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鈍いジゼのつくりかた

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 ゲォルグは悩んでいた。

 息子が、可愛い。

 さらさら揺れる月の髪は精霊の祝福を受けたかのようにきらめき、透きとおる氷の瞳は魔力をのせて香り立つ。

 ひと目見たら忘れられない。

 幼く高い声も、ほんのり赤く上気する頬も、ちいさなちいさな指先も、何もかもが愛くるしくて破裂しそうだ。

 やばい。

 両の手で顔を覆って悶えているのは、自分だけではないらしいと気づいたのは、いつだったろう。

「ジゼさまがいらっしゃったぞ──!」
「ジゼさまだ!」
「きゃ──!」
「ジゼさまァアア──!」

 武術の鍛錬場へと赴くだけで、大騒ぎだ。
 適齢の子息だけじゃない、ちっちゃな子どもから老爺まで駆けてくる。

「ジゼさまがもう魔術を──!」
「しかも氷魔法──!」
「天才か!」
「ジゼさまだぞ、天才に決まっている!」

 帝都学究院の魔術鍛錬場へ赴くと、魔導士だけじゃない、あちこちの部門からジゼをひと目見ようと職員や研究者が殺到した。

 街に、大すきな焼き菓子を買いに出れば

「ジゼさまだ──!」
「ジェディス家のジゼさまがいらっしゃったぞ──!」
「天使来た──!」

 帝都中が、大混乱だ。

「……俺が、わるいんでしょうか」

 ジゼが自分を責める事態に──!

「そんなこと、ある訳がない!」

 全否定して愛息子を抱きしめたが、周りの叫喚は止まらない。
 加速するばかりだ。
 もう、どうしたらいいか解らない。

「どうしよう、セバ」

 涙目になったゲォルグに、顔を赤くしたセバは、おごそかに咳払いした。

「まずジゼさまに『名を呼ばれたら振り返って微笑む』を止めて戴きましょう。それだけで、鼻血を噴いて倒れる信者が激減します」

「う、うむ」

「なるべく表情を動かさないように『名を呼ばれたら、氷の目で相手を貫く』を実践して戴きましょう。たまに狂喜する者がいますが、そこは黙殺で」

「……う、うむ」

 なんとなく、より狂信的な輩がジゼに群がる気がしたものの、それより多くの利点を考えたゲォルグは頷いた。

 天使なジゼに、氷の目で貫かれたら、泣いちゃう。

 暴力的な突進は止まるに違いない。

「さらにジゼさまには『きゃージゼさま!』とかいう歓声に、無反応になって戴きましょう。反応してくれないと、している方は、さみしくなります」

「間違いない!」

 拳を握りしめるゲォルグに、セバもうむうむする。

「『頬を染める』『思わせぶりな態度をとる』『抱きつこうと突進する』『密着してこようとする』このような態度をとる輩を徹底的に避けるように、奇行の輩だとお伝えしましょう」

「ふむ?」

「ジゼさまを慕っているとジゼさまが理解してしまうと、あまりに断る子息の数が多過ぎて、ジゼさまがお気に病まれるやもしれません。ジゼさまのお心の安寧のためにも『頭のおかしな人がいる』『なんか赤くなってる、病気かな』くらいの感覚をお持ち戴きましょう!」

「そうだな!」

 うむうむ頷いたゲォルグとセバの断行により、ジゼ鈍感化計画は開始された。

「きゃ──!」
「ジゼさま──!」

「お祭りみたいですよ、ジゼさま、賑やかですね」
「さあ、氷の目で、刺してみましょう!」
「顔が赤いですね、病気かもしれません、ジゼさま、此方へ」

 セバの微笑みは、鉄壁だ。

 徐々に騒ぎは落ち着き、徐々にジゼに突撃にくる子息たちが消え、街中に出ても叫喚の渦が沸きおこらなくなってゆく。

「ジゼが面白いことになってきた!」

 ルァルの目だけが、きらきらしてた。

「さすがだ、セバ、やったな──!」
「やりましたね、ゲォルグさま──!」

 手を取り合って喜ぶふたりの隣で、氷の瞳を会得したジゼが、不思議そうに首を傾げた。








「誠に申し訳ございません! 心の機微に敏くなってくださいとか、私が一番言ったらいけないことでしたァア──!」

 垂直に頭をさげるセバに、ジゼの目が瞬いた。

「ジゼさまを鈍感にさせたのは、私です! どうぞお叱りはわたくしに!」

「いや、セバは何もわるくない! すべて私が悪いんだ!」

 セバの危機を察し、爆速で帰宅したゲォルグは、ジゼに深く頭をさげた。

「……え、いや、その……ちいさな頃、なんだか周りが大変で、辛かったことは、憶えています。セバと父上が苦心してくれていたのも。……その、ありがたく、思っています」

 はにかむように、ジゼが微笑む。

「ありがとう」


「天使だ──!」

 両手で顔を覆ったゲォルグとセバが頽れた。


 ジゼの後ろにちょこんと控えていたリトも、真っ赤な頬を覆ってくずおれた。

「ジゼしゃま、てんし──!」

「いや、リトだから」

 リトのちっちゃな手を、ジゼのちいさな手がぎゅむぎゅむして、顔を見合わせたセバとゲォルグが笑う。


「リトにだけは、敏くなってあげてくださいね」

 微笑むセバに、ほんのり赤い頬で、ジゼは頷く。


「がんばる」


 ゲォルグは、わしわし、愛しい息子の頭を撫でた。


 照れくさそうに眦を染めるジゼは、あの頃も、今も、ずっと、天使だ。








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