きみの騎士

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じいちゃん

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「山の端の温泉の傍に、昔の剣豪らしいのが住んでる。
 行ってみろ」

 リイは目を瞬いた。


「どのじいちゃん?」

「枯れ木の無口なじいちゃんだ」

 くるりと目を回したリイは、頷いた。


「解った!
 畑仕事も饅頭売りも、ちゃんとやるから」

 リイの働きが大切なことを、リイは理解している。
 いかつい父ちゃんが饅頭を売るより、リイが売るほうが饅頭が売れるからだ。
 畑仕事も、ひとりでは手が足りない。

 饅頭売りは貴族と話すいい練習になるだろうし、畑仕事は体力づくりになる。
 怠るつもりはなかった。

 今まで山を駆け回って遊んでいた分を、すべて鍛錬に回す。

 おそらく鍛錬は時間より内容が物を言うと思う。
 あまりやり過ぎると、骨を痛めたり、筋を痛めたりして、成長が止まってしまうこともあるという。

 ルフィスを想って鍛錬をやり過ぎてしまいそうなリイには、畑仕事と饅頭売りは丁度良いのかもしれなかった。

「持っていけ」

 父が作りたての饅頭を渡してくれる。


「ありがとう!」

 ほかほかの饅頭を大事に懐に仕舞ったリイは、駆けだした。



 広大なレイサリア光国の最果てにあるミナエは、秘境の温泉郷として名高い。
 白く濁る湯は美人の湯として高名で、浸かれば肌は蘇り、艶にきらめき、10歳は若返るという。

 レイサリア光国だけでなく、属国の平民も貴族もこぞって、この最果ての地にやって来る。

 敵国のおひめさまさえ療養にいらっしゃると謳われる秘湯ミナエの繁忙期は、他より涼しくなる夏だ。

 冬は大変雪深くなるうえに辿りつくまでが大変なので、どうしても今すぐ若返りたい人しか来ない。

 春と秋はそこそこの客、夏はたくさんの客でごった返すミナエは、秘境とも秘湯とも言えないんじゃないかとリイは思う。

 暮らしているのは湯治客をもてなす者たちと、リイのような畑仕事に従事する農家たちだ。

 美肌の湯として高名なミナエの湯は、怪我にも万病もに効くという触れ込みもある。
 ご令嬢方の鼻息が勇ましいので埋もれがちだが、ミナエには医師に見放された病や怪我に苦しむ者もやってくる。

 山の端に湧く温泉の傍でひっそりとくらしている老爺も古傷を癒しに来て、おそらく温泉の効能で楽になったのだろう、住み着いたらしい。

 山のあちこちで温泉が湧くから、あちこちにそういう人が暮らしている。

 饅頭が売れ残ると、リイは山の隅に暮らすばあちゃんやじいちゃんたちに饅頭を売りにゆく。

 売れ残りだから、と半額で饅頭を売るリイは、ばあちゃんにもじいちゃんにも歓迎された。

 山に暮らす者は皆、リイと顔見知りだ。


「枯れ木で無口なじいちゃん」

 思いつくのは、ひとりしかいない。






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