もふもふ獣人転生

滝行ではないのです

『歯医者さんを連れてきて！』

　巨体を捩る闇龍の苦痛と苦悩は痛いほど解る！

　しかしリトの耳としっぽは、しょぼんと垂れた。


「あ、あの、龍さ、の、歯医者、さ、知らな、でし」

『人間のは、わかる？』

「た、たぶん、あるじしゃま、知てる！　たぶん！」

　たぶんを強調してみたよ！
　この世界に歯医者があるのか解らないが、テデなら何とかしてくれるかもしれない。
　してくれなかった時のために、たぶんを繰り返してみた。
『話が違う！』ってなったら大変だからね！


　リトはよく見ようと、真っ暗な闇のなかで目を細める。
　獣人は暗視能力も高いのです！

　獣人、すごいんだよ、えへん！

　胸を張るちっちゃなリトのしっぽが、ぽふりと揺れた。

　目を凝らすと、闇のなかで蹲る龍の姿がより見えてくる。
　闇龍の大きな頬は、右と左で形が違うほど腫れあがっていた。
　凄まじく痛いに違いない。

『あんまり痛くて、歯医者さんを呼んで欲しくて、ちょっと出てきたんだ。『お供え、美味しかった、ありがとう、でも歯が痛いから、歯医者さんを呼んで』って言おうと思って』

　大きな龍の闇色の瞳が、揺れる。

『僕がちょこっと姿を見せたら、人間たちが悲鳴をあげて逃げ出して……誰もいなくなっちゃった。歯医者さん、呼んでくれない。どんどん痛いし、誰もいないし、僕……』

　闇の瞳に滲んだ涙が、リトのうえに降ってくる。

「ふぇ……！」

　ばしゃーん！

　大きすぎる雫をかぶったリトは、海に落ちたみたいになった。

　瞬いた龍の瞳から、涙が次々に落ちてくる。

「ふぁ……！」

　ばっしゃ──ん！

　滝に打たれたみたいになった！


　リトの姿にびっくりしたように、龍が瞬く。


『……ちっちゃいね』

「５歳でし！」

　ぺしょぺしょになった耳としっぽで、手を挙げた。










　突然、闇が口を開けた。

　ジゼの目の前で、ちいさな身体が、闇に呑まれた。
　ふわふわの耳が、ほわほわのしっぽが、真っ暗な闇の向こうへ、溶けてゆく。

「リト──！」

　伸ばす手が、届かない。

　リトの姿が、消えてゆく。

「リト……！」

　叫んで追いかけようとしたジゼを、カィトが止める。

「無理だ、ジゼまで落ちる──！」

「離せ──！　リト──！」

　カィトの手を振り払い、リトの後を追って飛び落ちたはずのジゼが、地面に着地した。

「な……！？」

　確かに開いた闇の穴が、消えている。

　茫然と地面を見つめたジゼが、大地をさわる。
　土と、草と、石の、硬い大地だ。
　穴なんて、どこにもない。

「リト──！」

　恐慌を来しそうなジゼを、テデが止める。

「リトは無事です、ジゼさま！」

　拳を大地に打ちつけようとしていたジゼの手を、テデの指が包んだ。

「僕はずっとリトを回復してきました。僕の魔力は、リトの身体に染み込んでいる。だから、わかるんです。リトに危険が迫ってないって」

　愕然と見開かれた蒼の瞳が、テデを見つめる。

「……ほん、とう、か……？」

　ふるえるジゼの声に、居丈高な声が降る。

「嘘に決まっているでしょう。治癒士にそんな能力、あるものか。主を落ち着かせるために虚言を。若くして上に気に入られる者は違うな、テデ」

　ふんと鼻を鳴らしたのは、今まで無言で大変苦痛な顔で山登りを堪えていた帝宮治癒士マゥムだった。