【完結】もふもふ獣人転生

ねがい

「ありあと、ござまし」

　ジゼの胸にそうっとおでこをくっつけて、鼻を啜ったリトは、こしこし涙を拭う。


「ジゼしゃま、よく眠れゆ、お茶、淹れましあ」

　ぽふぽふ揺れるしっぽと一緒に微笑んだ。


「……いや、おやすみを言いたかった、だけだから」

　目を反らすジゼのまなじりが、ふうわり朱い。


「ぉ茶、いらなぃ？」

　ぺしゃんとしっぽも耳もしょげ返る。


『リトが、いらない』

　言われたみたいで、あふれそうになる涙を、ジゼの腕がさらってくれる。


「……リトが辛くないなら、眠くないなら、もらう」

　ぎゅうぎゅう、抱きしめてくれる。


「……ジゼしゃま、僕、甘やかす、『め』でし」

　ジゼの胸でささやいたら、抱きしめる腕が強くなる。


「とろけるまで甘やかして、俺なしでいられなくしたい」


　…………………………。

　なんか、今、幻聴が聞こえた？

　獣人の耳は、大変よすぎて、たまに願望が聞こえるらしい。うん。誤作動だ！


「お茶、淹れましあ？」

　見あげたら、赤い頬で笑ってくれる。

「たのむ」

　笑ってくれたら、とくとく鼓動が駆けてゆく。


『リトの隣は、安心する』

　思ってもらいたいのに、ジゼの隣は、どきどきする。



　ほんとうの、ほんとうに思ってほしいのは

『リトの隣は、どきどきする』

　なのかもしれない。



　思うだけで頬が燃えて、お茶を淹れる指がふるえる。

　いちばん、おいしいお茶を淹れたくて
　元気になってほしくて
　安心より、どきどきしてほしくて

　願うお茶は、はちゃめちゃな味になっているのかもしれない。


「どぞ」

　音をたてずに茶器を置く。

「……おいしい」

　はじめて淹れたお茶も、そう言ってくれたけど
　とろけるように、ふうわり笑ってくれるから


「ありあと、ござまし」

　頬が燃えて、心がとろけてしまうのです。









　獣人の礼節と、人間の礼節は、全然違う。
　獣人にとって素晴らしいと謳われることが、人間にすると下劣だと言われたりする。

　一緒の世界に暮らしているとはいえ、まるで異なる種族を理解するのは、大変だ。

　アオが心配で、ジェディス家の奥にある鍛錬場にやってきたリトは、目を瞠る。

　戸惑うことも、反発も多いだろうに、アオはダタからとてもよく学んでいるようだ。

　獣人として凛々しくかっこよかったアオが、人間として凛々しくかっこよくなってゆく。

　それは獣人としてはさみしいことなのかもしれない。悔しいことなのかもしれないけれど、獣人代表として、獣人の評価を上げるためには『基本的な礼節さえ知らない』『乱暴だ』『話が通じない』『野卑だ』糾弾されないためには必須の試練でもあった。

　頑張るアオの渾身の成果が、いちばん解るのはリトだと思う。

「アオ、すごぃ！」

　ぱちぱち拍手して、ぽふぽふしっぽを振るリトに、赤くなったアオが照れくさそうに笑う。


「ありがと、リト」

　爽やかに微笑むアオのしっぽを見たダタが吹き出して笑う。


「澄ました顔して、しっぽ、ぶんっぶんじゃねえか！　クソかわいーな！」

　わしゃわしゃ頭を撫でられたアオが、くすぐったそうに笑ってる。
　しっぽもちゃんと、ぶんぶんだ。

　かわいい。

　なつかしい、ちっちゃいアオが重なって見えた気がして、笑みがこぼれた。