【完結】もふもふ獣人転生

こわこわ

　銀縁眼鏡がきらめいた。

　セバの本気モード発動の予感に、リトのふわふわの耳が、ぴくっとなる。
　あわあわペンを握る手に力を籠めたリトを見計らったように、完璧な家令の顔で流れるようにセバが告げる。

「こちらの焼き菓子は麦の粉と蜂蜜と木の実を混ぜて硬く焼きあげ、さらにうえから蜂蜜をかけたタルテアという焼菓子でございます」

「たるてあ！」

　蜂蜜がたっぷり掛かった、きらきらの焼き菓子に、レォンのちっちゃなお背なのちっちゃな翼がぱたぱたしてる。

「菓子職人の子どもがおかあさんのために考えて焼いたというこのお菓子は、母や大切な人への感謝の気持ちをこめて作られることの多いお菓子なのですが、茶会では蜂蜜が口元につくことが多く敬遠されます」

　銀縁眼鏡の向こうのセバの蘇芳の瞳が細くなる。

「茶会でこのお菓子を出されるということは『蜂蜜をべったり口につける恥を曝せ』『お前が大きらいだ』という厭がらせになるのです。お茶会で出された場合は『見なかったことにして微笑む』『決して手をつけない』が対応として正解です。食べた場合、無知を嘲られます」

「こわこわ、でし……！」

　ボワボワになったしっぽでぷるぷるするリトに、赤くなったセバとレォンが胸を押さえてる。

　こんなに可愛くて甘そうなきらきらのお菓子で『お前が大きらい』を繰り出すお茶会の恐ろしさに血の気の引いたリトは、うんしょうんしょとドディア帝国の現代文字でセバの説明を一生懸命まとめてゆく。

　試験のためにもそもそ頑張るリトの隣で、きらきらの蜂蜜のかかったタルテアを、おそるおそる口に含んだレォンが跳びあがる。

「うまぁ──！　何だコレ、うまァア──！」

　刮目するレォンに、いかつい料理長コゴが照れくさそうに笑って、セバは胸を張った。

「うちの料理長は帝国一の腕なんです。帝宮の料理長にも勝てますよ」

　むふんと胸を張るセバに、照れくさそうにコゴは笑った。

「いや、どうかな。ジェディス家の食材が最高だからな」

「ふふふん。ゲォルグさまとジゼさまに最高の料理を召しあがって戴くために、努力は惜しみません」

　セバの小鼻がふくらんでる。
　かわいー。

「人間のお供え、美味かったんだ。世界にはこんなに美味いものがあるのかと感動してた。でもコレ、別次元だ！　何だコレ！」

　ちっちゃな翼が、ぱたぱたぱたぱたしてる。
　真っ赤な頬のレォンの闇の瞳が、きらきらだ。

「闇龍のレォンさまにお褒め戴けるたあ、ありがたいねえ」

　いかついコゴがうるうるしてる。

「料理ちょ、おりょり、いつも、しゃいこー、でし！」

　ぽふぽふしっぽで拍手してみた！

「うぅ、ありがとよ、リト！」

　かたく抱擁を交わそうとしたら

『……リト？』

　ジゼの幻聴が聞こえた気がしたリトが停止する。


「裏切り案件を憶えていますか、リト」

　セバの銀縁眼鏡が光ってる。


　お、憶えてるけど、皆になでなでされてるような……あばばばば！



　…………ジゼしゃま、おこる、かな…………？


　おこられるのが、うれしいのは……だめ、かな……？



　熱い頬で、ジゼを想う。

　あまいお菓子を、一緒に食べたくなって、とっても困る。