50 / 152
ご挨拶
しおりを挟むやわらかな声に導かれるように、書類を掻き分けて進む。
「ぎゃあぁあ!」
上がるノゼの悲鳴にザインが笑って、リイは申し訳なく眉を下げた。
ようやく見えるようになった執務机の向こうに、シンプルな白い上衣に黒い下衣のレイティアルトが漆黒の革張りの椅子に腰かけていた。
艶やかな漆黒の髪の向こうで、切れあがる深い翠の瞳が光を湛える。
宝飾品に彩られることのない、やわらかに組まれた指が貴やかさを奏で、唇はほのかな弧を描いた。
その地位を知らずとも、自然に頭が下がる気魄と威厳を備えた王太子殿下は、確か御年まだ18歳だ。
その若さに見合わぬ、すべてを見透かすような眼光の鋭さに息をのんだ。
御前に膝をついたリイは、左手を胸にあてる。
「過日は勿体ないお言葉をありがとうございました。
ミナエ村から参りました、ゼトが子、リイにございます。
第二五七八回、至光騎士戦で優勝し光騎士の称号を賜り、本日より光騎士として勤めることとなりました。
レイサリア光国王太子殿下レイティアルト様にご挨拶申しあげます。
王太子殿下のお傍近くにお仕えすることをお許しくださいませ」
レイティアルトが長い指をあげる。
「許す」
「我が一族の永代の誉れにございます、レイティアルト殿下」
うやうやしく頭をさげた。
「顔をあげよ」
膝をついたままのリイが顔をあげると、レイティアルトは吐息した。
「…………うるさくなるな」
挨拶しただけなのに、ザインもレイティアルトも酷すぎる!
「静かにします!」
ちょっと涙目で叫んだら、目を丸くしたレイティアルトが声をたてて笑った。
触ると切れそうなレイティアルトは、笑うと途端に空気がやわらかく、やさしくなる。
ノゼは目を見開いて、ザインは微かに息をのんだ。
…………乙女ゲームのスチルかな…………
あまりのかんばせにうろたえそうになったリイは、あわてて背を正す。
めちゃくちゃ忙しそうだし、眼光は慄くほど鋭いけれど、ラフな姿で執務されていることといい、宝飾品を一切身に着けておられないことといい、レイティアルト殿下は気さくな方みたいだ。
光騎士になったとはいえ、リイは新人だ。
こんなにお傍にいられることは、もうないかもしれない。
思い切って口を開く。
「畏れながら、レイティアルト殿下に伺いたいことがございます」
「リイ!」
ザインが眉を吊り上げて、ノゼは悲鳴をあげた。
「な、なんと無礼な――!」
レイティアルトが面白そうに凛々しい眉をあげる。
「申してみよ」
リイは縋るように声をあげた。
「10年前、ミナエで闇騎士に襲われたルフィスを勅命で助けてくださったのは、レイティアルト殿下と拝察致します」
10年前と言えば、レイティアルトは8歳だ。
けれど光の御子と謳われるレイティアルトは、驚嘆するほどの聡明さで幼い頃より執務につき、病がちな王をたすけていたと聞いている。
幼かったリイが聞いたのは確かに、王太子殿下の勅命だった。
「ルフィスが今どうしているのか、ご存知ではありませんか?
俺はルフィスを守るために、騎士になったんです」
レイティアルトの翠の瞳が、かすかに見開かれた。
「………………ルフィス…………?」
リイは頷く。
「亜麻色の髪に蒼と碧にきらめく瞳の、俺と同い年くらいの男性です。
光が入るたび彩りを変える、ひと目見たら忘れられなくなる瞳でした。
10年前、ルフィスを助けてくださったことを、心より御礼申し上げます」
リイは深く、頭をさげる。
「――……俺には、力がなくて。ルフィスを守ってあげられなかったから」
噛み締めた唇が、震えた。
28
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです
*
キャラ文芸
『イケメン村で、癒しの時間!』
あやしさ満開の煽り文句にそそのかされて行ってみた秘境は、ほんとに物凄い美形ばっかりの村でした!
おひめさま扱いに、わーわーきゃーきゃーしていたら、何かおかしい?
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる