に木の実を詰め込んだリスのようにふくれた。
「私を村娘だと思えばいい」
む、むむ無理すぎます! 星さえ霞むレイサリアの花のきみ!
あわあわ首をふるリイに、星の海の瞳が歪む。
「リイは私に逢いたくないの?」
「逢いたいです!」
叫んでた。
ルフィスみたいに、きらきらしてる、花のようなおひめさま。
相応しくないとか、身分違いすぎるとか、ルフィスじゃないとか、痛いくらいわかってる。
…………でも、ルフィスのいない王宮で、ルフィスみたいにきらきらしてるのは、花のきみだけだ。
逢いたい。
思ってしまうのを、止められない。
リイの叫びに星の海の瞳がまるくなり、ふくれていたリスの頬が朱に染まる。
「じゃあ、お勉強ね。
毎日、この時間に」
「で、ででででも、ひめさまのとんでもないご負担じゃ――!」
「今度ひめさまって言ったら、許さない」
ドスのきいた鈴の声と握り締められた小さな拳に、痛いほど目を瞠ったリイは、吹きだした。
…………笑えたことに、驚いた。
笑い声が、こわばる畏敬を祓ってくれる。
「はい、レミリアさま」
リイの笑顔に瞳を瞬いたレミリアは、眦に朱を刷いて頷いた。
「……よ、よろしい。
り、リイ、……つ、月の華、みたい、ね」
もごもご呟かれた言葉は、リイの耳に届く前にレミリアの唇のなかに消える。
首を傾げるリイに、レミリアは何でもないと紅い頬で首を振った。
「忙しくて来れない時はいいの。私も公務があるかもしれない。
すこし待って、来なかったら帰って。来れる時だけでいい。
ね?」
「ほ、本当によろしいのですか? ひ――……」
ひめさまと言いかけたら、切れあがる瞳に睨みつけられた。
星の海に、貫かれそうだ。
「れ、レミリアさま」
「ほんとに許さないんだから!」
細い腰に指をあて、瞳をすがめるレミリアに、リイが笑う。
レイサリアの花のきみ
音に聞くあなたと、ほんとうのあなたは、こんなに違う。
現実のあなたが、真実のあなたが、
今、目の前にいてくださるあなたこそが、星だ。
あなたにお逢いする約束ができるだなんて、とても現とは思えないけれど。
駆けゆく鼓動は、夢じゃない。
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