85 / 207
泣いちゃう
しおりを挟む真っ暗な闇のなか、龍の涙でぺしょぺしょになったリトは、龍に雫がかからないようにちょっと離れて、ふるふるした。
自己紹介がまだだったと、手を前で重ねる。
セバの教えだ。
「リトでし」
丁寧に頭をさげて名乗るリトを、巨体を屈めて覗きこんだ闇龍は、首を傾げる。
大きなしっぽが、不思議そうに、ぱたりと揺れた。
『人間に、耳としっぽ、ついてる?』
「獣人でし」
首を反対側に傾げた闇龍は、頷いた。
おごそかに、大きな口が開かれる。
白い牙が、真っ暗闇のなかでさえ、鋭く光った。
『僕、レォヅァーン』
低い声がリトの足とふわふわの耳を震わせる。
お腹の奥に響くような、振動を伴う声は、さすが龍──!
畏敬と憧憬をのせて、リトはぽふぽふしっぽを振った。
「れぉ、ぁーんしゃま!」
言えなかった!
ぺしょぺしょの耳としっぽを更に垂らすリトに、レォヅァーンが喉を鳴らす。
やわらかな低い響きが、真っ暗闇を伝ってゆく。
『レォンでいーよ』
「レォンしゃま! かこいー!」
ぱちぱち拍手するリトに、レォンがほんのり赤くなった時だった。
パァアァアアァア──!
突然目の前に現れた光の洪水に、目を瞠る。
「あばばばば!」
わたわたするリトの後ろで、巨躯がのそりと蠢いた。
あふれゆく桜の光の向こうから
「リト──!」
ジゼの声が、聞こえる。
夢かな。
瞬くリトの目の前で、光の扉が開いてく。
キュァアァアァア──!
「リト!」
駆けてきたジゼに、抱きしめられた。
リトのちいさな肩が、ジゼの涙で濡れてゆく。
「無事で、よかった……!」
涙に掠れる声で呟いたジゼは、リトを背に庇うように剣を抜いた。
「リトが逃げる時間を稼ぐ。アリアス殿と逃げてくれ」
「援護する!」
「ぼ、僕も!」
カィトが剣を掲げ、震えながらもノァが魔法の杖を振り翳す。
「リト、はやくこっちへ──!」
震える足で、テデが叫んでくれる。
「突撃!」
駆けるルァルが振りあげた剣を、両手を広げたリトが止めた。
「だめ──!」
突然目の前に飛び込んだ、ふわふわの耳ともふもふのしっぽに、あわてて剣を引いたルァルが仰け反った。
「…………は?」
「リト、逃げるんだ、速く!」
リトを背に庇い、闇龍に剣を向けるジゼの前に、引きずる足で駆けたリトが、割り込んだ。
「だめ──! レォンしゃま、歯医者さ、行きた、だけ──!」
必死のリトの叫びに
「………………は?」
皆が、あんぐり口を開けた。
「……歯医者?」
絶世のかんばせを誇るルァルの顎が、落ちそうになってる。
茫然とするノァとカィトの顎も、落ちそうだ。
「ぇえーと、リトたんは、龍さんの言うことが、わかるのかな?」
強大な光魔法を使ってくれたのだろう、ぜはぜはしながら、唯一冷静らしいアリアスが聞いてくれた。
「レォンしゃま、お供え、虫歯、なちゃた! 歯、いたい、いたぃ、出てきた、皆、逃げた、泣いちゃぅ!」
ちっちゃな両手を握って、懸命に訴えるリトのしっぽが、ぽふぽふ揺れる。
「……リトの攻撃力に、僕も泣いちゃいそうだよ」
赤い頬でアリアスが呟いた。
真っ赤なジゼだけじゃない、ルァルとカィトとノァとテデまで、胸を押さえてる。
2,120
お気に入りに追加
3,828
あなたにおすすめの小説
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は?
最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか?
人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。
よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。
ハッピーエンド確定
※は性的描写あり
【完結】2021/10/31
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ
2021/10/03 エブリスタ、BLカテゴリー 1位

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

王子様から逃げられない!
白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる