35 / 152
決戦
しおりを挟む鼓動が、ふるえる。
リイは、春の天を見あげた。
闘技場へと連なる石の梁に遮られた暗闇の向こうに、雲ひとつない空が澄みわたる。
肌を伝う歓声に、シリウスは鼻を鳴らした。
蹄が鳴る。
レイサリア光国が誇る真円の石造りの闘技場、七層にも連なる観客席に詰めかけた二万人の声援が、地鳴りのように腹に響いた。
はるか青い天が冴え渡り、千年光国レイサリアの白銀の旗がひるがえる。
乾いた白土が風に吹きあげられ、青が霞んだ。
「これよりレイティアルト王太子殿下御前試合、第二五七八回至光騎士戦、決勝戦を始める!
紅の騎士、オリナ・ゼン・ドルガ緋爵がご子息、キール・ゼン・ドルガ殿下!
白の騎士、ミナエ村、ゼトが子息、リイ殿!
両騎士、前へ!」
大地を震わせ、紅き門が開きゆく。
たてがみをなびかせ、黒き艶の馬が走り出た。
跨る騎士がまとう紅の甲冑を宝玉が彩り、中天にかかる陽射しを跳ね返す。
「キール様――!」
観客席に数多掲げられた紅き旗が風をはらみ、歓声が耳を裂く。
蹄が鳴った。
白き門が、開きゆく。
前を見据え、リイはシリウスの首に手をあてた。
「これで、最後だ。
一緒に、闘ってください」
透きとおる青の瞳を見つめる。
シリウスは、真っ直ぐ頷いてくれた。
ひらりとシリウスに跨ったリイの呼吸と鼓動を読むように、シリウスが駆けだした。
じいちゃんが貸してくれた白銀の鎧が、春の陽にきらめく。
じいちゃん愛用の白銀の槍が、光を弾いた。
闘技場の中央へと躍り出る。
黄ばんだ木綿の布を握りしめる皺の手が、狂おしく振られた。
幼子から老婆まで、無料席に詰めかけた民の声が飛ぶ。
「リイ――――!」
至光騎士戦は千年光国レイサリア開闢より続く、光国民すべてに開かれた大会だ。
優勝した者は、最も栄えある王直属、光騎士となれる。
光国民の誰もに出場権を与える純然たる勝ち抜き戦だが、結局は金と暇に飽かせ、鍛錬に打ち込める良家の子息が優勝する。
平民には面白くない結果が常であった。
だが今回は違う。
辺境の村から来た底辺の民が、決勝戦まで勝ちあがってきたのだ。
並みいる武芸自慢の貴族の子息を打ち負かして。
「リイ――!!」
呼び声が、耳を打つ。
百年ぶりの平民の光騎士は、民の夢だ。
負けたらそれは落胆するだろう。
けれど熱狂は、リイの耳元を通り過ぎた。
幼い頃の約束を、ルフィスはもう、忘れてしまったかもしれない。
それでもきみの傍で、きみを守りたい。
――――決勝戦まで来たよ、ルフィス。
「正々堂々闘われることを!」
「誓います」
「始め!」
「やあ!」
駆け出すキールの紅い槍を、迫りくる銀の切っ先を睨みつける。
槍の先は円くしてあるが、それでも毎年、誰かが死ぬ。
名誉のために、金のために、民のために命を懸けるんじゃない。
きみのために
息を吸って、止めた。
槍の柄を握りしめる拳に、腱が浮く。
駆けるシリウスのたてがみが波うち、尾は白銀の線となった。
26
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです
*
キャラ文芸
『イケメン村で、癒しの時間!』
あやしさ満開の煽り文句にそそのかされて行ってみた秘境は、ほんとに物凄い美形ばっかりの村でした!
おひめさま扱いに、わーわーきゃーきゃーしていたら、何かおかしい?
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。
【完結】黒の魔人と白の魔人
まるねこ
恋愛
瘴気が溢れる毒の沼で生まれた黒の彼と白の私。
瘴気を餌に成長していく二人。
成長した彼は魔王となった。
私は地下に潜り、ダンジョンを造る日々。
突然、私の前に現れた彼は私にある頼み事をした。
人間の街にダンジョンを作ってほしい、と。
最後の方に多少大人な雰囲気を出しております。ご注意下さい。
Copyright©︎2024-まるねこ
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる